第20話 移動はのんびりと

「ふう……いいかな」

「あれ、もう完了ですか?」


 その光はほんの瞬きの間で消え、セシルさんの手にも何もない。そのまま何事もなかったように静かな森の中に僕たちはいた。多分……もう移動は終わっているのだろう。

 正直に言ってすごくあっけなかったというのが第一印象だ。本当に成功したのかわからないほどに。

 

「もう私はこれ何回もやってるしね。最初のころはもっと何分も、下手したら数時間くらいかかってたんだけど、今はこんなもんだよ」

「ふうん……それは大変そうですね。でも、今回はこれで本当にこれたんですかね?」


 なんだか見た感じ、今までいた森の中とあんまり変化ないよな……木の葉っぱの形とかが違うかな?

 久しぶりに日本に帰ると醤油の匂いがするなんて話を聞いたことがあるが、流石にそこまでではないものの空気の違いというのはわずかに感じるかも。


「試しに適当な魔術使ってみれば? 多分できないから」

「へえ……あっ、確かにできないです」


 言われたように僕は何度もやっている周囲の地形や生物の有無を探索するための魔術を使おうとした……が、セシルさんの言葉通りに何も起きず不発に終わった。今までできていたものができなくなるのは、少し不思議な感覚だ。

 視覚ではいまいちわからなかったが、これで別の世界にこれたという事実が実感となったかな。


「さてさて、まずはこっから人のいるとこに行かないとね。大体の場所はわかってるとはいえ、森のなかだし」


 セシルさんはそういって僕が使おうとしたのと同じ魔術を、今度は移動に使うものとは別の持ち込んだ魔力を使って発動した。僕たちが所持しているそれは指輪についた、蒼いような、白いような、そんな不思議な輝きの小さい宝石のようなもの。

 これだけで節約して使うならば数ヵ月分は確実にある。滞在期間は二週間くらいのはずなので多めに用意したようだ。


 魔術は人が作り出した技術であり、元となるものが必要だ。早い話、もしこれがなかったらこの世界では魔術が使えない。僕たちも護身のため、多少は鍛えているとはいえ、それだけでは普通の人とは大差がない。

 つまりこれを無くしてしまったら、こちらの人と変わらなくなってしまうが……その心配は大丈夫。一つは保険として僕たちはこれとは別に、万が一に備え少量の様々な世界の魔力の結晶を体内に入れているから。


 そして何より、これには無くさないように、普段からちょくちょく忘れ物をするセシルさんのために僕が開発した魔術がかけてあるからだ。それは僕たちが万が一どこかに置き忘れても、少し離れればすぐにそのことが全てを優先して頭に浮かんでくる……そんな呪いが。

 やりすぎと思われるかもしれないがこれくらいしないと、忘れ癖というのは治らないものだ。

  

 それにしても、この小ささは凄いことだ。魔力をこのように物質化する技術自体は向こうではありふれているが、ここまでの密度はありえない。これだけで十分にオーパーツだ。これまでも何度かやってるから忘れそうになるが、これもまた僕たちのみが有する技術に違いはない。

 でも……多分今の僕が同じことをやってもここまではいかないだろうな。


「あっちがこうなって~こっちがこうで~」

「……ん、やっぱ……」


 セシルさんが周囲の確認をしている間、ふと思い立ち自分の指輪も見つめると、それは出発前に見たときと変わらずに煌々とした輝きを放っていた。

 こちらの人々がこれを見てもきっとただの綺麗な宝石くらいの印象しかわかないだろう。しかし僕はこの小さな固まりからは本来こちらにはあるはずのないもの。周りの景色、雰囲気、口では言い表しにくいが漠然とした、この世界のどれとも違ったものである違和感、そんなイメージが無意識に浮かんでいた。


 確かにこれは世界にとっては明らかな異物だ。しかし、僕たちにとってはある意味最も近しいものであるともいえる。

 自分はもうこの世界では同じく異物なのだと、よそ者であるとはこういうことなのだと、なんとなくだがそんなことが頭をよぎった。



「大体わかったから行こうか」

「あっ……はい。早速行きましょう」

「オッケー! ここ割と街の方から近かったから、少し歩けば出られるよ。それからはゆっくり行こうか」

「はい!」


 そこからセシルさんの案内に連れられ歩いていくと十分ほどで懐かしきアスファルトの道路に、さらにそこから道なりに歩くこと十分ほどで小さな町へと出た。今日は休日ということもあり、人通りもそれなりだ。

 しかしそこは日本であることには変わりはないが、僕の住んでいた地域からはやや離れている場所、具体的にはいくつかの県をまたいだ地域だった。

 つまりここからはこの国の全てをつなぐ交通網……電車による移動が必要だ。


 だけど問題が一つ。僕たちはここで使うお金を持っておらず、また当然ながら身分を証明するようなものも持っていない。

 というわけで最初にしたことは……


「はい、ご苦労様~」

「ちょっと……ちゃんとできたんですか?」

「大丈夫だよ。ほらバッチリ」


 セシルさんは人目のない路地裏で成功したことを示すように、目の前にいる眼鏡の男性から受け取った紙幣の束を僕に見せびらかす。とりあえず……上手くいったみたいだ。


 端から見ればそうとしか見えないだろうが、これは決してカツアゲなんかをしたわけではない。

 僕たちは向こうから持ち込んだどんな世界でも価値あるもの、つまりはきんや貴金属による装飾品など。それをその辺を散歩していたと思しき、適当な人に暗示をかけて代わりに換金してきてもらったというわけだ。

 これもそんなに褒められるようなこととは言えないが、一時的なもので大した金額じゃないからあっという間だったし、この人の財布にもお礼に万札一枚入れておいてあげたから……いいんじゃないかな。


「はい、ありがとうね~」

「えっ……俺今何して……」

「ほらほら、早く行こ行こ」

「はいはい」


 そうしてその男性の暗示を解いて僕たちは、そそくさと移動を開始した。



「お弁当どれがいいかな。何か知ってるのとかない?」

「え~と、これ食べたことあります。おいしかったですよ~」

「じゃあ、私これにしよ」

「それじゃ僕はこっちで」


 久方ぶりの日本の街並み、人の空気、向こうの世界との多くの違いに少し戸惑いつつも楽しみながら、文明の利器たる鉄道での旅。

 


「んん……」

「眠くなった? 朝早かったからね、少し休んだら?」

「そうします。次の降りる駅になったら起こしてください……」

「は~い」


 駅弁を買って二人で食べて、窓の外を眺めながら心地よい振動に揺られて、そんなのんびりとした穏やかな旅。

 いつか時間ができたらこんな旅をしてみたいと、昔思ったようなそんな記憶が蘇る。



「この辺……知ってます。もう少しですよ……あれ?」

「……ん、むにゃむにゃ……」

「寝てる……まいっか、あと一時間くらいあるし」


 そうやっていくつかの路線を乗り継いで……日が沈みかける頃に僕の故郷の街へと着いた。


 そして、今に至る……


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