第19話 世界を越えて

 それから僕たちは色々と準備を始めた。とはいっても引っ越ししてそれほど時が経っておらず、元々まとまって保管されているものもあり、荷造り自体はそれほどかからない。問題はそれ以外だ。

 まずは向こうでも魔術が使えるように魔力の結晶を用意、それに一応この地域の医者としても活動している僕たちがいきなりいなくなっても迷惑をかけるので周囲への声掛けをした。


 そして馬の世話のお願いなど、その他もろもろの準備を終えようやく五日後の朝、僕たちは出発をした。



「大丈夫? もうここ超えたら、しばらくは戻れないからね」

「問題ないですよ。別にまた引っ越すとかじゃないんだから」

「そうだけど、一応ね」


 連れられたのは前もって見つけておいたらしい、世界と世界の境界があるという近くの森。ここから別の世界へと行けるらしい。

 それほど遠くはない、少し歩けば行ける距離に、こんな場所があったとは知らなかったな。



 僕たちは小規模の空間操作や自動翻訳、幻術を応用した不可視化などなど、科学と魔術双方から見ても、どの世界にも存在しないほどの技術をいくつも有している。

 当然本来ならばどんな天才が一生を費やそうと決してたどり着けないほどの成果だ。


 これはセシルさんが渡り歩いてきた世界ごとの魔術や科学の知識などを組み合わせたりして、好奇心のまま技術のブレイクスルーを繰り返し編み出されたもの。つまりは約三百年もの一人異世界文明融合の賜物だ。


 そしてそれも今は二人となり、研究もかなり加速した。実際この七年の間にも、異世界の魔術でありながら、こちらの魔力だけで工夫してできるようになったことも結構ある。またリソースや時間が足りず理論上は可能でも実現は手間がかかること、そもそも危なくて実現させるつもりのないものも含め、多くの新しい技術が生み出された。

 もはや僕たちはあらゆる世界を含めても最先端の技術を有しているといっても過言ではない。


 だけど、それでもとても追いつけていない、僕たちの能力を超えた技術が二つある。


 一つは僕たちの身体にかかっている不老の魔術。別のことを研究していた際に全くの偶然で編み出されたらしいこれは、維持のために必要なものがなければ副作用とかもなく、特にする気はないが解除も自由で、老化以外にもどこを止める、どこを止めない、とかなり自由に決められたりする。

 僕たちののような類まれな魔術の才を持つものにしか施せないという制約を除けば、まさしく人類が夢見る不老長寿技術の完成形のようなものだ。

 そもそもその制約だって、僕たちしか使わない以上取り払う必要もない。


 ただ、セシルさん本人ですらなぜこうなっているのか、未だよくわからないらしい。少なくとも単純な肉体の再生のようなものというより、時間操作の類に近いことはなんとなくわかっているが、類似の魔術も今のところ見つかってない。

 たまたま見つけて詳しい原理は不明でも、とりあえず問題なく使えているならそれでいいとのこと。それはそれで間違っていないだろう。やがてその全貌がわかるであろうことには違いないのだから。


「えっと、確かこの辺に……あったあった、目印」


 そうこうしているうちに、現場へと着いたらしい。

 セシルさんが指し示す先にあるのは、やはり事前に用意しておいたと思わしき地面にぼんやりと浮かぶ円形の印。ここがその世界の境界といった地点であることは前々から教えてもらっていた知識のみしかなく、こういったことが初めての僕でも一目でわかった。

 それだけそこから異質なものが感じられたからだ。


「じゃあいよいよ行くよ、レンちゃんも入って」

「はいはい、この中ですね」


 最初にセシルさんが円の中へと入り、続けて僕も入っていく。とはいっても僕自身は何かすることはない。ただ、待っていればいいだけ。

 これがもう一つの解明に至らぬ技術、並行世界間の移動。セシルさんにとって全ての始まりであり、僕たちが出会ったきっかけでもある。


 こちらも偶然からで見つかったものではあるが、その解析は不老の魔術と比べれば少しは進んでいる。

 遥か昔セシルさんが遭遇した初めての神隠しは世界のわずかな綻び……例えるならばゲームのバグのようなものだ。到底狙って遭遇するようなものではなく、出会ってしまっても当人はどこか知らない場所にいた、周りのものはあいつは突然いなくなった……それで終わるような世界に何ら影響のあるものではない。


 しかし人並外れた好奇心と才能を持ったセシルさんは違った。そこから長い時間をかけ、それを解き明かして、ここまでに至ったのだ。

 それはバグを解析、制御可能としていき、やがては自らの移動手段として確立した、というイメージだろうか。


 初めはせいぜい人がいる世界くらいしか行先の指定もできなかったみたいだが、魔術がある世界、ない世界といったようにその精度も上がっていき、今はこうして「一度行った世界にまた行ける」までになった。


 きっと人類が真っ当な進歩をしてここまでの技術を得るのには、本来ならば科学文明であろうと魔術文明であろうと、相当な時間が必要であろう。それこそ何百年、何千年単位でかかるかもしれない。僕たちだってその全容の解明にはまだまだかかる。

 だけど、それでも僕たちがそんな技術を有している、どんな世界にとってもよそ者のようなものであることは間違いない。


「やるよ~すぐ終わっちゃうからしっかりご覧あれ~」

「はい……」


 いよいよ始まりだ。さてさて世界を越えるとは……どんな感覚なんだろうか。

 楽しみなようで、ほんの少し怖いかな。


「ここかな……えいっ!」

「────!」



 数秒、位置を調整するような動作をしたセシルさんが向こうの世界に持っていくものとは別に時間をかけて用意していた、綻びからとはいえ世界を超えるだけのエネルギー、相当量の魔力の結晶を手に持ったまま、杖で軽く地面を叩いた。

 その瞬間、円からはまばゆい光が放たれ、一瞬にして僕たちを包んだ。

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