第11話 窮地の中で

「はあはあ……痛っ」


 気がつくと先ほど切られた腕からポタポタ出血し始めた。結構深手のようだ。

 仕方ないので手で押さえてそのまま下山することにした。この男を放っておくわけにはいかないが合流してから来ればよい、そう考えたからだ。


 そうして男から取られた金を取り返し、改めて合流場所へ向かおうと、少し歩いたところで……何者かの気配を感じ振り返った。


「……!?」

「おい……どうした?」


 歩みをピタリと止め、痛みも忘れるほどの衝撃だった。

 そこには先ほどの眼帯の男の仲間と思われる男がきていた。その身体はかなりの大柄で、眼帯の男を片手で軽く抱き起こしていることからもその力の強さがうかがえるが、僕の関心の方向はそこではなかった。


「おい待て、そこのガキ……お前がやったのか?」


 その男は狼のような動物を連れていた。しかしその風貌は僕の持つ狼のイメージとは明らかにかけ離れていて、その体長は二メートルは軽く超えていそうで、伸びた体毛、血走った眼、一目見てわかる。

 セシルさんが以前言っていた魔力の影響を強く受けた動物とはこれなのだと。


「どこかで見た顔だが……まあいい。例え小娘でも無事に帰すわけにはいかんな……」

「ガウッ!」


 男の合図でその魔物が向かってきた。さすがにこれから逃げるのは不可能だと一瞬で悟る。一瞬、息を吸った後、僕はその動きに合わせて火球を放った。


「ガッ……」

「あっ、しまった……」


 さっきよりも集中する時間があったため、それなりの威力のものを放つことができた。しかし紙一重でかわされてしまい、火球は後ろの木に当たり破裂した。


「こいつこの杖だけでこれほどの火を……何者だ? だが残念だったな」

「くっ……うあっ」


 続けて攻撃をしようと、一度後ずさりした僕は木に足をかけてしりもちをついてしまった。

 それに遠慮なしに飛び掛かる魔物の動きがかつてトラックに轢かれたときのようにゆっくりと感じられる。まずい……これは本当にヤバい。


 杖を固く握りしめ、抵抗を試みながらも、この時僕は心の隅で人生で二度目の死を覚悟していた────



「…………あれ?」


 しかしその爪や牙が僕を傷つけることはなかった。焦りのあまり一瞬つむってしまった目を開けると魔物は地面に横たわり、もはや全く動いていなかった。


「何だ? どうし……グッ!」


 男が蹴り飛ばされたように吹き飛び、木に頭をぶつけて気絶した。

 そして次の瞬間、今まで何もなかったはずの場所に見慣れた人影があった。


「セシルさん……」

「危ないところだったね、レンちゃん」

「ふう……死ぬかと思いましたよ……」

「ああ、こいつらか……」


 姿隠しの魔術でも使っていたのだろう。安心した全身の力が抜け……僕は座り込んだまま動けなかった。


「ともかくありがとうございます。安心しました」

「まあ、いい経験になったじゃないの。ここはレンちゃんが以前住んでいた世界と違ってこういったことは珍しくないしね。とりあえず、怪我してる腕見せてくれる?」


 セシルさんが淡い光をまとわせた手袋をして、軽く傷口に触れるとスッと痛みが消えた。

 いや、感覚がなくなったという感じだ。まるで麻酔をかけられたようだ。


「えっ、ちょっと……」

「すこ~し動かないでね」


 そしてどこからか針と糸を出し傷口を縫い、処置をした。

 普段医者のようなこともやっているだけあって、その手際は実に鮮やかだったが……


「これでよし、その糸は治るにつれ自然に消えて跡も残らないから安心して。大体二、三日もすれば塞がるかな」

「治療してもらってなんですけど……なんだか地味ですね。もっとこうキラキラって感じじゃないんですか?」

「ふふっ、そりゃ無理無理」


 ええっ、こういったことはまだよく知らないけどそういうものなの?


「他の世界の技術があればそういうのも使えなくはないけど、よほどの緊急時……もう死にそうってときでない限りあまり使わないね。あれ身体に負担かかるし」

「はあ……」

「だからせいぜい手助けぐらいにとどめて、あとは自然に治るのを待つぐらいがちょうどいいんだよ」


 冷静に考えればそうか。瀕死の重傷から一瞬で回復とかは身体に負担がありそうだ。


「さ~て、こいつらだけど……とりあえず街まで連れて行くか。聞き出したいこともあるし」

「聞き出したいこと?」

「それのこと」


 指差したのは男が連れていた魔物だ。もう完全に息絶えているようだが……


「あれは自然に生まれたものではない。人が、それも魔術師が生み出したものだ」

「へえ……まさかこいつらじゃないですよね」

「ああ当然、つまりこいつらにこの化物を流しているやつがいるっていうことだ」


 やっぱり物騒だな……いや、日本が平和すぎたのかもしれない。こんな世界ならこういうこともあって当然だと思うべきだろう。




 とりあえず僕たちはこの調査のために死体を確保し、二人を連れて山を降り始めた。

 意識がなくとも歩かせることくらいはできるらしい。意識が戻ったらどんな反応をするのだろうか……


「そういえばセシルさん」

「ん? 何かあった?」

「いや……さっきずいぶんとタイミングよく出てきたなあと思って」

「…………」

「もしかして、近くで見てたとかじゃないんですか?」


 あっ、目をそらした。


「ほら、答えてくださいよ」

「ん~実は一人目とレンちゃんが話してるあたりからいたよ。私はこの場所で誰がどの辺にいるか把握できるから、なんかいるな~と思って来てた」

「やっぱり……」

「こいつ一人ならレンちゃんでも大丈夫そうだったし、いざって時にはすぐ近くいるし。実戦のいい機会だったかなって……ね?」

「…………」

「あ……ごめんごめん。危険な目に合わせっちゃったことは謝るよ~」


 別にそのことについて、何も恨んだりはしていないけどな~


「じゃあ、夕食はおいしいものにしてくださいね。お肉がいいかな~」

「わかった、お肉ね。そろそろ食べごろの牛肉があったはずだから、それのステーキにしよっか。治療したとはいえ怪我したんだし、治すためにも栄養とらなくちゃ」

「いいですね。厚めに切ってくださいよ」

「了解!」

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