第10話 山中での遭遇
「えーと、これでいいんですか?」
「そうそう、ちゃんと土を落としてからしまってね」
紫色の小さな花を付けた植物を手に取り、僕は教えられた通り根についた土を落としてから、袋へとしまった。
僕たちは現在、家からやや離れた土地にある山で植物を採取している。この山は辺境の地とはいえ、一応王国の管理下にあり、もちろんセシルさんを含め、国の魔術師はは自由にここに来る許可があるとのことだ。
そしてここに来た理由だが、魔力の影響は動物よりも植物の方が受けやすく様々な効力を持ったものが生息しており、それを手に入れるためだ。魔術にも使われるほか、この世界の医学は基本それらに頼ったものらしい。
しかし、その効力は実に高くいわゆる西洋医学の薬を凌駕するものも多い、その代わり強力な毒物となるものもたくさんあるので注意が必要だとか。
「もう要領はわかったでしょ。一緒にやってても効率悪いし、別れて取りに行こうか。二時間後にさっきのふもとに集まろう」
「いいですよ。二時間後ですね」
「じゃあ、気をつけてね」
そうしてセシルさんの提案で別れて行動することになった。この辺に危険な動物もいないらしいし、待ち合わせ場所を指し示す道具も持っている。また万一に備えて杖も持っているから、心配はない。
しかし……それにしてもいいところだな。これが空気がおいしいという感覚なのだろうか。
僕はマイナスイオンとかは信じていないが。こういった環境でのんびりとするのは少なくとも健康にはいいだろう。
「よっこいしょ……」
そのまましばらく採取を続けた後、近場に合った切り株に腰掛け一休みをした。もう十分な量は集まったので、このまま終えてもいいだろう。
そんなことを思いながら取り出したお茶の入った水筒に口をつけ、一口こくりと飲みこむ。その時、山中で一人という普段とは違う状況からか、ふと頭にあることがよぎった。
僕はこの身体での生活にも時間が経ち、自らの内面は男であることを揺ぎ無く自覚しながらも、周囲に対しては女性として振舞えるくらい慣れてきた。そのことに関しては全く苦に思うことはなく、むしろ楽しんでいるといってもいい。
しかし……よくよく考えてみればこの身体は元は別人の身体のわけだ。
もしもその人物が生きていれば魔術師として大成したかもしれないし、才に気づく機会がなくとも別の人生を歩んでいたに違いない。そして何より……生き返る身体もないわけだから、僕はそのまま死んでいただろう。
今その身体で生きていると考えると、人生を奪ってしまったようで少しこのままでいいのかわからないような気持ちになってきた……
でも、もしかすると自分以外の人間がこの身体で生きていたかもしれない。例えるならば、僕は偶然宝くじに当たったようなものだ。無限にある世界の中でこの体の持ち主が死に、同じくその時に死んだ僕が偶然選ばれ、そして今に至る。
それはきっと運命で、いまこうして生きていることは、いつかセシルさんが言っていたがまさしく儲け物なのだろう。
そう思うといくらか気が楽になった。恐らく普通の人間より遥かに長いものになるだろうこれからの人生の中で、いつもこの人物への感謝を心のどこかへ置いておこう……そう決心した。
「ふう……そろそろ時間か」
腕時計を見ると約束の時間が近づいていた。もう待ち合わせ場所に向かってもいいだろうと、水筒をしまい立ち上がろうとしたときだった。
「ん?」
背後でパキッと枝を踏む音がした。
セシルさんかな? それとも他の誰かか? もしそうならこんなところに他の人がいるなんて珍しいな、と一瞬考え、その音を発した存在を確認するため振り向こうとした次の瞬間──
「声を出すな……」
「!!」
耳元から聞こえたのは野太い男の声。
そして背後からは喉元にナイフを突きつけられ、ごつごつした手で口を塞がれた。
「このまま持っている金を出せ、下手な真似をすると……わかるよな?」
僕は自分でも少し驚くほど冷静に、今の状況を把握する。
まず後ろにいる男はいわゆる野盗、こんな場所だし山賊といってもいいかもしれない。僕も詳しくは知らないが、ちらほら出没するという話は聞いたことがある。
そして今の時点で僕に危害を加える気はないということだ。その気なら、近づいた時点でいきなり切りつければいい。それをしなかったということは目当ては金だけであり、渡しさえすればそれ以上何もないということを示していた。
向かい合ってならできることもあるが、背後をとられたこの状況、いくら杖を持っていてもやや厳しい。
どうせ大した金額も持っていないので僕はその声に従い、金の入った袋を渡した。
「よし……ほらよっ!」
「くっ……!」
金を受け取ったその男は僕を突き飛ばし、そのままナイフを構えたまま距離をとる。
ややよろめきつつも立ち上がり、振り返った僕はようやくその姿を捉えることができた。やや小柄でボロボロの汚い服を着た、右目に眼帯をした男だった。
僕はこのまま退き、セシルさんと合流すべきであると考え、彼の方を向いたまま後ずさりをしようとした。
「ん……? あれ、お前は?」
しかし予想外のことが起こった。
起き上がった僕の顔を見たその男は、きょとんとした表情に、構えていたナイフを自然に下ろしてしまうほどの動揺をしていたのだ。明らかにおかしな反応だ。
「何で生きているんだよ……あのケガで助かったっていうのか……」
何だ、何を言っているんだこいつは? 僕はこいつとは間違いなく初対面のはずだ。仮に町であったのならばこんな眼帯男忘れるはずがない。
しかし、その言動から察するに向こうは僕を知っているようだ。
「まあいい、もう一度殺してしまえば同じことだ……」
「──!」
数秒後、ようやく理解することができた。この身体は何者かに刺されて死んでいたと言っていた。恐らくその犯人がこいつだっただろう。
しかし、そうなると当然何かしらの理由があって殺したはずだ。ましてや向こうにとっては一度殺したはずの人間が生きていたのだ。このまま無事に帰すとは思えない……
どうする、走って逃げるか? いや、この身体で逃げたとしても簡単に追いつかれてしまう可能性が高い。また逃げたとしてもセシルさんと会えなければ事態は何も好転しない。
僕は覚悟を決めてこの男と戦うことにした。かつての自分だったら、刃物を持った男に立ち向かうなんてありえない選択だったはずだ。
しかし、杖を手に取ると不思議と気持ちが落ち着いてきた。こういった相手を想定した護身のための技術は少なからず教えてもらっているし、仮に負傷してもセシルさんが手当てをしてくれるはず。
それに今の僕は魔術の才能に溢れた身体、そして手にした杖はセシルさんの特製だ。日常の色々なことに使える道具でありながら、十分な力を持った武器。専用の用途に特化したわけではないが、それでも戦力としてはナイフ一本のあいつを僕が上回っていることは確実だ。
きっと向こうは僕がそれだけの力を持っていることを考えてもいない、それだけに油断しているはず!
「死ねっ!」
男が明確な殺意と共にナイフを持って走り出した。
僕との距離は五メートル程、間に合うか一瞬考えたがそのまま空気の塊を作り男の顔にぶつけた。
「うっ!」
目潰しを食らった男はひるみ、胸を狙っただろうナイフはわずかに左に逸れていく。
その際少し腕を切ったようだが、気にも留めず僕はそのまま男の服をつかみバランスを崩し転ばせた。
「くそっっ! ……!?」
「うああああああ!」
ドカッという鈍い音が静なな山の中に響き渡った。
男が起き上がる前に僕は杖を振り上げその先端に魔力をこめ、起き上がろうとした男の顔面めがけて振り下ろしたのだ。
「ガキ……が……」
男は倒れこんだ。軽く触れてみたが、どうやら意識を失ったらしい。
もちろん死んではいないだろうが、込められた魔力により重さと意識を弾き飛ばす作用を持った一撃だった。すぐに起き上がることはないだろう。
多分だけど……
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