第9話 試し斬りの体験
心の内を見透かされたような思わぬセシルさんの一言。嬉々として僕は仕事を終えた剣の内、適当に五、六本、セシルさんも自分が施した分のいくつかを持ち家の外へと出た。
外では既に日は落ち静寂に包まれていたが、満月の光が草原をかすかに照らしており、昼間とは違った印象を感じた。
「ちょっとそれで練習していてくれる?」
「わかりました」
まず手始めにと基本の剣の振り方を教えてもらい、軽く素振りをする。
本物の剣を持つという体験に感激しながらも、初めてだというのに思い通りに剣を振るえることに対して魔力付与による効果の実感をした。
そうして軽く身体が温まってきたころ、セシルさんがどこからか巻き藁を持ってきた。
「じゃあやってみてくれる。スッパリ切れるようになってるから」
「これですね……」
巻き藁の中腹に軽く剣を当て、切りかかる場所を決める。
軽く目を閉じ一つ深呼吸をして、僕は巻き藁に切りかかった。
「てあっ!」
パンッと乾いた音がして袈裟切りにされた巻き藁が真っ二つに割れ、上の部分が地面へと落ちる。
「わあっ……」
憧れだった瞬間。当然初めての体験であるが、手にその感触が今もって残っているほど、とても気持ちがよく、印象的な光景だった。
「うん、問題なさそうだね。じゃあ私も一発……」
そう言うセシルさんは別の剣を手に巻き藁の前に立ち、剣を構えた。
しかし……この人剣術もできるのか? いや、僕に教えてくれたわけだしある程度の腕前はあるのだろうか?
「やっ!」
「……え? ちょっ……今のなんですか!」
「ふふん、なかなかのものでしょ。いっておくけど、特にズルはしてないよ」
セシルさんはちょっと得意げに笑っている。しかし僕はせいぜい素人に毛が生えた程度ではないかという、直前の予想をものの見事に覆され、冷静ではいられなかった
セシルさんの振るった剣は比喩ではなく本当に太刀筋が全く見えなかった。決して目を離していたわけではない、しっかりとその瞬間を凝視していた。それなのに
そして切られた巻き藁は僕がやったように少し動いて落ちたのではなく、切った瞬間は微動だにすることなく一拍置いてズレるように下へ落ちた。もしこれが実戦だったら剣に手をかける前に切られている、僕でさえそう確信するほどの速さだった。
「何でもできるんですね……」
「私も伊達に長生きしてないから、これくらいはね。今度レンちゃんにもちゃんと教えてあげるよ。男の子はこういうの好きでしょ?」
「ああ、はい……」
「残りの剣のチェックは私がやるからレンちゃんはさっきみたいに剣振っててもいいし、まだ巻き藁あるからそっちやっててもいいし、好きにしていいよ。疲れたならもう休んでも大丈夫だから」
「じゃあもう少し素振りやってます」
セシルさんにキチンと剣術を教えてもらえると言われたのは素直にうれしかった。
だがそうは言われたが、それ以上にその動きの美しさに僕は圧倒され、動揺していた。まさしく達人の技をこの目で見たのだと。
「うん、特に問題なしだね。これなら大丈夫。もう遅いし今日はお休みかな」
「ならこれ戻しておきますね」
「あっ、ありがとう! 気が利くね。明日取りに来てくれるから玄関置いといた箱に入れといてくれればいいよ」
「了解です」
試し切りを終えた剣を言われた場所へと戻す。また少し汗をかいたため、交代でシャワーを浴びた後、互いに部屋へ行き寝床についた。
しかしセシルさんの剣筋を見たときの興奮はシャワーを浴びているときも、歯を磨いているときも、そしてベッドの中で目を閉じてからも続き……結局その日はあまり眠れなかった。
◆◆◆ ◆◆◆
翌朝、いつものように朝食を食べ終えた僕たちが本を読んだりして時間をつぶしていると、王宮の人と思われる数人の兵士が剣を受け取りに来た。
「おはようございます。依頼されたものはできてますよ」
「おお、さすが素晴らしい出来栄え! いつもありがとうございます。それではこれは報酬です」
「はい、確かに受け取りました。それでは皆さんも気を付けてお帰りくださいね」
受け渡しは数分ほどの短い時間だったが、その親し気な会話はセシルさんと彼らとの信頼関係を察するに十分なものだった。疑っていたわけではないが、元王宮勤めは本当なのだろう。
それに受け取った報酬も見た感じ結構な金額のようだ。それだけセシルさんの信頼が大きいということか。
「えっと……じゃあこれはレンちゃんの分。好きに使っていいよ」
「え、こんなにいいんですか?」
もらったお金を手にセシルさんはテーブルに僕を呼んだ。分け前を渡すためだ。
しかし僕は少し戸惑っていた。確かに手伝ったとはいえそれほど多くこなしたわけではない。それなのに、仕事した量より明らかに多い分け前を差し出されたからだ。
生活費などは除いて、自分たちで使う分を分けているのだから、あんまりもらうのはちょっと悪い気がする……
「いいって、今回は助かったよ。これからも手伝ってね」
「……ありがとうございます!」
やや受け取るのを躊躇した僕を見たセシルさんは、優しい笑顔とお礼の言葉と共に僕の方へ袋を動かし、それを見た僕は微笑み返した後、そのお金を受け取った。
こうまで言ってくれるんだから、遠慮する必要はないだろう。
そうして自分の部屋で初めて自分で稼いだお金を眺めながら、僕は本屋で興味を引いた本などを思い返し、どうやって使おうかとしばらくの間思いに耽っていた。
その日からしばらく後、今年入った中で異例の速さで出世をしている兵士がいると風のうわさで聞いた。
始めの内は特に何か抜きん出たものがあるわけではなかったが、何やら支給された新しい剣を受け取ってから驚異的な集中力と共に急に剣術の腕を上げ、メキメキと頭角を現していったとか……
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