第8話 魔女のお仕事

 この世界に来てから一ヶ月ほど経った。魔術は基礎的なものは大体習得し、応用的なものを教えてもらっている。

 セシルさんは想像以上の飲み込みの速さだと驚いていた、元の体の持ち主に感謝だね。

 

 また、この世界の法律や歴史、一般常識などの他に科学の知識なども教えてもらっている。セシルさんの教え方が上手なおかげか、自分が興味を持てるせいだろうか、学校で習っていたときよりすんなり覚えることができた。

 やればやるほど上達する魔術もそうだが、勉強についても学ぶことがこれほど楽しいと思ったことはなかっただろう。正直言って学校に通っていたときよりも遥かに勉強している。

 

 それだけではない。この家には多くの本、魔術についての本や小説なんかはもちろん、少し古い絵柄だったりするが漫画すらたくさんある。何より驚いたのは、かなりレトロなやつとはいえ携帯ゲームもあったことだ。

 聞いてみると他の世界から持ち込んだものらしい。洗濯機や冷蔵庫もそんな感じでちゃんとあるので、とても快適な生活だ。

 

 もちろん魔術師の助手として研究の手伝いなどもして、毎日が刺激ある退屈しない毎日を送っていた。


 そんなある日のこと……



「あれ何ですか?」


 夕飯の食材のお使いから帰ってくると部屋の隅に見慣れない物が合った。大きな箱にたくさんの尖ったものが刺さっている

 あれは……剣だろうか? 見た感じ百本近くありそうだ。


「ん、あれ? さっきこの国の王宮の人が来て兵士が使う剣の魔力付与を依頼されたんだ。まあ、年一くらいであることだよ」

「国からの直々の依頼ってことですか。さすがですね。でも結構多いですが……」

「そうだね、確かに多いかも。今年は新人さんが多いって聞いたから……そうだ、レンちゃんも手伝ってよ。二人でやれば早く終わるし、一番シンプルなやり方だからレンちゃんなら私と遜色ないものができるよ。大丈夫、できるできる!」

「え~ホントですか?」

 


 そうして夕食を終えて、いつもの研究室の一つに連れられた僕はやり方を教えてもらうことになったわけだが……本物の剣に触るなんて初めてだから、やっぱり緊張するな。


「最初は柄から……均等になるように……そうそう」


 魔力付与に使うという手袋型の道具を着けて、言われるがまま作業を行う。魔力を帯びた場所は淡い光を放ち、なんとも神秘的な雰囲気だ。

 それにやっていくうちにここはもう十分か、ここはまだ足りていないか、といったことがなんとなく分かってきた。これもこの身体の才能のおかげなのだろうか。


「よし、オッケー。すごくいいと思うよ」

「ありがとうございます」


 なんとか一本目ができた。まじまじと見つめてみると、やはり実物の剣は迫力が違うな。


「この調子でお願いね。終わった剣は鞘に収めてあの箱に、上手くいかなかったらこの布で拭けばやり直せるから。あと、手を切らないようにね」


 そう言ってセシルさんは剣のいくらかを僕に渡し自室へと戻っていった。




「ふう……」


 いったん椅子から立った僕は大きく背伸びをして、身体のこりをほぐすように背をそらす。

 なかなか神経を使う作業だ。やり直しができるといっても結構疲れるな。


「さぁて、続き続き」


 再び、椅子へと座り作業を再開した。残りを見ると半分ほどだ。

 要領もわかってきたし……頑張るぞっ!


 


「よし……これで最後だ」


 最後の一本を終えた僕は、首だけを後ろに向けて時計を見る。始めてから実に三時間程経っていた。

 それほど長く感じなかったのはやはり作業に集中していたからだろう。実際に楽しかったし。


「しかし、この剣やっぱり本物なんだな……」


 机に乗っていた最後の剣を右手に持ち、その重さを再確認する。始める前に想像していたよりは重い、しかし手に吸い付くような握り心地があり、あまり力のない今の僕でも問題なく振り回せそうなのは魔力付与の効果だろう。

 

「むむ……よっと」


 本物の剣なんてものを持ったせいか、男心がくすぐられた僕はちょっと試してみるつもりで剣を両手で持ち軽く構えてみようとした。

 したのだが……


「あ、やばいっ!」


 カチャンという音が静かな部屋に響きわたる。

 持ち上げた剣の先端が机の上の小さな棚に置いてあったビンに当たり、中の液体をこぼしてしまったのだ。


「わわわ……」


 すぐに元に戻したのでにこぼれたのはほんの少しだけ、見た感じでは分からない量で済んだ。

 だけど……肝心の剣についてしまった。


 きっとこのまま黙っていても誤魔化せるくらいの量。それに打ち明けた場合、もしかしたら……怒られるかもしれない。

 どうするべきか……


 後になって思えばなんて愚かだったんだと悔やんでしまいたくなるが、このとき僕は打ち明けるべきか黙っているかとにかく本気で悩んでいた。



「そろそろ終わったかな~」

「あっ!」


 自分の分を終えたのであろうセシルさんがドアをノックして入ってきた。その手には二つのカップが乗ったお盆を持っている。

 やはり……隠し事はよくないだろう。僕は覚悟を決めることにした。


「ん? どうかした?」

「あの……ごめんなさい! えっと……そこの棚の上にあった薬、僕がこぼしてしまいました……」

「…………」


 一瞬の間、故意ではないとはいえ自分が悪いのだから叱られることを考えた。しかし……


「いや別にいいよ。完成品を置きっぱなしにしていた私も悪かったんだし」

「え、でも……」

「いやいや、ちゃんと正直に言ってくれたからね。恐らく黙っていても隠し通せただろうに、わざわざ言ってくれたということは私を信用してくれているということ……でしょ?」

「セシルさん……」

「何だか子どもに言ってるみたいになっちゃったね。まあ危ないものはちゃんと別に保管してるとはいえ、今後も何かあったら報告してね。とりあえずお疲れ様」


 セシルさんはそう言って優しい笑みとともに温かいココアの入ったカップを僕に差し出した。

 甘いいい香りが落ち着いた気分にしてくれる。


「おいしい……」

「よかった。一仕事終えて、疲れたときは甘いものが一番。こんな少し遅い時間に飲むってのも、またおしいんだよね」

「ですね……ねえ、セシルさん。もしも……もしもですよ、僕が黙っていて後から気づいてたら、どうしたんですか?」

「そうだねえ、怒ったりはしないけど、ちょっといじわるしちゃうかも」

「いじわるって……どんな」

「それは~秘密!」


 なんだそりゃあ……


「え~と、さっきこぼして少しついちゃったっていうのはこの剣かな」

「ああはい、そうですが……」

「そうか……じゃあこれは当たりだね」


 どういうことだろう? あの薬品に何か特別な作用でもあるだろうか。


「さてと、飲み終えたら剣を何本か持って外へ来てくれる?」

「え? 外へですか? もう夜ですけど……」

「試し斬りだよ、やってみたいんでしょ?」

「あ……はい!」

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