第7話 魔女の思い出

「え~そんなやっぱりな~みたいな顔しないで……せっかく満を持しての衝撃の事実なんだからもっと驚いてくれたっていいのに……」

「そんなこと言われても……」


 ちょっとリアクションに不満があるようだがあれだけ怪しげな言動をしてればなんとなくわかるって……

 それともそれを承知した上でのリアクションを期待していた?


「まあいいや、本題に入ろうか。私は……こことは違う別の魔術のある世界で生まれた。せいぜい平民の中では割と裕福な方くらいだったけど、大きくなっていくにつれて魔術の腕前も上がっていった。そのうち自分で言うのも何だけど……歴史に名を残す天才とまで呼ばれた私は若くして国一番の魔術師とされるようになった」


そうしてセシルさんは思い出を語るように話し始めた。


「既存の魔術は大体極め、色々と研究をしたかったが周りの環境がそれを許さなかった。小国で人手が無かったていうのもあって若かった私も政治的な職にも就いていた……就かせれてたし、魔術の講師の仕事なんかも忙しかったからね」

「大変そうですね」

「それで、ど~しても休みが欲しくて……忘れもしないある日、依頼された講義を仮病使って断り、森で一人フィールドワークをしているときだった……」


 いやいや、それはだめでしょ!


「久々に夢中になって下ばかり見ていたら……ふと気づくと全く見知らぬ土地に来ていることに気づいた。以前にも何度かその森には訪れたことがあったから迷うことはないはずなのに、進めど進めど見慣れぬ景色。周囲の状況を把握するための魔術を使おうにしても、何故かほとんどが上手く使えない。このときは焦ったねえ」

「ほうほう」

「とりあえず森を出ることに専念した。日が暮れるころ何とか近くの村を見つけたが、そこで出会った村人とは言葉が通じなかった。そこでようやく察したね、自分が違う世界に来てしまったということを」


 そういった類の魔術とかあるのかと思ってたけど、単なる偶然によるものなのか……


「何とか身ぶり手振りで意志疎通を図り、ある家に泊まらせてもらったが……もしレンちゃんが言葉も通じない、自分の技術も使えない環境に置かれてしまったらどうする?」

「僕だったら……絶望しますよ」

「まあそれが自然な反応だよね。でも私はその時……物凄く喜んだ、未知の世界で新たな知識を得ることができる事が嬉しくてたまらなかったのさ。あの夜のワクワクは結構長い私の人生でも一番のものだったよ……」

「変わってますね~」


 こういう人を学者肌というのかな。どこか子どものような雰囲気を感じた理由が分かった気がする。



「それから数日もすればなんとなく言葉も理解できてきたので、その世界について調べることにした。魔術が使えなかったのは魔力の性質による違いだとわかり、道具を工夫するうちに元の世界での知識も加え様々なことが出来るようになった。不老になる魔術を見つけたのはそれから一、二年くらいしたころかな、あれはかなり偶然の産物だった」

「そういえば、この国の人たちは年取らないことを怪しまないんですか?」

「それについては心配いらないよ。レンちゃんの世界と違って、魔力の影響から年をとってもあまり見た目が変わらない人が結構いるからね。何より一つの場所にそれほど長く留まり続けるつもりはないから大体はバレないよ。何か言われたら、見た目若いってよく言われますって流しておけば大丈夫!」


 ふむ、そうなのか。確かに見た目が若い人が多い気がしていたけど、まあ多少は人体にも影響はあるのだろう。


「その後、それに加え私が世界を超えたあの森も研究して、そういった場所を利用し今のように世界を渡る術も手に入れた。その森はよく人が消える危険地帯みたいな扱いだったけど、世界中探せば結構そういう場所はあるんだよ」


 なるほど、いわゆる神隠しとかもそのような場所に迷い込んだということなのだろうか。いや、待てよ……


「僕を元の世界に戻してもらうことは……できませんかね?」

「ん~残念ながら……ある程度近い世界ならともかく完全に狙った移動はまだ不可能、並行世界は無限にあるわけだし。でもこれはまだまだなわけだからいつか出来るようにしたいと思う。時間はたくさんあるからね」


 駄目元で聞いてみたがやはり無理か、まあここも居心地いいし別にいいんだけど。


「話を続けるけど、その後私はいくつかの世界を渡り、魔力の性質が世界によって違うことがあることを知った。恐らくそれも何かのきっかけによるものだろうが、当然魔術も違うものになるし文明も生態系も変わってくる」

「ふむ、それはなんとなくわかります」

「そこからまた新しい知識を得て、また違う世界へ行き……とやってきたわけだよ。私がこの世界ではとてもじゃないけど無理であろう技術を持ってるのをちょっと不自然に思ってたでしょ」

「ああ……そのバッグとかですか」


 そちらにちらりと目線を送ると、セシルさんはそうと頷いた。


「そうそう、こういうのができるのはそれのおかげ。いくら私でも三百年やそこら一人で普通にやってても、ここまではとても無理。人間一人が生涯にできることなんて、どんな天才でもたかが知れてる」

「はあ……」

「でも他の世界の技術を知って、使えるのなら話は別。文明のブレイクスルーっていうの? それを起こしまくってきたってわけ」


 さっきから目が輝いているよ……よっぽど楽しかったんだな。


「そして魔力の性質の違いはその起源を解き明かす手がかりにもなるわけだから、私はこれまで訪れた世界の魔力を結晶にして保存していた。そうしておけばその世界に存在しない魔術を使うなんてこともできる。しかし最近一つ無くしてしまっていて焦っていたんだけど、それは君が見つけてくれた。感謝してるよ」


 何のことかと一瞬考えたが、昨日の掃除で出てきた結晶のことだろう。そんな大切なものを本に埋もれさせてしまうなんて……


「あとその中で魔力が全くといっていいほど存在しない世界もあった。そういった世界は大抵代わりに科学技術が発達しており、文明のレベルは魔術を主とした世界よりもずっと高かった。人間、下手に便利な力を持たないほうがいいのではないかと考えさせられたね」

「そんなものなんですね」

「そこでも私は様々なことを学んだわけだけど、その生活が実に快適でね。今でも私の中の基準となってしまっているよ」


 恐らく僕がいた世界もその一つだろう。清潔なお風呂にトイレ、その他の生活レベルの高さの理由が分かった気がする、確かにあの生活に慣れてしまったら抜けるのは難しい。

 そういえば初対面のとき僕が魔術を知らないことを普通に流していたが、そこから来たと察したということか。


「そしてこの世界に来てからだが、以前私はこの国の宮廷魔術師をやっていた。その際、都市の構造について考案したり、技術をいろいろ提供したりしてあげたんだ。特に衛生環境には気を使ったよ。もちろんこの世界の文明に影響がないレベルでね」

「なるほど、だからあんなにきれいな街並みだったんですね。今もそうなんですか?」

「実は……いろいろあって辞めさせられちゃった。今でもある程度のコネは持っているし、仕事も回してもらってるから、肩書が外れただけみたいなもので別にお金に困っているとかはないよ。他にもいろいろやってるしね」


 それだけの功績があったのに、いったい何をやらかしたんだこの人は……


「これで話は終わり。まあ色々あった人生だけど、かえっていつも新鮮な気持ちでいられたよ。人生楽しむには知的好奇心、学び知る喜びが大事ってことだね」


 ここまで人の話に聞き入ってしまったのは初めてな気がする。何かそんな人生憧れるな……


「さて、お昼も食べたことだし練習を続けようか。今度は他の魔術を教えてあげるよ」

「はい!」

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