第25話 最悪の胎動

<永劫不変の災禍跡>


 西暦に於いてパキスタンと呼ばれた国が在ったその場所は遥か昔【邪龍アンラ・マンユ】とそれ以外の龍種達との超常の決戦の場であった。邪龍が斃された場所にしてその骸があった場所。邪龍の眷族達と共に莫大な憎悪や怨念、瘴気が立ち込めるその場所はハンター協会をして最高レベルの禁域に指定される程の危険地帯だ。戯れに骸たちが怨念で動き出し、目が合えば殺し合う。死と生の境が極限まで薄れたこの場所は【黄泉龍イザナミ】【冥龍エレシュキガル】或いは【幽冥龍エレボス】と呼ばれる死を司る龍の住まう異界に繋がっているのでは無いかと噂されている。


 そんな場所でも極稀に人が訪れる事がある。彼らは【邪龍アンラ・マンユ】の死骸の一欠けらでも見つけられれば儲け物とこの跡地を訪れ即座に後悔する。蠢く死骸の竜達は悉くが最低でもC等級上位の大物。中にはA等級竜種達の群れすら見かけることが出来る。そして彼らは生者に敏感だ。龍力を巡らす焔臓の鼓動。大気中に僅かながらでも放出されるソレを求めて彼らは襲い掛かる。

 新たなる死骸の山が築き上げられる頃にはその場から生者の気配は消え失せ、濃密な死の気配だけが満ちる。それを幾度となく繰り返したこの場所はいつしか法則すら歪み始めていた。空気が腐り、光が溶け落ち、重力が死に始める。

 混沌が満ち溢れ、負の力が世界を塗りつぶし始めるそんな場所でソレが生じたのは必然だったのかも知れない。


 それは一本の滅竜器だった。唯の滅竜器では無い。こんな場所に一攫千金を目論み直ぐに死にゆく一山いくらの雑兵などでは無く、正真正銘の猛者。元A等級ハンター“刈り取り”のジークと呼ばれた男の滅竜器だった。持ち主であったジークは数えるのも馬鹿らしい程昔にこの場所でA等級竜種の死骸が寄り集まって生まれた化け物に殺され、その場に刺さったまま百年以上その滅竜器は放置されていた。ここで問題となったのがその滅竜器【豊来秤メルクリウス】が持つ相手の力を削ぎ、自身の力にする固有龍律だ。名を【収穫天秤エルンテ】と言うその龍律は周囲に渦巻く怨念や瘴気を取り込み続けた。十年、五十年、そして百年を超えてそれらを貯め込み続けたソレが今遂に覚醒した。


 “ヴォオオオオオオオン! ”


 それは酷く不快な音だった。金属や骨同士のこすり合い程度では決して生まれない邪な不協和音。それに反応した死骸の竜種達はその発生源に近づき次の瞬間、。前後の連続性の一切が断絶して生み出された静寂は、次なる骸の胎動によって破られ、矢張り次の瞬間には静寂に舞い戻った。

 幾度となく繰り返される騒めきと静寂は、何か月にも及び、禁域故に誰にも知られる事無く終を迎えた。燦燦と降り注ぐ日光、照らし出されるその場所は、あの悪名高き<永劫不変の災禍跡>と言った所で誰も信じないだろう。瘴気と怨念から生み出された汚染も毒もきれいさっぱりと消え去り、少しずつではあるが草木が生え始めていた。楽園が生まれようとしているその場所でただ一つ似つかわしくない物。己を中心に広がる同心円に何一つ物質が無く、死に満ち溢れた場所。嘗て【豊来秤メルクリウス】と呼ばれた滅竜器が突き刺さっていた場所には最早別物としか言いようの無いナニカが突き刺さっていた。溢れんばかりの瘴気を収斂し、余すことなくその内に循環させる。芳醇にして最悪の怨念は人を形作り、ゆっくりとソレを引き抜いた。


 今ここに世界への新たなる脅威が産み落とされた。それは生者の妄執が生み出した狂気の災厄。龍の死骸から溢れた怨念をも吸い上げたそれは竜の素材で造られながらも遂に龍の領域に踏み込んだ。


【国破・屍山血河】


 例外中の例外によって生まれたその滅龍器と、そこから発生した蠢く黒き人型が何を成すのか。それは、今はだれにも分からない。だが、それが想像を絶する程に碌でもない事は誰が見ても明らかだろう。






【DRAGON SLAYERS】第二章 降りたるは壊生、憑くは器 ~完~

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