第24話 シャクティ

 灼帝国とはシノブの為に造られた國でありその手足となるものだと言う。何度聞いても意味が分からん。


「一体何なんだよ。あったことも無い【灼帝】って人が俺の為に造った? 意味が分からねえ」


「せや、こんな時こそオモイカネやろ。何あいつ帰ってんねん」


 確かにその通りだ。今現在この状況を説明できるのはオモイカネぐらいな物だ。だが、先程オモイカネは未来を演算する【未来演算ラプラス】を使った上で自分は必要無いと結論付けた。ならばこれは今この場に揃っている人材だけで事足りる問題なのだ。


「いや、どうせめんどくなっただけや。アイツら龍どもは大体みんな面倒事を嫌うからな」


「それは……」


 否定しきれないのが何とも言えない所だ。数多く残される龍達の逸話から読み取れる気質の多くは確かに面倒事を嫌う物だった。


「……シノブ」


「ん? 何だナミ?」


「……面倒だからもう受け入れろ」


「えぇ……」


 そう言えばナミも過龍症が進行して来た所為かその気質の兆候が出てきて居たな。


「てか、そいつマジで唯の一般人やで? 国の全権とか渡されても何も出来んやろ」


「そ、そうだよ。渡されても困る」


「ふむ、それもそうですね。ではこうしましょう。シノブ様は我々にどうして欲しいのか決めて命時て下さい。今まで通り国を運営しろでも他国に戦争を仕掛けろなど何でも構いません」


「え」


「おいシノブ、戦争どうこう言い出したら……わかってんやろな?」


「シノブ様の為とあれば全力で抵抗しますが、我々としても流石に葦原皇国には手を出して欲しく無いですね」


「えっと、じゃあ今まで通りに国を運営して欲しい。あ、でも俺【時龍クロノス】をぶっ殺したいからその手伝いはして欲しいかも」


「承知いたしました。では、手始めにその一助として我等三公家が誇る今代【灼帝】を付けましょう」


 今代だと? 灼帝は初代がそう呼ばれただけでは無いのか? 


「【灼帝】とは代々襲名されてきた【降臨アヴァターラ】の持ち主に寄り添う者。何時の時代に現れても良い様に今日まで引き継がれてきました」


「失礼いたします」


 “ガチャリ”とドアを開けて入って来たのは赤髪赤目の少女。その子を目にした瞬間、俺とナミは固まった。その非常に見覚えのある顔が原因で。


「紹介いたします。今代【灼帝】=ヴィ=シャクティで御座います」


「お初にお目にかかります。シノブ様」


 そこに居たのはどう見ても先日俺達と共に“泥纏負操”を倒したパーティーメンバー。シェイカイ>の街で別れた筈の少女【杖】使いのキッシュその人だった。


「あれ、何処かで会った事あります?」


「いえ、その様な事は……」


 シノブが覚えていないのは無理も無い。この時代に着いたその日に一度だけあった人の事など覚えちゃ居ないだろう。対してキッシュは覚えているだろうに否定しようとして偶々こちらを向いて固まった。


「んー。どっかで会った気がしたんだけど気のせいか」


「は、はい! 私とあなたは初対面です!」


 おい、声が上ずって居るぞ。俺達がこの場に居るのがそんなに都合が悪いのか? 


「この我が娘はパール家の遠い分家に当たる者だったのですが、偶々灼人としての先祖返りを起こしました。ですが、血筋が離れすぎて居たのでそのまま元の生活を続けさせていたのですがシノブ様の降臨となってはそうも言ってられませんでした。急遽呼び戻した次第です」


 そう言うヌシ様の眼は分家や血筋で疎まれていると言うより生活を奪ってしまった事への申し訳なさで満ちていた。


「それは……」


「いいんです。ヌシ様には本当によくして頂けましたから、その恩を返す為に【灼帝】を襲名したのですから。これからはシノブ様の手となり足となり貴方の道行きの手助けとならせて頂きます」


 何かこう感動的な感じになっている所申し訳ないのでが、俺達は完全に置いてけぼりで困る。


「ああ!」


「どうした」


 先程から何かうんうん唸っていた“キシン”が何か閃いたらしい。


「いや、この国と言うか【灼帝】って名前。どっかで聞いた事あるなぁと思ってたんけど今やっとわかったわ。これ唯の駄洒やん」


「駄洒落?」


「僕たちの時代でシヴァ神が出てくる。神話にその配偶者としてシャクティってのが居たんや」


「シャクティ……もしかして」


「せや。シヴァ神の配偶者。シヴァ神に寄り添う者シャクティ。シャクティ→しゃくてい→灼帝や」


「くだらないな」


「全くや。そういや【灼帝】って最初に名乗りだしたのは本人らしいな」


「あまり知りたい事では無かった」


「せやな」


 もしや灼人って【灼帝】と決めた後に名付けたのか? ……深く考えないでおこう。


 ~~~


 それから“キシン”の意見も交えて本格的な話し合いが行われた。他国の高官に相当する“キシン”や部外者の俺達が国の機密に関わっていいのかと言う話ではあるが、俺達の葦原皇国は全ての國との間で戦争禁止条約の他、多重の契約を結んでいるので外部に漏らさない機密保持の契約さえ交わしてくれればいいとの話。話には聞いていたが本当に葦原皇国は他の国々に畏れられているんだな。


「当然やろ。あの『灼焔革命』でのうちの奴等の暴れっぷりを見たら誰だってこわなるわ」


『灼焔革命』とは<灼帝国>が<央華共和国>になる原因となった大革命の事だ。当初国軍すらも含んだ反乱軍は皇帝側が秘密裏に雇い入れた葦原皇国の食客達に大打撃を受けたと言う。怯まず、臆さず、逃げる事無く貪欲に、唯々相手を殺し尽くす為に暴れまわる葦原皇国人の傭兵たちは恐怖の象徴となったそうだ。国内の状況が状況だけにある種鎖国状態となっていた葦原皇国は、その傭兵たちが特別なのではなく、国民性の問題だと分かった時に諸外国は大いに慌てたそうだ。殺戮マシーンおかくやと言う暴れっぷりを見せる葦原皇国人を戦場に投じれば甚大な被害は免れない。そこで全ての國は葦原皇国と協定を結んだ。それは葦原皇国への資源融通などを図るので国民の戦場への投入を禁ずると言う物だった。万単位の異形が蔓延る葦原皇国としても人員の流出は避けたかったので【龍皇家】は喜んでこれを承諾し、この協定を結んだ。これ以降葦原皇国は世界の政治から一歩離れた場所で日夜殺し合いを続ける不可侵地帯となったそうだ。因みにこれは先日立ち寄った図書館で読んだ事なので内容は少し古いかも知れないが、概ね間違ってはいないだろう。


「我々はこれまで通りに国を運営。シノブ様の要望があった場合にのみ対応をする。また、シノブ様は目標達成の為に各国を移動するとの事なのでキッシュを供に付けます。後程央華共和国の通行許可証を発行してお渡しいたしますね。困った事があればなんなりとお申し付けください」


「お、おう」


「よーやっとまとまったか」


「……長い」


 妹よ、その待ち時間に延々とお茶菓子を食べ続けたのは流石にどうかと思うぞ。


「しっかしホント何でこうなったんやろな」


「全くだよ」


「そこで疑問があるんだが」


「「ん?」」


 そもそもどうしてこうなったのかと言えば根本的な疑問があるだろう。


「何故初代【灼帝】はシノブの事を知っていたんだ?」


「あっ! せや、【灼帝】は西暦の頃から生きてたってことは忍とは元の時代に接点があったんか?」


「いや俺西暦2024年から飛ばされたんだけど」


「ふうん? 真龍暦に切り替わる24年前なあその時の知り合いとちゃうか?」


「名前も分からない奴の事なんて知らねえよ」


「言われてみれば【灼帝】って何て名前なんだ? 歴史書とかでも見た事無いぞ」


「初代【灼帝】に名前は無いのです」


「名前が無い?」


「ええ。初代【灼帝】様は帝位に就くと同時に名を捨て国の礎となる事を決めました。そして最期に天へと命を返したのです」


「という事はシノブの知り合いでも誰か分からないのか」


「俺元の時代に知り合いは殆ど居ないけど、流石に情報がなくちゃわかんねえよ」


「結局謎のままか」


 幾ら考えても埒が明かず、最終的にオモイカネ何で帰ったと言う愚痴に収束してその場は解散となった。


 ~~~


 その夜。いつものようにナミの封印を解き、龍力の調整を始めようと言う時だった。


「ナギ」


「ん?」


「身体が少し楽になってる」


「何?」


 ナミの過龍症は悪化の一途を辿っており、これが唐突に改善するなんてありえない。ナミの龍力に俺自身の龍力を同調させてナミを対象に【龍知】をより深く発動する。


「……これは」


 結果、ナミの焔臓に小さな歪みが生まれていた。ナミの龍力を基としたナミだけの固有領域、その入り口が歪みとなって現れている。過剰に生成された龍力の一部が其処へ吸い込まれ内部で超圧縮され質量を持つに至っている。間違いないこれは……


「【龍魂珠】! その欠片が生成されてる」


「!」


 オモイカネが提示した四つの道筋の一つ。意図的に【人竜】への変性を誘発し、その中で体内に【龍魂珠】を生成する方法、その要たる【龍魂珠】が生成され始めている。だが何故だ? 昨日まではその予兆何て一切なかった。シノブの【降臨アヴァターラ】や“キシン”の【憑依ツクモ】に感化されたのか、或いはオモイカネと言う龍と出会った所為か。理由は分からないがナミが龍人としての位階を昇り詰める為の足掛かり、その一つ目が成された。このままでは過剰生成された龍力による【人竜】への変質の方が速いが、【龍魂珠】へ龍力を流し込めばその速度を劇的に抑えられる。【不渇の杯】とやらを探しに<星環円卓王国>へ行くにしてもナミの過龍症を抑える手立てを考えねばと思っていたが、これなら十分に持つ。オモイカネあこの状況すら読んでいたのだろうか。読んでいたのだろうな。タイミングが完璧すぎる。


 憂いは断たれた。行き先も明示された。ならば後は突き進むのみ。見えない希望を追いかけていた昨日までとは違う。確かな終わりと灯りがあれば俺達はまだまだ進んでいける。次に目指すは<星環円卓王国>。何処にあるかもわからないが、【不渇の杯】とやらを目指していざ進む。

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