第23話 全てを知れる者
シノブとキシンの後に付いて行った先にてこの世界の根幹にかかわる話を聞いてしまった。どう考えても一個人が聞いていい範疇を超えている。これ下手すれば国家に殺される案件では無かろうか。
『心配せんでもこの話を知った事で国がお主たちに不都合を働くことは無い。この我がそれは許していないからのう』
「それは、ありがとうございます」
『うむ、素直な事は良い事じゃ。時にナギ、ナミよ。お主たちは何か我に聞きたいことがあって遠路はるばる此処まで来たのだろう?』
そうだ。俺は目の前の存在に尋ねなければならない事がある。何に変えても優先されるこの世で最も大切な事だ。
「頼む、教えてくれ。俺達はどうしても過龍症の治し方が知りたいんだ」
「過龍症?」
「過龍症やと?」
『ほう』
「そこ兄ちゃんは龍力使用にこれと言った躊躇いも無かった。となるとそっちの妹ちゃんか」
事ここに至って隠す理由も無い。それに先の戦いで膨大な龍力に触れた所為から先程からナミの様子が怪しい。
「なみ、封を解くぞ」
「……うん」
ナミの額に触れ、龍力を共鳴させて封印を解く。途端部屋に満ちる焔龍角の輝き。先日まですらりと生えていたそれはまるで幹のように途中から枝分かれを起こし、嘗て見た【森竜ディレスフォーア】の立派な角に近づいている。
「こいつは……!」
「え? なにこれ角?」
『よもやこれ程とはのう』
「今は俺の施した封印で症状の進行を抑えているがこれ以上は無理だ。もう龍鱗化も始まっている。ナミが【人竜】になってしまう前にどうにかしなくちゃならない。頼む【叡龍オモイカネ】、これをどうにかする手段を教えて欲しい」
深く、深く頭を下げる。最早俺に出来る手は打ち尽くした。これ以上を求めるには人外に縋るしか他は無い。
『成程よくわかった。妹を救うべく身命を賭したその心意気や良し』
「! それでは!」
『だが、待って欲しい』
「?」
『我は
「は?」
今、目の前のこの龍は何と言った? 過龍症の治し方を知らないだと? 嘘をつくな。お前こそは世界を構成する十二の大要素、「情報」を司る【全知】の龍だろうが!!
『まて、そう急くな。その殺気を抑えよ』
「……すまない。だが知らないとはどう言う事だ。お前は、全知の龍オモイカネだろ」
『ふむ、誤解があるようなので訂正しておこう。そもそも我は全知などではない』
「……何?」
『我が権能にしてお主ら人類が龍の龍律と呼ぶソレの名は【
【
『我は初めから全知なのではない。知りたいと持った如何なる事であれ知る事が出来る。故に言うたであろう、待って欲しいと。いまよりこの権能を以てそれに応えよう』
「そうでしたか。早とちりしてしまいまい申し訳ありません」
『良い良い。我の言い方も悪かったのでな』
では、とオモイカネが気を引き締めるとその権能を行使した。
『【
“ゾワリ”と背筋が震えた。ナニカに自分の全てが見透かされたかの様な、何とも言えない強烈な違和感を感じた。自信を対象とした訳でも無く、物理的な干渉も一切無いと言うのに肉体のこの反応。これが龍の力の一端か。
『ふむ、成程成程。分かったぞ』
「本当ですか!」
『嘘などつかぬよ。ナギ、そしてナミよ。心して聞くが良い』
「「はい」」
『まず、そこまで進行した過龍症を無かった事にするのはそれこそクロノスの力を借りて生まれた時点からやり直す必要がある。これはあまり現実的では無い。出来なくは無いがのう』
それは予想通りだ。問題なのはナミが【人竜】になってしまう事。これを回避する方法が知りたい。
『ナミが【人竜】になってしまうのを回避する方法は二つ。其の一、龍になってしまう前に死ぬ。じゃが、これは受け入れられんじゃろう。問題はもう一つの方、龍人としての位階を昇り詰める方法じゃ』
「はい」
『我も調べてみて驚いたのじゃが、その方法は意外にも複数ある』
そうだったのか。てっきり一つしかない物とばかり思っていた。
『其の一、何れかの龍の寵愛を得て使徒や加護持ちの上位存在である寵児となる。
其の二、意図的に【人竜】への変性を誘発し、その中で体内に【龍魂珠】を生成する。
其の三、自身と性質の近い竜種の焔核以上の素材を大量に摂取して単一の個として種を確立させる。
其の四、【一なる星杯】に【慈母の雫】を注ぎ込んで飲み干す。以上じゃ』
示されたのは四つの道。だが、そのどれもこれもが果てしなく遠い道だ。
『これらは何れも苦難の道。そう易々と超えられる物では無い。じゃが、お主の献身に敬意を表しお主に最適解を授けよう』
「最適解?」
『わが第二の権能は全てを知り得る【
「ラプラス……」
『いまよりこの権能を以てお主たちに最適際を授けよう』
「お願いします」
『うむ。では、【
するとオモイカネは途端にピタリとも動かなくなった。それだけ集中の要る作業なのだろう。
『分岐平行未来選定、因果補正値適用、イレギュラー因子加味、最終演算実行……完了』
「終わった……のか?」
世界全てを演算すると言うのに想像以上の速さでその龍律の行使は終了した。
『うむ、詳しく語ってしまうと演算結果に誤差が出るのでこれだけ伝えておこう。<星環円卓王国>にて【不渇の杯】を探せ』
「【不渇の杯】?」
オモイカネの答えは思いも寄らない物だった。先に挙げた何れの選択肢からも遠い答え。一体それが何になると言うのか。
『詳しくは言えぬ。だが、お主ら兄妹はこのオモイカネを以てしても数奇としか言いようの無い運命の渦中にある。数多の苦難があろう、苦しき挫折があろう。だが、我が名に誓って保障しよう。お前たちの願いは完全に果たされると』
龍の名に誓うのは最上位の契約の証だ。それを龍自ら口にするなど尋常では無い。実際、まだこの時代の常識に疎いシノブは兎も角“キシン”と三公家の当主達はあんぐりと口を開けてオモイカネを見つめている。
『さて、序にこの後の流れも演算したが、我はもうここに居る必要は無さそうじゃの。おっと忘れておった。先程伝えた本来の勝者にはこう伝えておいてくれ。<奈落の迷宮>を目指せとの。ではの』
消失した。恐らく先程の俺達を瞬間的に移動させたのと同じ手段。瞬時に音も無く【叡龍オモイカネ】は用事は果たしたと言わんばかりにさっさとその場を後にしたのだった。
~~~
「さて、では我らの目的も果たさせて貰おう」
オモイカネが消え去り唖然としていた空気を打ち破ったのは黒のカーリー家当主、ガノン・ヴィ・カーリーだった。
「央華共和国特級渡り人シバ・シノブ様」
「は、はい!」
「我等一同貴方様の来訪を心よりお待ちしておりました」
「は?」
そう言って三公家の当主達が一斉にシノブに首を垂れる。
「なんや。どうなっとん?」
“キシン”にもこの状況の心当たりは無いらしい。
「遥かなる初代【灼帝】様との盟約に基づき我等一同、貴方様の手となり足となり如何様にも行動いたしましょう。どうかご命令を」
「え? え? え?」
「【灼帝】だと?」
「何で<灼帝国>の初代皇帝の名前が出てくるんや」
央華共和国の前身となる<灼帝国>の初代皇帝。それが【灼帝】だ。動乱の時代をたった一人の傑物が束ね導いた御伽噺は今でも各国で伝え聞く事が出来る程に有名だ。
「宿願を前に気が急いてしまいましたね。ここからは私が説明しましょう」
そう言ったのは山のパール家当主のヌシ・ヴィ・パール様。
「そもそもこの<央華共和国>と言うか<灼帝国>とは貴方様の為に造られた国なのですよ。シノブ様」
「「「は?」」」
大陸最大の面積を誇るこの<央華共和国>がシノブの為の國? 何の冗談だ。
「初代灼帝様は常々こうおっしゃっておりました。「この国は何れ現れる三眼の友に託すために拵えたんだ」と」
「三眼?」
「正確には額に第三の瞳を持ち、破壊と再生を操る三叉槍使いとの事です」
第三の瞳はシノブが【
「でもそれだけで何で俺だって言い切れるんだよ。もしかしたら似たような奴がいるかも知れないだろ?」
その通りだ。三叉槍など珍しいが使い手は零じゃない。破壊と再生もその手の龍律はある。唯一第三の瞳が不可解だが、カンファートの滅竜器である【有臓無臓オーガン】を思い出すと瞳の一つや二つ、増える事もあるかも知れない。だと言うのに今目の前の三人の当主は確信を持ってそれがシノブだと告げている。
「いいえ私達にはわかります。【灼帝】様の血を濃く受け継ぎ稀に灼人を輩出する我等だからこそわかるのです。貴方様だと、いえ貴方様しか有り得ない。灼人とは【
「は?」
今日一日で何度驚いた事だろうか。“キシン”に始まりシノブの覚醒、オモイカネの出現に世界の真実、加えて意味不明な託宣。極めつけに灼人の出自だ。これ以上は無いを常に更新し続けていて流石に脳がパンクしそうだ。
「俺の為に生まれた種族だと?」
「はい。詳細は失伝してしまいましたが、これだけは間違いありません。この距離であれば如実に感じ取れます。貴方様こそが我らの主であると。貴方様の為に生き、貴方様に寄り添い、貴方様の為に死ぬ。我等灼帝国300年の悲願が遂に叶う時が来たのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます