第20話 【憑依】

憑依ツクモ】それが“キシン”の固有龍律か。その龍律が発動すると同時に“キシン”が身に纏う武具達から発せられる圧が変わった。


「いくで、躱さんと死ぬからきいつけてや」


 “キシン”が両手の細剣をクロスして振り下ろす。


「【立鳥跡濁ラスト・ワン】」


「!?」


 “キシン”の細剣が。そしてその破片が質量を伴う莫大な龍力に変換されて射出された。


「【瞬身】!」


 “ギィイイイイイイイ”と間一髪で躱した一撃が決闘台に張られていたらしい結界に弾かれ霧散する。だが結界の方も無事ではない。十字の傷が深く掘り込まれその周囲には罅が入っている。


「自壊龍律か!」


 人体ならば<身変系統>、道具であれば<修癒系統>に分類される自壊龍律は対象の寿命を対価に莫大なエネルギーを引き出す龍律だ。だがそれにしたってその出力が可笑しい。今この場に張られている結界はどう見ても通常のそれでは無い。

 当然だ。今この場には三公家の人も来ているらしいから相当強力な物が張られている筈。だと言うのにその結界が一撃であの有様だ。明らかに普通の自壊龍律で得られる出力では無い。【立鳥跡濁ラスト・ワン】と言う龍律事態も初耳だ。自壊龍律は元となるエネルギーを増幅する物、そして今回その発動元となったのは滅竜器。もし仮に【立鳥跡濁ラスト・ワン】が増幅倍率が異常に高い龍律なのであればあの威力も納得がいく。

 いや待て。そもそも特級渡り人は固有龍律を一つしか持たない。シノブの固有龍律の所為で不安は拭えないが原則一つの筈。であるならば“キシン”の固有龍律は【憑依ツクモ】で確定。それはつまり【立鳥跡濁ラスト・ワン】はさっきの細剣の滅竜器固有の龍律だという事。奴は何故自壊龍律なんて物珍しい龍律を持つ滅竜器を開幕の牽制攻撃に使った? 


「お悩みの所悪いけど次行くで?」


「!」


 “キシン”が腰に佩いた刀を二本抜き放ち斬りかかって来る。


「近接戦なら臨む所だ」


 奴の構えは両腕の力を半分抜き地面と四十五度で接する切り上げの構え。対してこちらは居合の構えでチスイを即座に抜刀出来る様にしておく。


「葦原皇国人で抜刀使いとは珍しいなぁ!」


 “キシン”の接近をひたすらに待つ。焦るな。落ち着け。どんどんと両者の間合いが詰まり互いの射程に相手を収めるその一歩前! 


「連律“雷抜”!」


 連律“刎ね廻り”と同様【瞬身】【鋭刃】【伸刃】の三つの龍律による超高速抜刀。“刎ね廻り”の様な高速移動では無く【瞬身】による肉体強化を右腕と脚にのみ集中させ龍力で編まれた仮想の刃を間合いの外へと向けて解き放つ。


「その技はもう見たで」


「ちっ!」


 避けられた。【伸刃】で伸びた刃が“キシン”を打ち据える刹那、渾身の跳躍によって鎧の脚部を切り裂くのみに留まった。


「終わりや」


「まだ、だあっ!」


【瞬身】は連律の影響で再発動まで間がある。ならば! “キシン”の二刀による唐竹割りを回避すべく踏み出した左足を全力で踏みしめ前へ飛ぶ。


「ほぉ」


 唐竹割りが空振りに終わった。“キシン”が左手に握った太刀を投擲してきた。踏み出した右足を軸に回転し弾く。


「【立鳥跡濁ラスト・ワン】」


「な!?」


 太刀が爆ぜた。


 ~~~


「まずは一人。さて次はそっちの嬢ちゃんや」


「……」


「だんまりかいな」


 全く。これだから皇国人とやり合うのは苦手なんや。闘争に全力。刹那を生き諦める事を知らない風習は僕ら日本人には合わへん。さっきの連律も、一つ目を見ていなければどうなってたことやら。【伸刃】で伸ばした刃を【鋭刃】で極限まで薄くして可視性を弱めるとかどんな変態技巧やっちゅうねん。


「おい」


「うん?」


「一人忘れてねえか?」


「勿論忘れておらへんよ?」


「人が怒ってんのにそっちでおっぱじめやがってよぉ」


「ごめんごめん。でもそれはシノブ君が悪いんやよ?」


「なに?」


「君、さっきの僕らの攻防、眼で追いきれて無かったやろ?」


「……」


「本当に君の“神”は何なん? 歪で薄い神性しか感じへんし、無理やり隠してる訳でもない」


 本当に何なんや彼は。


「さっきから“神”だ“神”だとよくわからんこと言いやがって。この世に神なんて居る訳無いだろ」


「何言うとんのや?」


「は?」


「神様は居る。当たり前やん。君にも、当然僕にも。わかるやろ?」


「何言ってんだお前」


「君こそ何言うとるんや。……まさか、“神”を知覚出来ていないんか? ありえへん。が、無いとも言い切れん」


 “神”が目覚めていないなんてことあり得るんか? この世は所詮例外ありきや。だったらこの子がイレギュラーの一人目の可能性も十分ある。だったら


「“神”は居る。これは純然とした事実や。今から僕が証明したる」


「はあ? お前何を言って……」


「僕の“神”は付喪神。聞いた事位あるやろ? 長~い年月を経た道具なんかに神様や魂なんかが宿った物のことや」


「それくらいは知ってる」


「そこで僕の固有龍律【憑依ツクモ】や。これの効果は単純や。僕の触れた器物には神が宿る。それは転じてや」


「は?」


 僕の触れた器物は全て滅龍器。そしてその滅龍器に指向性を与えてやればこの通り


「これは僕が良く使う滅龍器。そこら辺の滅竜器を【憑依ツクモ】で滅龍器にした自壊による一撃向上を狙った量産品。全部纏めて【壊報ササゲ】や」


 滅龍器故に自壊龍律のコストに非常に優れ、【憑依ツクモ】で指向性を持たせられるから必ず固有龍律として【立鳥跡濁ラスト・ワン】を持つ。正に究極の使い捨て武器や。


「さあ、ドンドン行くで」


 右手のササゲ(刀)を投げつける。


「! 【光刃】!」


 ほう。ええ判断や。滅龍器が固有龍律を発動するにはそれが滅龍器である必要がある。なんのこっちゃと思うかも知れへんが、要はある一定以上損壊すると滅龍器と認められなくなり龍律が放てなくなるんや。その点僕のササゲに対して【光刃】は天敵と言ってもいい代物や。如何に滅龍器であると言っても自壊前提の消耗品。元の滅竜器から耐久度何てほぼほぼあがっとらへんから【光刃】なんかの頑強性を無視できる攻撃には非常に脆い。現に投げつけたササゲ(刀)も【立鳥跡濁ラスト・ワン】を発動する前に壊されてもうた。


「へっ! 何だよこの程度か?」


「あかん。あかんよシノブ君。一回防げた程度で図に乗るなんてアウトや」


「へっ! そう言うがよ、お前の滅龍器、残り三本じゃねえか。あんなポンポン投げてるからそうなるんだよ。このまま全部壊してゲームセットだ」


「君は何を見てたんや」


「あ?」


「最初僕は滅竜器を取り出した。これ、どっから来たか疑問に思わなかったんか?」


 これ見よがしに虚空から短剣を一本取って見せつける。


「あれ? そういやそうだな。それどっから来てんだ? それもお前の固有龍律か?」


「違うで。これはこの手甲の力や」


 忘れもせん。あの【異空竜】から剥ぎ取った素材で造られた手甲や。


「これは【異空手甲インベントリ】。無限の宝物庫。って言ったらわかりやすいか?」


「な!?」


 そう言いながら僕はインベントリから数百に及ぶ滅竜器を取り出し。その全てに【憑依ツクモ】を使った。宙に浮かぶ無数の滅龍器。しかも今度はさっきの【立鳥跡濁ラスト・ワン】に加えて自立飛行する龍律も加えておいたわ。


「C等級以下の滅龍器はさっきと同じササゲや。でもこいつらは玉石混交。中にはB等級やA等級、果てはほんまもんの滅龍器も混ざってるやさかい、きぃつけてな」


 無数の滅龍器が刃先をシノブ君に向けるのを見ながら右手を振り上げる。


「ちょ、まっ!!」


「“壊砲”」


 僕はまっすぐ腕を振り下ろした。








 “ドスッ”


 ~~~


「なっ、なっ!?」


「隙を見せたな“キシン”」


 “キシン”の構えた無数の滅龍器がシノブに突き刺さる刹那、俺はチスイで“キシン”の腹を突き刺していた。


「至近距離であの爆発をどうやって……【再生】か!」


「ご名答」


 あのグラトニーとの戦いで俺の肉体は【鬼化】による超再生とグラトニーの攻撃による瀕死状態を常に繰り返していた。初めに【鬼化】による自傷ダメージに耐えられるようになり、次に再生速度が向上した。気付けば俺は【再生】の龍律を得ていた。後は先の攻撃で気絶したフリをし、【再生】で回復してから報復の機会を伺っていたのだ。


「いっつぅ~。効くわ~。でも一瞬遅かったなぁ」


「なに?」


「死の淵の恐怖。古来より秘めたる力を覚醒させるのはこいつが一番や」


「!? シノブ!」


 “キシン”の攻撃はシノブに届く直前に俺が“キシン”を刺した事で止まった。だが、眼前に迫った滅龍器達が無かった事になるわけじゃ無い。


「……!」


 圧。濃厚な死の気配が俺達を包み込む。その発生源はシバ・シノブ。不完全な固有龍律を持つ特級渡り人。



「おおっとこれは……えらい大物が引っかかったようやわぁ……」


「──我は滅び。我は創世」


 シノブの口から発せられたその声はシノブの物でありながら全く別のナニカが発している様な異質さを感じた。


「破壊と再生は我がかいなの内にありて、黎明も黄昏も我が物なり」


 それは詠唱に似て非なるナニカ。例えるならばそれは宣言。自分は此処に在りと世界に告げる産声。


「三千世界一切全て我が手中なり」


 シノブがトリシューラを掲げると【光刃】【炎刃】【雷刃】の三種の固有龍律が発動し、相互に干渉し合わない絶妙な加減でそれらが束ねられ属性を帯びた仮想の刃が拡張される。


「然らば」


 “ブン”とトリシューラを横薙ぎにすればたったその一動作だけでシノブの周囲で止まった滅龍器の八割がたが蒸発した。


「我は此処に示そう」


 シノブの肌の色が青みがかり、全身の随所に龍力で編まれた鎧や装飾具が展開される。“キシン”の様にインベントリから取り出して装着した訳では無い。純度100%の龍力鎧。下半身からにじみ出る様に構築されたそれは遂に頭部に至り、額に縦向きの楕円を描く。そしてその内に現れたのは瞳。この世の輝きとは思えないを秘めた輝きだった。


「壊生をここに」


 シノブであってシノブで無い誰かがその名を紡ぐ。


「──【降臨アヴァターラ】」

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