第19話 “キシン”

「真龍歴百年頃に起きた<灼帝国>内での大反乱。通称【火種戦争】。最後の皇帝にして稀代の愚帝と評された男に抗う為に帝国を治めた貴族の八割が反旗を翻したとされる大戦争。結果的に<灼帝国>は滅び、現在の央華共和国が誕生した訳だが、問題はそこでは無い。その戦争を見届けた龍の一体がこう言った」


 ──人は斯くも愚か。時代が移ろい世代が変わろうと何も学んでいない。竜と言う脅威がありながら私欲に走る者ばかり、こんな奴等を導いて何になる。こうも醜いのであれば、いっそのこと俺が滅ぼしてしまった方が余程ましだ。


「そう言って人類に課せられし試練から人類を滅ぼす災害となった龍がいた。それこそが十二なる邪と悪逆の龍【邪龍アンラ・マンユ】だ」


「ごめん。話の腰を折る様で申し訳ないんだけど何で龍って複数の呼び名があるんだ?」


「ああ、すまん。それを最初にするべきだったな。と言ってもその理由あいまいちわからないんだ」


「わからない?」


「人は龍を目にするとそれが何と言う名前なのか無意識に理解する。だが、不思議な事に国や地域によってその呼び名はまちまちだ」


 俺達葦原皇国人は【禍龍マガツヒ】と呼ぶしこの國の奴等央華共和国人は【邪龍アンラ・マンユ】と呼ぶ。同じ存在を示すと言うのに何故こうも全く別の名を思い浮かべるのかは、それこそ【叡龍オモイカネ】との謁見で聞けばわかることだろう。


「とまあ。そんな感じで【火種戦争】が原因で起きた大災害、それが【邪龍災】幾体もの龍達が相手では流石の【禍龍マガツヒ】も善戦にすらならずに殺された。……まあ、カンファートの言い分からして実は生きてるらしいけどな。そしてそのマガツヒの死骸から造られた滅龍器が世界にただ一つのS+等級滅龍器最上大業物。その名を口にするだけで弱い者は呪われるとして形状どころか名前すら国家機密に指定される代物だ」


「口にしただけで呪われるってどんだけだよ……」


「龍の死骸を素材にしているんだ。しかも相手は悪徳、悪行、邪心、大罪等々の悪や邪を司る龍だ。寧ろマガツヒと口にして呪われないだけましって物だ」


「せやせや。あんな厳つい滅龍器、常人なら目にしただけで死んでまうわ」


「「!?」」


「どうかしはったん?」


「だ、誰だお前!?」


「僕? 僕は月。茂上モガミツキやよ」


 今、こいつに話しかけられるまで一瞬たりとも存在に気づけなかった。何者だこいつは……! 


「その名前にその髪、もしかしてお前俺と同じ特級渡り人か!?」


「せいか~い! 以後よろしゅうな新参者ニュービー君。僕は葦原皇国の特級渡り人。“キシン”の茂上月やよ~」


 “キシン”だと!? こいつが葦原皇国最強格の【龍殺しドラゴンスレイヤー】だと言うのか? 


「そっちの君はうちの國出身やろ? いやぁまさか共和国で葦原皇国人に合うとは思わんかったわぁ。しかも噂の新参者ニュービー君と一緒とは尚の事びっくりやわぁ」


 何処か芝居がかった口調で話しかけて来る“キシン”は何処かおちゃらけた印象を与えて来るがこれはまず間違いなくフェイク。口調と表情は砕けているがその眼に宿る眼光は誤魔化せない。そのいざとなれば誰であろうと斬り殺すと言わんばかりの眼は正しく葦原皇国人の物。ちゃらけた雰囲気ではあるが必要とあらば次の瞬間には俺達を殺そうとする。そう言う奴だ。


「おいおい、お兄さん剣呑な雰囲気は無しでいこうや。別に僕も君ら殺しにここへ来た訳や無いんやし」


「……すまない。気が急いた」


 だが、警戒は続ける。先程から俺達の話を横目に屋台で買った食べ物を食べ漁っていたナミも、今は片手にカルラを構えている。いざとなればすぐ動ける様に。


「葦原皇国人に完全に警戒を解けなんて無茶やし、お互いそんなもんでええやろ」


「え? え?」


 唯一殺気や気配に未だ疎いシノブが目をパチクリさせているが分からない奴に気を貼れと言っても無駄なだけだ。寧ろ今は“キシン”から情報を出来るだけ得て貰いたい。


「ところで茂上も特級渡り人なんだよな」


「せやよ」


「茂上はどの位前にこの時代に呼ばれたんだ? 俺達特級渡り人は不変性とか言う奴で外見年齢も変化しないみたいだから実年齢がよくわかんなくてさ」


「ああ、それは失敬失敬。何分同類に合うのも随分と久しぶりやさかい、すっかり忘れとったわ。僕の年齢は西暦の頃と合わせてざっと160歳やよ。この時代に呼ばれたのは140年位前やな」


「160歳!? ……茂上さんって呼んだ方がいいですか?」


「気にせんでくれや。どうせ精神年齢も殆ど変わっとらんし同類には早々会えんから寂しいんや」


「それじゃあ茂上」


「えらい順応が速いなぁ……」


「茂上はなんでここに居るんだ? もしかして俺目当て?」


「ん~半分正解で半分間違いかな。確かに君にも用があるにはあったけど主目的はオモイカネや。ちょいと聞きたい事があってなぁ。オモイカネは滅龍祭の優勝者以外とは滅多に喋らんけど僕ら特級渡り人だけは例外なんや。はぐらかすにしてもオモイカネは僕らと必ず訪ねられれば必ず話す。何でかは知らんけどなぁ」


「ふ~ん。で、俺への用ってのは?」


「ああ、じゃあ先に済まそうか。志波忍君、単刀直入に聞くけど?」


「は?」


 ~~~


「……ただ今戻りました」


「ご苦労だった“死告”。報告は全て受け取っている。まさか【忌人旅団】が出張って来るとはな。どの道クロノスの力で今日この場に引きずり出されると言うのに何がしたかったのやら」


「奴らはアンラ・マンユの使徒、何かしらの策があったのやもしれません」


「そもそも本当に彼の龍は生きているのか? 死体もとっくに滅龍器にされているのだぞ」


「今現在もその加護が働いている時点で間違い無かろう。問題は何処でどの様に生き延びているかだ。また【邪龍祭】なぞ起こされては溜まったものではない」


 男、暗殺者“死告”のマクレンが足を踏み入れた場では数人の男女達が意見を交わして居た。


「して、マクレン。今回遂に我が国に現れた如何だったか?」


「……正直に言って脆弱に過ぎます。召喚されたばかり故の未熟な肉体は仕方ありませんが固有龍律が不完全にしか発現していない事も不可解です。その不完全な状態ですらあれだけの出力を誇るとなると万一暴走した際に手の付けられない厄災に成りかねません」


「お前の心配は最もだ。だが、彼が予言の子である以上我々に選択肢など無い」


「然り」


「然り」


「然り」


「「「「「然り」」」」」


「<灼帝国>が潰えし今、灼帝の遺志を引き継げるのは我等三公家のみ。降龍祭が終わり次第予言の子を連れてまいれ」


「その件に関してお耳に入れておきたい事が」


「何だ?」


「先日<ホウコウ>の遠洋で確認された水柱の正体が判明しました」


「今、それとこの話と何の関係がある。後にしろ」


「いえ、関係がありました」


「何?」


「水柱の原因は超高速移動によるの影響でした。下手人は”キシン”モガミ・ツキ。葦原皇国の特級渡り人です」


「何だと!?」


 ~~~


「俺の、神?」


「せや。特級渡り人ならそいつの神様が居る筈や。僕はそれが気になるんや」


 “カミ”。それは何か特別な存在を示す記号。されど認識に残らない不可思議な言葉。


「すまん。茂上が何の話しをしているのかさっぱりわかんねえわ」


「はぐらかそうったてそうは行かんで、さあさあ教えてくれんか?」


「俺からも一つ聞きたい」


「ナギ?」


「シノブ、“キシン”様……」


「ああ、モガミでええよ」


「ではモガミ様。? 


「え?」


「……君、ナギ君やったか? 何で?」


“キシン”が鋭い目線を俺に向ける。


「君、ただのハンターかと思っとったけどちゃうな。ナニモンや?」


「答えろ。カミとは何だ? どうしてお前たちはその言葉を発する? それには一体何の意味がある?」


「カミを口にして発してる時点で普通やないなぁ。そっちの嬢ちゃんも同じかぁ。“神”にしかっり反応しとる」


「答える気は無いか」


「うちの國にアイツら以外に“神”を認識出来る奴が居る時点で可笑しいんや。もう一度聞くで? お前ナニモンや?」


「俺はナギだ。こっちは妹のナミ。それ以上でもそれ以下でも無い」


「答える気は無いっちゅうことやな。そっちのシノブ君も神を教える気は無いと。こうなったら仕方なしや。シノブ君は兎も角として君ら二人は強引に連れ帰らせて貰うで」


「それに従うとでも?」


「阿保。足掻かせたうえで潰すんや」


「随分と傲慢だな“キシン”様」


「僕はソレ傲慢が許されるだけの力と実績がある。驕って何が悪いんや?」


「ならその力、この場で見定めさせてもらう」


「言うやないか、餓鬼が!」


 連律“刎ね廻り”。即座に“キシン”の背後を取り刃を伸ばし、鋭さを増し、斬りつける。


「甘いわ」


 “キィイイイイイン! ”


 いつの間にか握られていた短剣によって防がれた。


『おおっとぉ!? いつの間にやら観客席で乱闘が発生した模様! そこの方々! やるのであれば舞台の上へ! そこで戦闘続行するのであれば警備が全力でお相手しますよ!』


「ええやないか。公の舞台で潰したる」


「やれるもんならやって見ろ」


「ちょちょちょっ!! 何でお前らいきなり斬り合ってんだよ! 先ずは落ち着いて……」


「「雑魚は黙ってろ」」


「おっしゃあ! その喧嘩買ったぁ!」


「……沸点が低い」


 舞台に飛び上がり戦闘を継続する。


「さあて、広い場所に出たことやし。本気でやらさせて貰うわ」


 そう言うと“キシン”が手を掲げる。次の瞬間、“キシン”の全身を覆う鎧が現れ、手には二本の細剣が、背には二振りの大剣が、腰には四本の刀を佩いている。


「随分と厳つくなったな」


「どうせこれを無用な装飾とか思ってるんやろ?」


 当たりだ。あれ程の数の滅竜器を同時に扱うなど人間には不可能。【念動】などの龍律で操っても負荷と重量の問題で精々二本が限界。それなのに“キシン”は合計で八本もの剣を出した。これが装飾過多で無く何だと言うのか。


「僕と戦った人間はみんな君と同じように考えた。でも直ぐに後悔したで?」


「何?」


「それじゃあ始めましょか」


 “キシン”が両手の細剣を掲げて叫んだ


 ──【憑依ツクモ

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