第17話 悪化

 ──ナギ、ナミ。お主たちは大陸へ渡れ。


 ──【叡龍オモイカネ】様に合うのじゃ。


 ──既にこの國にはキシン様が居る。オモイカネ様は暫く姿をを現さんじゃろう。


 ──【祖龍イザナギ】様は深き眠りに就き、【黄泉龍イザナミ】は地の獄へお隠れになった。


 ──最早お前たちを救えるのは【叡龍オモイカネ】様だけじゃ。


 ──願わくば、この運命の子供達に幸あれ! 


 ~~~


「……ぅん」


「……気が付いたか」


「ここは?」


「馬車の中だ。もう半刻もすれば街に着く。一時とは言え心臓が止まっていたんだ。安静にして居るといい」


「あれからどうなりました? ナミは、シノブも無事ですか? カンファートはどうなりましたか?」


「全員無事だ。君と君の妹が倒れてからの顛末を話そう。まずカンファートだが撃退には成功した。死んではいないだろう」


「そう、ですか」


 あの手の手合いは一度目を付けた奴は死ぬまで追い続けるだろう。出来れば仕留めておきたかったが、脱落した俺が言う事でも無いだろう。


「カンファートの撃退だが私は一切関与していない。そこの特級渡り人が一人でやった」


 顔を動かして後ろを見るとナミとシノブがスヤスヤと眠っていた。命に別状はなさそうだ。本当に良かった。


「君が倒れた直後、彼の固有龍律が不完全だが覚醒した。その時点で私は戦闘から観測に移った」


「観測?」


「今回の特級渡り人がどの様な力を有しているか。それを見定める必要があった」


 先程らの話しぶりに先の戦闘でのやり取り。矢張りこの人は……


「お察しの通り私は国に雇われた暗殺者だ。今回の任務は新たなる特級渡り人の監視、及びその能力の調査だ」


「いいんですか? 言ってしまって」


「バレる事も想定している。その場合は正体を明かして警護として付いて行く様にと指示されている」


「何処の誰に依頼を受けたのか聞いても大丈夫ですか?」


「問題ない。聞かれた事には素直に答えろと言われている。私の雇い主は共和国三大公家が一つ、カーリー家だ」


 カーリー家、聞いたことがある。この國は200年ほど前にあった<灼帝国>の子孫によって造られた國で、当時公爵家だった三つの家が管理しているらしい。竜種の住処や自然そのもの管理、維持、運営を行う山の公爵家のパール家、國の護りや戦闘関連全般を担う戦の公爵家のドゥルガー家、そして治安維持や國の裏の面全てを担っているとされる黒の公爵家のカーリー家。今回はそのカーリー家の依頼だったらしい。


「特級渡り人は個人でありながら戦略級戦力【龍殺し】と同等の力を有している。もし力のままに暴れられれば國が傾きかねない。故にいざという時の為に暗殺者として私が派遣された」


 成程。シノブの固有龍律は読めなかった。それが尚の事不安を煽ったのだろう。


「それで、シノブが覚醒したって言うのは?」


「彼の読めない固有龍律が不完全ながらその力を発揮した。一瞬でカンファートを追い詰め撃退した。カンファートは転移の道具を隠し持っていた。それを使って止めを刺す前に逃げられた」


「こいつの、シノブの固有龍律はどんな物だったんですか?」


「詳しくは分からない。私が見た範囲で認識出来た事は滅竜器の固有龍律の増幅、それに龍力制御の超向上、肉体の超再生に接触物の粉砕だ。この粉砕はカンファートの滅竜器を一撃で粉微塵にした」


 意味が分からない。単一の龍律でそこまで幅広い力の行使が可能なのか? 系統外とは言え効果が多岐に渡り過ぎている。固有龍律の増幅は<修癒系統>か<異法系統>、龍力制御の超向上は<身変系統>、肉体の超再生も<身変系統>、接触物の粉砕も<修癒系統>か<異法系統>だろう。たった一つの龍律で三系統分の力を持つなんて意味が分からない。


「一体、こいつの龍律は何なんですか?」


「わからない。今までの特級渡り人の固有龍律も大概の性能をしているが彼の龍律はその中でも取り分け異質だ。これが本来の性能を発揮したらどうなるか見当もつかない」


 シノブ、お前は一体、何なんだ? 


 ~~~


 結局ナミもシノブもあれから目覚める事無く<ノーキュ>の街へと辿り着いた。マクレンさんはしっかり御者の仕事を最後まで勤めてくれるらしい。二人を宿の部屋で寝かせ、町中をぶらつきながら考えを巡らす。


 最大の問題はシノブについてだ。謎の龍律。先程【龍知】で確認した所前まで完全に読めなかった物が【降■■■■タ■ラ】と、少しだけ読めるようになっていた。これは不完全とは言え覚醒に近づいているのだろう。こうなってくると他の特級渡り人についての情報が欲しくなったので調べてみる事にした。幸いこの街には央都に近いお蔭か図書館があったのでそこで資料を漁った。


 ────────────────────

【特級渡り人】

【時龍クロノス】又は【運命龍フォルトゥーナ】と呼ばれる十なる龍が世界中に施した時間移動の罠によって過去より時を渡って来た存在であり、真龍歴以前の時代から呼ばれた存在達を特に特級渡り人と呼ぶ。渡り人共通の特性である不変性に加えて固有龍律を持つ。また、一つの国家に複数の特級渡り人が出現したケースは今の所一度も無い。

 固有龍律の具体的な効果は各国に厳しく秘匿されているが、一般に伝わっている事で特に記すべき点として特級渡り人の固有龍律はそれ一つで【龍殺しドラゴンスレイヤー】の戦力に匹敵するとも言われている。単騎で戦略級戦力となる特級渡り人の情報は激しく規制されており、伝わっているのはその異名と偉業のみである。以下に現在伝わる各国の特級渡り人の異名と偉業について記す。


【葦原皇国】“キシン”

 ・【亜空竜】特殊個体の【異空竜】単騎討伐

 ・人妖戦役一級功績者


【央華共和国】特級渡り人不在


【悟国サトリ】“称号王”

 ・称号個体狩猟数世界最高


【北征前線地帯】“開拓王”

 ・A等級竜種【毒竜王ヒドラ】討伐

 ・A等級異形【幻雪霊ウェンディゴ】討伐


【星環円卓王国】“番外騎士”

 ・<大森林>最大制圧者


【合衆国】“落とし子”

 ・詳細不明

 ────────────────────


 特級渡り人についての具体的な詳細はほぼ得られなかった。この本自体もそれなりに年季の入った品物な所為もあるだろうが。だが、わかった事も多少ある。恐らくシノブは央華共和国の特級渡り人として現れたという事。そして矢張りシノブの力は【龍殺しドラゴンスレイヤー】に至る程のものだという事。特級渡り人は誰も彼もが異質な力を有している。それはこの各国の特級渡り人の実績が如実に表している。

 俺達は央都に着き【叡龍オモイカネ】との謁見が叶えばそれでシノブとの縁は終わりだ。問題はいかにしてオモイカネとの謁見にこぎ着けるかだが、これはもう半分解決していると言っても過言ではない。先程この街の住人に話を聞いた時の事だ。


「あんた、旅人か? もうすぐ央都で降流祭があるんのを聞きつけてきたのか?」


「降龍祭?」


「首都に龍が降臨するお祭りの話さ。あんたの國では名前が違ったかも知れないけどな」


「ああ、俺の國では滅龍祭という名前だった」


「ほー、それはまた何とも大層な名前だな。龍を滅ぼすなんて不遜だぞ?」


「……そうか、この国ではもうあの祭の意義は薄れてしまったんだな」


「あの祭りの意義? 何のことだ?」


「いや、何でもない。戯言だと思って聞き流してくれ」


 と、言う訳で央都にオモイカネが現れるとしたら十中八九この降龍祭による物だろう。そして図書館で降龍祭について調べた所興味深い記述を見つけた。


 ──降龍祭で現れる龍は基本的に【火龍アフラ・マズダー】【能龍ゼウス】【時龍クロノス】【暗龍テスカトリポカ】の何れかである。これ以外の龍は滅多に姿を現さず、星と同化している【地母龍ガイア】は言うに及ばず、存在するだけで周囲を死で満たす【冥龍エレシュキガル】などは現れる事すら出来ない。また、最後に死ぬ龍である【予見龍アルファズル】も姿を現すことは無い。だが、この【予見龍アルファズル】が必ず現れる降龍祭がある。それは特級渡り人が現れた時だ。その國の特級渡り人に何かを伝える為に【予見龍アルファズル】は必ずこの降龍祭で現れる。正確に言えばこの場合のみ特級渡り人が現れたので降龍祭が開かれるのである。


 つまりシノブと一緒に居れば【叡龍オモイカネ】に必ず会えるのだ。利用している様で悪いがこちらもそれなりの対価は払っている。足りないと言われようが関係無い。流石に暗殺者に命を狙われたとあればそう長く一緒に居たくはない。薄情かも知れんが長く一緒に居て情が湧いても面倒だ。ナミもシノブには得体のしれない不安を感じているのかそこまで距離を詰めていない。予定通り【叡龍オモイカネ】との謁見が済み次第シノブとは別れるとしよう。


 ~~~


「おはよう」


「……おはよう」


 結局翌朝までナミが目を覚ます事は無かった。念のため寝てる間に体内で焔臓の結晶化が発生していないか調べて見たが、無意識に龍力を制御していたのか幸い頭の焔龍角に全ての龍力が吸収されていた。俺も焔臓の結晶化は起きておらず体調は安定していた。そもそも龍力生成器官である焔臓を持たないシノブは気にするだけ無駄だ。


「ナギ」


「ん? どうした」


「……これ」


 そう言ってナミは右手の袖を捲り皮膚を露わにした。


「っ! もうここまで来たか……」


「……うん」


 ナミの右手の皮膚が龍鱗化していた。焔龍角を封印している所為で貯め込むのが間に合わず漏れた龍力が肌を巡って龍鱗に変化したのだ。最早猶予はあまり無い。過龍症を治す方法、それをオモイカネから聞き出す以外に道は無い。


「大丈夫だ。俺が必ず治してやる」


「……うん」


 龍鱗化の先に待つ過龍症患者の辿る道は二つに一つだ。一つ、溢れ出す膨大な龍力に耐えきれなくなり【人竜】へとなり果てる。二つ、その膨大な龍力を御しきり龍人としての位階を昇り詰める。

 後者は人類史上成功者はほぼ存在しない。だが、その数少ない成功者は葦原皇国の【龍殺し】に昇りつめている。完治出来るならそれでいい。無理ならば龍人として完全に至る。もう、ナミに残された希望はそれだけだ。

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