第16話 覚醒

 呼吸が出来ずに喘ぎ呻くシノブ。カンファートの滅竜器【有臓無臓オーガン】の力だ。【有臓】で叩けば臓器を増やし、【無臓】で叩けば臓器を失う。今のシノブは肺を失い呼吸が封じられている。鍛え抜かれた歴戦のハンターであろうと肺が完全に機能不全に陥った状態で戦えるかと聞かれたら大半が無理だと答えるだろう。ましてやシノブは多少鍛えてはいるが龍力の恩恵を一切受けない為一般人に毛が生えた程度の身体能力しかない。どうやら渡り人の不変性とやらで多少の息は出来る様だが、寧ろその不変性を上回っていることの方が異常だ。あの滅竜器、悪趣味な効果だけじゃない。それ以上の何かがある。


「フフフフフ! 流石は特級渡り人! 【無臓】一回では完全には機能不全に陥りませんかぁ! まぁわたくしも生きて連れ帰れと言われているので大変都合がいいんですがね!」


「お前ぇ!」


「ああ、その殺気! 実に心地いいですよぉ! さあ、互いの存亡を賭け存分に殺し合いましょう!」


「【瞬身】!」


「甘いですよぉ!」


【俯瞰】によって不意打ちは無意味。ならば攻撃された場合に最も対処し辛い部分を狙う。即ち足。即座に距離を詰め足を曲げて膝を狙う。だが即座にバックステップで躱される。


「【瞬身】」


「おおっとぉ!」


 曲げた足を伸ばし更に加速。真一文字に斬る。が、奴の方が少し速く届かない。ならば。


「【伸刃】」


「ぎぃっ!」


 刃を伸ばせば問題ない。そして一瞬でも機動力を奪えばこちらの物だ。


「【飛導】」


「がはぁ!」


 足の筋を斬られ体制を崩せば幾ら見えていてもこれは躱せない。マクレンさんの短剣がカンファートの背中に突き刺さった。短剣の刺さった部分がみるみる内に黒ずんでいる。刃に塗られた毒が傷口から急速に回っているのだ。


「くぅおおおおお! 効きますねぇ! わたくしアンラ・マンユ様の加護で相当な毒耐性がある筈なんですけどねぇ!」


【龍】の加護によって齎される耐性を貫通している時点でいよいよマクレンさんの正体が謎めいてきたが今はどうでもいい。今は目の前の【人殺しシリアルキラー】の息の根を確実に止める。


「クフフフフ! ピンチ! 今私は命の危機に瀕している! ああ、命の鼓動! 流れ出る血液! 私は今生きている!」


 こういった手合いは幾つかのパターンがある。殺す事に快楽を感じるタイプ。殺し合いの中に何かを見出しているタイプ。そして死闘こそ誉とするタイプだ。うちの國葦原皇国は三つ目の手合いばかりだったがカンファートは二つ目の手合い。命のやり取りに生への執着を見出すタイプだ。この手合いは死のうが生きようがそれで満足な上に全力で足掻くから質が悪い。


「このまま死ぬのもまた一興なのですが! 特級渡り人の彼を連れ帰る必要もありますし、ここは一つ全力で足掻くとしましょうか」


 やはりこうなるか。


「……【龍蝕】!」


 “ドクン”


「……これは!?」


 蠢いた。比喩でも何でもなくカンファートの滅竜器【有臓無臓オーガン】に黒い血管のような物が浮かび上がりまるで鼓動するようにドクンドクンと蠢いている。それだけではない。滅竜器の所有者たるカンファートも同様だ。全身にどす黒い紋様が浮かび上がり黒い血管がドクンドクンと動いている。


「【竜華】? いやこれはもっと根源的で碌でもないな」


「……これは【龍蝕】。龍に自身の肉体を侵させる事でその絶大な力を引き出す外法だ」


「成程。相当不味そうですね。さっきの毒、効いてます?」


「……俺のサマエルの【有毒】は打ち込んだ毒を対象が抗体を持たない毒に変質させる固有龍律だ。当然今も効果を発揮している。だが恐らく龍の力で変質した傍からその抗体を獲得されている」


【厭世業サマエル】それがマクレンさんの滅竜器の名前らしい。その固有龍律【有毒】もその名に恥じず大変凶悪な性能だった。それを余裕で上回っている。時点でカンファートも大概な存在となっている様だがな。

 カンファートに浮かび上がったどす黒い紋様は龍を象形し、頭に龍力で造られた黒い角が生えている。


「いい! 実にいい! この身にアンラ・マンユ様の気配を余すことなく感じ取れる! さあ、命のやり取りを続けましょう!」


 カンファートがオーガンを勢いよく振る。すると三節棍の俺の脇腹にめり込んだ。


「がはっ!」


「ナギ!」


 完全な不意打ち。射程距離の遥か外で振るわれた三節棍はどう見ても節が幾つも増えて居た。いまはどう見ても十六節棍くらいある。


「さあ、逃げ切れますかな! この私の茫節棍から!」


 “シャララララ”と節を増やし続け質量その物が数十倍に膨れ上がったオーガンが【金操】によって自由自在に向きを変えて襲い来る。


「くそ!」


 躱すにも即座に向きを変えて襲い掛かる所為で碌に躱せない。しかも伸びている節の途中から新しく棍が生えて来るなんてふざけたこともしやがる。幸い、あの【無臓】とやらは棍の先端をしっかりと打ち付けなければ発動しないらしく臓器不全だけは免れていた。マクレンさんは襲い来る棍の群れを器用に弾き、弾いた棍を別の棍にぶつけて処理すると言った曲芸で対応しているがこれ以上物量が増えたら不味い。ナミは【晶域】でシノブと一緒に自身を囲う分厚い水晶の壁を生み出して対処している。


「ん! その壁邪魔ですねぇ! 特級渡り人にも用がありますから、お嬢さんには申し訳ないですが早々に退場して頂きましょう!」


「っ! ナミ逃げろ!」


「!」


 全方位からの一斉連撃。最早大樹の枝の様に無数に分岐し、そこから根を伸ばしたオーガンは原型を留めていなかった。そんな物から放たれる連撃に対してナミは退避より防御を取った。そしてその判断は正しかった。


 “ガガガガガガが! ”


 台風の中に雹が飛び交っているいるかの様な超連撃が水晶の壁を容赦なく削っている。永遠に感じる時が流れ、カンファートがその攻撃を終えた時、そこにあった水晶の壁は、ボロボロにひび割れながらもその内にあるもの全てを守り切っていた。だからだろう。油断した。“ニィッ”っと笑ったカンファートに気付かなかった。


「【尖突】」


 “ドン! ”


「……ぁ」


 ナミの丁度背後、其処から横方向に一直線に飛び込んで来た棍の先端がボロボロの水晶の壁を容易に貫きナミの胸を突いていた。


「【無臓・心臓】」


 ナミが倒れる。支えを失った人形の様に。


わたくし別に一言も攻撃用の龍律を使えないとは言ってませんねぇ!」


「てめっ……!?」


「はい、今気を抜きましたねぇ!」


 いつの間にか俺の背中にもピタリと棍の先端が当てられていた。


「【無臓・心臓】」


「あぁっ……」


 視界が歪む世界が回る。力が抜け落ち意識が薄れる。


「ちく、しょう……」


 音も光も彼方へと遠ざかる中。誰かの声がした。


「……許さねえ!」




 ~~~




「さあて、残るは貴方だけですよ“死告”!」


「……流石に気付かれていたか」


「勿論ですとも! 短剣の滅竜器を使うものはそれなりに居れど毒を扱うとなればその数は絞れる。その上その練度に先程打ち込まれたこの毒! 【有毒】なんて龍律を扱える滅竜器はほぼ存在しませんからねえ! そうでしょう! 致命の毒を携え【龍殺しドラゴンスレイヤー】すら暗殺して見せた稀代の暗殺者“死告”!」


「……俺を知っている事は良い。だが残り一人と言ったことは訂正するといい」


「? 何故ですかぁ?」


「……お前は呼び覚ました。この国が畏れた災厄を」


「何を言って……!」


 ゆらりと、まるで幽鬼の様に彼が立ち上がった。今回の誘拐対象の少年。特級渡り人シバ・シノブ。渡り人の不変性によりオーガンの【無臓】に耐えては居ましたが、まさか立ち上がるとは。ですがそれ以上になぜ彼は動けるのです? 如何に【無臓】の効果が不完全とは言えあんなしっかりとした足取りで歩けるほど優しい効き目では無い筈です。


「!」


 視線が合いました。あれはそう、憎悪の瞳。怒りに燃え、義憤に駆られ、命を燃料に燃え盛る瞳。素晴らしい! 実にいい! もっとだ! もっとその眼でわたくしを見るのです! 貴方の認識こそがわたくしを形作るのですから! 


「何故そんなに動けるのかは知りません! ええ、ですが! 私を殺そうと言うその殺意、実に素晴らしい!」


「よくもナギとナミを! お前はぜってえ許さねえぇ!」


「ならばわたくしを殺して見せるのです! 彼らはそれなりに強きハンターの様ですねぇ! まだ息はあります、その間にわたくしを殺せばオーガンの【無臓】が停止して彼らの命は救われるでしょう!」


「上等だ。やってやるよ」


「さあ、足掻いて見せてください!」


 シバ少年の気配は膨れ上がった憎悪で凄まじい物となっている。固有龍律が使えない稀有な例と聞いていましたが、たがが外れましたね? 


「トリシューラ!」


 いつの間にか彼の右手に滅竜器が握られている。わたくしが言うのもなんですが三叉槍とはまた変わった得物を扱いますねぇ。


「【浄域】!」


 彼の周囲を蠢く茫節棍が展開されたその領域に入った端から浄滅している。明らかに【浄域】の域を超えた龍律行使。彼の固有龍律の片鱗でしょう。


「【光刃】【炎刃】【雷刃】!」


 滅竜器の刃先が三種の属性で彩られる。それぞれの刃先に別々の属性刃を展開する事で属性反発を防ぎますか。それ、相当な高等技術ですよぉ? 


「死ね!」


「おおっと危ない!」


【浄域】によって邪龍の恩恵を受けた私のオーガンは触れた傍から消し飛ばされますねぇ。流石に相性が悪いのでしかたありません。


「【龍蝕】解除!」


【増節】で増やした部分が消え、身体能力も低下しましたが一方的にやられるよりはマシと言う物。元の三節棍に戻りましたが今はこれで十分。


「【尖突】!」


 直線的な動きで来るのであれば真正面から貫いて差し上げましょう! 


「邪魔だ」


「なっ!?」


 驚きました。謎の龍律による補正があるとはいえB等級滅竜器に相当するオーガンの先端がしました。これは直に触れれば肉体ごとやられかねませんねぇ! ですが私は上を行く! 


「【幻現像】!」


「なっ!?」


 今度はこちら側が驚かす番です! シバ少年のが彼の心臓を穿つ! 


「【尖突】!」


 獲った! そう確信した刹那、わたくしはあり得ない物を見ました。幻像から現像へと転じシバ少年の背後に現れた本物となったわたくしは確かに少年の心臓を刺し貫きました。その瞬間。彼が声を発したのです。


「【降■■■■タ■ラ】」


 それは距離など関係なく確かにわたくしの耳に届きました。届いているのに理解できない。言葉であるのに音に過ぎない。まるで不完全なその名が紡がれた直後、先端の熔け落ちたオーガンと本物のわたくしの右腕が


「は?」


 疑問に思う間もなく幻像へと堕ちたわたくしの意識は薄れこの世から姿を消しました。

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