第15話 【忌人旅団】

「ああ、やっぱこうなるのか」


 シノブが何かぼやいている。もしやこの状況を想定していたのか? やはりこいつは警戒するべきだ。


「フフフフフ、面白い! 貴方たち本当に面白い! 是非ともこのわたくし頂けないでしょうか!」


 俺達の馬車の前、横たわる三つ首の竜とその上に座り胡坐をかく道化師の様な男。


「……本当に、どうしてこうなった」


 時は少し遡る


 ~~~


「……ここからが<清きの園>だ」


 マクレンさんにそう告げられた俺達は気を引き締めて<清きの園>に入った。ここの前の主は今はシノブの滅竜器【三元象トリシューラ】の元となった竜種【三頭竜ラトヘイド】の特殊個体【三元竜ラトヘイド】だったらしい。もしかするとトリシューラから発せられるラトヘイドの気配に誘われて強力な竜種が顏を出す恐れもある。その場合はシノブに囮になって貰いその間に俺とナミで仕留める手筈だ。一番厄介なのはそれらと一切関係なく新しい主となった竜種が襲ってくることだが、それは起きてしまったのなら仕方が無い。それに竜馬が戸惑う事無く<清きの園>にに入っているのだから仮に現れたとしても俺達にも対処が可能な程度だと言う事だ。……初めはそう思っていた。


「……妙だな」


「はい、妙ですね」


「……おかしい」


「え? え? 何が?」


「静かすぎる」


<清きの園>は典型的な竜種の住処だ。山岳から流れ出た清流が泉に溜まり、その周囲に多種多様な植物が生い茂りそれを求めて竜種や竜獣が集まり生態系を築き上げる。食物連鎖がより上位の捕食者を呼び込む。これを繰り返すうちに主と呼ばれる個体が生まれる。

 ならば今、俺達の眼前に広がる景色は異常だ。聞こえるのは風に揺れる木々の騒めき、それに清流を流れる水の音。それだけだ。奴等がシノブのナニカに怯えているにしても

 それはシノブを視認した上で怯えて去る形だった。ならば原因はシノブじゃ無い。これはそう、俺達が来るずっと前に何かがあって逃げ出したんだ。


「恐らくここに相当ヤバいナニカが出た。警戒して進むぞ」


「えっ、その相当ヤバいナニカって何だよ」


「知らん」


「えぇ……」


「また特殊個体が出たか、はたまた新種が生まれたか。どちらにしろ碌な物じゃない事は確かだ」


 警戒をしながらゆっくりと進む事半刻三十分、ソレは唐突に現れた。


「おやぁ? 漸くやって来ましたねぇ。待ちくたびれましたよぉ」


 ~~~


「改めましてわたくし【忌人旅団】所属の【人殺しシリアルキラー】《不快》のカンファートと申します。以後お見知りおきを」


 そう言って道化師の様な不快のカンファートはペコリと頭を下げた。


「……で、その《不快》のカンファートとやら俺達に一体何の用だ」


 既にこちらは臨戦態勢。それでも尚飄々とした態度を崩さないコイツに俺は何処か空恐ろしい物を感じた。


「いぇいぇ。別にあなた方全員に用がある訳じゃ無いんですよぉ。私が用があるのはそこのあなただけですねぇ」


 そう言ってカンファートはシノブを指さした。


「は? 俺?」


「えぇ! 新たなる特級渡り人シバシノブ! 恐らく番外の人柱にして最も強大なを内包した男! 我々は貴方に興味深々なんですよぉ! 是非とも貴方を連れ帰させて頂きたい!」


 かみ。またかみだ。シノブも言っていたがそれは一体何だ? 言葉としては受け入れれられるだと言うのに具体的なイメージどころか反復する事すら出来ない。反復しなければ聞いた直後から無かったものとして薄れ消える。かみとは一体何だ? 


「私は貴方を連れ帰れと命じられている。ですが! ええ、ですが! 貴方は抵抗するでしょう! その手に持つ武器で反撃するでしょう! であるならば! その攻防の最中私が貴方を殺してもそれは不幸に過ぎないのです! ですからさあさあ! 互いに刃を構え全力で殺し合いましょう!」


 “ゾワッ”っとカンファートの全身から殺気が龍力に乗せて放たれる。やらなければやられる。そう言った確信が在った。


「【飛導】」


「不意打ちとはやってくれますねぇ!」


 “ガキン”とマクレンさんの投げた短剣が弾かれた。弾いたカンファートの得物を見れば、それは三つに節を持つ割れる棍。


「三節棍とはまた変わったものを」


「フフフフフ。見せてあげましょう! 私の曲芸戦闘を!」


「お断りだ!」


【瞬身】で背後に回り込み斬りかかる。しかし肩を支点としてコの字型に曲がった三節棍の先端に叩き落とされてしまう。どう見ても今こいつは俺が見えていなかった。それなのに綺麗にチスイの先端を叩かれた。直感系の龍律じゃない。自身を中心とした一定範囲内の視界を得る龍律。


「【俯瞰】持ちか!」


「ご名答!」


 振り上げた三節棍でマクレンさんの追撃を弾く。いつの間に彼はあの短剣を回収したのだろうか。マクレンさんが器用に三節棍を弾きカンファートとの距離を詰める。だがカンファート伊達に【人殺しシリアルキラー】を名乗っているわけじゃ無いらしい。



「ふっ!」


「っとぉ! 危ないですねぇ!」


 マクレンさんの一撃があと少しで当たると言う所で三節棍の先端が不自然に曲がって弾かれる。


「あなたぁ。御者にしては強すぎませんかねぇ? それにその短剣、毒は塗ってありますねぇ? そんなねちっこい戦法を取るハンター、中々いませんよぉ?」


「【飛導】」


「おっと! 何の躊躇も無く自らの滅竜器を投げ飛ばしますか。回収はどうするおつもりでぇ?」


「【帰還】」


「あちゃー、そう来ますかぁ」


【飛導】は投擲物の命中率を格段に上げる龍律、そして【帰還】は指定した場所に帰る龍律。滅竜器自体に【帰還】が付いているからマクレンさんの手元に一瞬で戻せる。そして刃には毒。


「あなたぁ元ハンターではありませんねぇ? 先程の動きも貴方、余りにも対人慣れしている。本職は暗殺者。そうでしょうぅ?」


「……」


「図星ですかねぇ。まあ、どちらにしろ答えないでしょうが。しかし流石に二対一、いや四対一の上に一人が同業者と

 なれば手加減は無理そうですねぇ。では一段階ギアを上げましょう」


 そう言ってカンファートは奴の滅竜器である三節棍で自身の胸を軽く叩いた。


「【有臓・肺】」


「【火球】」


「当たりませんねぇ!」


 隙と見たナミが龍律を放つがあっさりと躱される。先程より明らかに動きが速い。


「【瞬身】」


「これでもまだ速さで負けますかぁ!」


 即座に接近して居合切りを放つが三節棍を固定して棒高跳びの様に跳ねて躱される。だが空中なら逃げ場は無い。


「【飛導】」


「【火球】」


 猛毒短剣に物理攻撃では弾けない火の球。さあどちらを取る。


「甘いですよぉ!」


 カンファートが宙で身を捻り火球の斜線から外れ三節棍を振り抜いて短剣を弾く。だが体勢は完全に崩れた。


「らぁあああ!!」


 奴の死角。二方向からの攻撃で完全に視界から隠れた茂みから飛び出たシノブがトリシューラを突き上げる。【俯瞰】でそれを察知したカンファートが先程の様に肩を支点に背後に向かって振り下ろすがそれでは届かない。


「貰ったぁ!」


「……フフッ!」


 “キィイイイン”


「な!」


 弾かれた。どう見ても届かない筈の三節棍の先端は節を繋ぐ鎖が急激に伸びて届かせた。


「危ない危ない。出現したばかりの特級渡り人は戦闘経験の無い者と聞いていたので一応勘定にいれてるだけでしたが、貴方は違うようですねぇ。命の危機にちゃんと相手を殺せる。良い! 実にいい!」


 余裕で着地したカンファートがシノブを見て不気味な笑顔を浮かべる。


「人を殺せる事を褒められても嬉しくねえよ。てか何だよ今の。明らかに射程距離の外だっただろうが」


「それは秘密! ……と言いたいところですがわたくしは貴方を見くびっていました。お詫びに教えてあげましょう! 私の龍律、その名は【金操】! その名の通り金属を自在に操る龍律です! 質量は変えられずとも形状ならば自由自在! それこんな風に!」


 カンファートが三節棍を掲げるとそのつなぎ目部分の鎖がうようよと形を変えて文字になる。


 “死”


「縁起が悪いはこん畜生が!」


「おやおやお気に召しませんかぁ? 残念です。ではもう一つ、私の滅竜器、名を【有臓無臓オーガン】と言います。今よりこの力をご覧に入れましょう!」


 そう言いながらカンファートが先程の様にオーガンで胸を軽く叩く。


「【有臓・心臓】」


 名前からしてオーガン固有の龍律。だがその効果は外見上の変化が一切ない為読み取れない。


「このオーガン、非常に面白い固有龍律を持っていましてねぇ!」


 カンファートが駆け出す。先程よりさらに速いが攻撃に転じて来る様子は無い。俺達の周りを高速で駆けているだけだ。


「【有臓】と叩けば私の身体は指定した臓器が!」


 奴のスピードは一向に落ちない。息切れの様子も無い。【瞬身】の様な瞬間的に速度を上昇させる龍律を使った様子も無い。


「肺を叩けば肺活量が倍に! 心臓を叩けば血流が倍に! 臓器が増えたのと同じ扱い故に弊害無し!」


「いやそれ普通弊害あるだろうが!」


 シノブの言う通りだ。単に血流や肺活量が二倍になっても他の臓器の負担が倍増して意味がない。


「そこはそれ! 我らが龍因子より生まれいずる龍力は龍律による不可能を極限まで抑えてくれる。そうでしょう?」


 確かに言われてみれば【剛力】や【瞬身】などの肉体への負担が大きい筈の龍律を使っても発動後の影響は限りなく零に近い。だが、仮とは言え臓器の増幅なんて芸当による副作用を龍力が負担しきれるか? 


「……人体への過度な影響を及ぼす龍律の影響を抑える方法は二つ。一、負担を抑えられるまで鍛える事。二、何れかの【龍】の加護を得る事。先程お前が名乗った【忌人旅団】が噂通りの存在ならお前は【邪龍アンラ・マンユ】の使途か寵児だな?」


「んん! イグザクトリー! 流石は裏の情報には長けておりますねぇ! 名も知らぬ暗殺者!」


 寵児と使徒。龍の恩恵をその身に宿す超人。しかも与えたのは【邪龍アンラ・マンユ】だと? 


「おかしい。【邪龍アンラ・マンユ】俺達の言うところの【禍龍マガツヒ】は既に討たれている筈だ」


「【禍龍マガツヒ】にその髪色、やはり葦原皇国の方でしたかぁ! ですが残念! かの滅龍祭にて我らが主アンラ・マンユは忌々しき龍達に討たれました! ですがぁ! それは人では無い! 龍が龍に殺されて死ぬわけがない! 我らが主は生きていた! そして我らにその寵愛を授けたのです!」


 何がそんなに嬉しいのか更に速度を上げたカンファートが突っ込んでくる。狙いはナミ……いやこれはブラフだ。咄嗟にナミに向かって動いた所為で間に合わない! 


「避けろシノブ!」


「ちょっ……!」


「はい残念!」


「があぁっ!」


 オーガンの一撃がシノブに叩き込まれ、相当な勢いで後方に吹っ飛ばされた。即座に【瞬身】でカンファートの前に躍り出て追撃を防ぐ。


「ん! これで彼はもう使い物になりませんねぇ!」


「ぬかせ。いくら渡り人とは言えそれなりに扱いてんだ、この程度じゃ……」


「ああ、そういう話では御座いません!」


「なに?」


「ナギ!」


 シノブに【治癒】を掛けに走ったナミが叫ぶ。


「シノブ、息してない!」


「なんだと!?」


 先程の一撃で肺をやられたのか。だがあの勢いじゃ灰をやれるかは怪しい。【震撃】の龍律でも使われたか? ……いやまて肺がやられた程度ならナミの【治癒】で治せる。それをせずに俺に伝えたと言う事は【治癒】じゃどうにもならない何かが……


「……! シノブ!」


 そこには【治癒】で完全に傷が癒えている筈なのに空気を求めて喘ぐシノブが居た。


「【無臓・肺】」


 カンファートがそう言った。


「このオーガンで叩かれた相手は擬似的に! さあ、どうしますかぁ!」

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