第14話 央都への旅立ち
朝日が昇るか昇ら無いかという黎明に俺達は<シェイカイ>の北門の前で馬車に乗り込んでいた。
「おーい!」
そこへ駆けてきたのはベイモン。背負う滅竜器が以前見たルーとは別の物になっている。無事“泥纏負操”の素材で滅竜器を造ってもらう事が出来た様だ。
「見送りに来たぞ」
「別に気にしなくて良いんだが」
「水臭え事言うなよ。これでもお前ら兄妹には本当に感謝してんだぜ? 旅立ちの前に挨拶の一つでもさせてくれや。本当はキッシュも誘おうと思ったんだが家に行っても返事が無くてな。あいつ朝が弱いからどうせまだ寝てるんだろうな」
「そうか」
素っ気ないが別にこの街にもあのパーティーにも強い思い入れがあるわけじゃ無い。死線を共にした仲間なんて皇国に居た頃にゴマンと居た。何度も潜り抜ける内に慣れてしまった。感動や勝利を分かち合う事はあっても別れを惜しむことは無い。どうせまた互いに死線を潜るのだから。
「その槍、漸く完成したのか」
「ああ! 見るか?」
「良いのか?」
「俺とお前の仲だろ?」
一体いつの間に俺達の仲はここまで進展したのだろうか。
「ほいよ。丁重に扱ってくれよ?」
「勿論だ」
ベイモンの新しい滅竜器は非常に変わっていた。形状は槍のまま持ち手は“泥纏負操”の皮で滑り止めが施されており、適度な滑らかさが瞬間的に持つ長さを変える事を可能にしている。先端の刃の少し後ろに鰭を加工したと思しき刃の様で布の様な不思議な膜が風に靡いている。刃は“泥纏負操”の歯を下地に
「素晴らしい出来だ」
「おう、俺もそう思うぜ。これでガンガン竜共を狩ってこのシェイカイを守り抜いてやるさ」
「頑張れよ」
「お前たちもな。旅の目的が達せられる事を願ってるぜ」
「ありがとう」
「おーいナギ、もう出発するってよ。ってベイモンさん! 来てたんすか!」
「おう、お前も元気でなシノブ!」
「はい! ありがとうございます!」
この短期間でシノブはやけにベイモンに懐いた。ベイモンが頼れる兄貴肌の人間なのも大きいんだろうが、シノブはシノブでこの時代に頼れる身内なんて一人もいないから心の何処かで頼れるだれかを探してたんだろうな。
「それじゃあ俺達は行くよ。元気でな」
「おう! お前らの旅路に【運命龍フォルトゥーナ】の加護があることを祈ってるぜ」
「あんなクソ龍の加護なんて要るかぁ!!」
「だあっははははは! それもそうだな! 兎も角元気でな!」
こうして喧しい喧騒の中央都への旅路が始まった。
~~~
「うわはっや!」
「【竜馬】に走らせているからな。凄まじい脚力で移動に適した龍律を持ってる人間を除けばこれより速い移動手段は早々無いぞ」
D等級竜獣の【竜馬】は移動に特化した竜獣だ。疲れ知らず力も強く、一度に山三つを踏破した個体も居る。そして強者の気配に敏感で自身が運ぶ人間に対処出来そうな脅威しかない場所であれば竜種の巣の近くだろうと平気で通るために実力が高い者程に旅路をショートカット出来る。
「てかこんな速度で走ってんのにこの馬車全然揺れないんだな」
「ああそれは砂地に潜む竜種の素材が使われてるからだな」
砂地に潜む竜種は自身の発する振動を極限まで減らそうとする傾向がある。振動に敏感な砂で位置が割れてしまうからだろう。
「だから砂地に潜む竜種は龍律とか関係なしに振動を削減する構造をしてるんだよ。だからそいつらの素材が使われた馬車は【竜馬】の高速移動を受けてもあまり揺れない」
「はえー成程」
シノブの質問は尽きた様でそれからは高速で流れる景色を楽しんでいた。
それからは特に問題も無く今日の目的地の街に到着した。途中で何度か竜種の生息域を抜けたが運よく其処を縄張りとする竜種に出会わず抜けられた。
~~~
その夜。そこそこの宿に部屋を二つ借り、俺とナミが一部屋シノブで一部屋と言う形で別れた。
「…………」
「さて」
日課のナミの焔龍角の調律を済ませ、眠りに就いたナミを眺めながら考える。
「シノブ、お前は一体何者……いや、
特級渡り人、読めない龍律の持ち主、日本人。
これが現在シノブについて判明している大まかな事だ。ここ暫く訓練の合間に聞いた話では両親は既に他界、親類縁者は既に死に絶え一族に残っていたのはシノブのみ。元の時代に強い思い入れのある人間は居らず、それもあってかこの時代への順応も早かった。だがそんな事は一切本質に触れていない。
今日幾つかの竜種の生息地を抜けた際に一つだけ危険度が他より高い場所があった。C等級でも上位の竜種【岩牢竜ロズリック】の住処だ。
【岩牢竜ロズリック】は常に岩の殻に籠った亀で早々顔を出すことも無く草食な為、その強さに反して危険度は低い。だが決して弱いわけでは無い。それどころか戦闘になれば勝てはすれども相当な消耗を強いられたに違いない。竜馬は賢い生き物だ。そんな普段は優しいだけの竜種には早々近づかない。
そして俺は見た。馬車から顔を出したシノブを見て
あれは尋常な様子では無かった。シノブには何かある。それこそ【
「……いっそ今ここで仕留めるか?」
いや、焦るな。それで龍律が暴走でもしたら碌な事にならない。どうせ【叡龍オモイカネ】に会えば全て解る事だ。焦らなくていい。このまま行けば四日後の夕暮れには央都に到着するんだ。焦ることなく行こう。
~~~
街の人から気になる話を聞いた。
「<ホウコウ>の遠洋で幾つもの水柱があがったらしいぜ。実害は無かったらしいけど奇妙な事もあったもんだよな」
<ホウコウ>と言えば俺達が葦原皇国から出て来た時に初めてこの大陸に足を踏み入れた港町だ。人が暮らす海沿いは徹底的に海竜避けをしてあるから滅多に何か起こる事は無い筈だ。かなり離れた場所とは言え警戒はしておこう。或いは空竜や海竜の縄張り争いでも起きたのかも知れない。
「ふあああ~良く寝た」
「今頃起きて来たのか。もう出るぞ」
「え? マジで? 朝食は?」
「寝坊した阿保に食わせる飯は無い」
「そんなー!」
まあ、いざという時に空腹で力が出せなくなっても困るから飯は用意してあるんだが今言うことではない。
「……出るぞ」
「マクレンさん、今日もよろしくお願いします」
「……ああ」
俺達の馬車の御者のマクレンさんは非常に寡黙だが伝えるべきことはちゃんと教えてくれる。そして互いに口数が少ない者どうしでナミと気が合うのか無言の会話を楽しんでいる節がある。傍目には無言で並んで座ってる様にしか見えないけどな。
「……今日は<ノーキュ>の街を目指す。昨日のショートカット具合からして行ける筈だ」
「わかりました。途中で抜ける場所に特に危険な場所はありますか?」
「……最近<清きの園>が不安定になった。三頭竜の特殊個体が狩られた事で勢力図が動いている」
「わかりました。近づいたら教えてください」
「……わかった」
~~~
「なあ、所で山賊とか居たりしねえの?」
「さんぞく? ……ああ、聞いたことがある。野山に潜んで人を襲う賊の総称だったか?」
「そうそう、この時代にはいねえの?」
「お前の時代には居たのか?」
「いや、俺の知るような範囲にゃ全く居なかった」
「ならなんでそんな物の存在を聞く」
「ファンタジーの旅の定番かなと思って」
「何故それが定番なのか知らんが山賊なんて稼業は成立しない。絶対にだ」
「何で?」
「考えてもみろ、人を襲うのは正当性が無い限り犯罪だ。そんな奴等が街に住める訳がない」
「だろうな。だから洞窟に隠れ潜んだり廃村をねぐらにしたりすんじゃねえの?」
「家よりデカい竜種がわんさかいる世界の何処に街の外で暮そうとする阿保が出るんだよ」
「あ……」
「仮に潜んでも竜種は気配に敏感だ。遠隔攻撃の出来る龍律を持ってる可能性だってある。街の外に潜む人間が居ないわけじゃ無いが、それはそいつが外で暮しても問題ない程の実力を持ってる場合に限る。そんな奴は貴族の護衛でもハンターでも武力を必要とする仕事の大抵に就いて稼げる。それでも尚山賊をやる様な奴は余程の愚か者か人殺しや略奪に快楽を覚えた狂人だけって訳だ」
「なるほど。でもそんな狂人が居ない訳じゃ無いだろ?」
「居るには居る。だがそう言うやつらは大抵単騎で魔境を踏破できる強者たちに見つかって殺される事が多い。強いやつはそれだけ気配に敏感だからな。だがそうだな。もし、そんな強者を返り討ちにするような奴に出くわしたら……」
「出くわしたら……?」
「全力で逃げろ。俺達は所詮竜狩りだ。人殺しのスペシャリストにはまず勝てない」
「……わかった」
シノブは深刻な顔をして黙りこくってしまった。
「……安心しろ。そんな化け物早々出やしない」
「いやそれフラ……いや何でもない」
雑談の中でも馬車は進む。そして今差し掛かろうとしているのは要警戒地域<清きの園>だ。
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