第13話 【三元象トリシューラ】

【予見龍アルファズル】が央都に現れる。そんな話を聞けば俺達が動かない訳がない。そして龍について予知多くの情報が欲しいシノブも当然行くだろう。それに彼には読めない龍律の件もある。何故カイロスが俺達の旅の目的を知っていたのか不思議でならないが、兎も角今はその情報だけが頼りだ。

 都にアルファズルが現れるまでまだそれなりに時間があるらしいのでその間に案の定俺達について来る事となったシノブに戦闘に関わる多くの事を教えた。竜種と竜獣の違いやハンター組合の仕組み、戦闘時の基本等々実に様々だ。

 だが、言葉で伝えても伝わり切らない事も多い。教える事は大抵実戦をセットにして身体に覚え込ませた。疲れたらナミの【治癒】で無理やり治してまた実戦。どんな子供でも直ぐに腕を上げられるこの方法は見物に来たベイモンにドン引きされたので大陸ではあまりやらないのかも知れない。


 ベイモンと言えば“泥纏負操”の素材を買い取りたいと言ってクエスト報酬金の全てと貯金の一部を俺達に払って“泥纏負操”の素材を買いっとった。俺を置き去りにした事をまだ気にしてたが、【忌竜香】を含めてあのクエストではアイツにかなり世話になったのだからそこまで気にしなくてもいいと思う。本人が気に病んでいる様なので【忌竜香】の代金なんかは、組合を通じてベイモンの口座にこっそり振り込んでおいた。


「だりゃあ!!」


「遅い」


「げふっ!」


 考え毎の最中、訓練用の模造剣で殴りかかって来たシノブの腹に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。


「動きが素直すぎる。出だしの足の動きだけで行動予測が出来るぞ。ただでさえお前は身体能力が俺達に劣るんだ。技術を磨かないと死ぬぞ」


「もっかい!」


「……暇」


 ナミの【治癒】は滅多に使わない。筋肉の成長の阻害になるしシノブを痛みに慣れさせる必要がある。

 俺達が相手をするのは竜だ。大抵が俺達の倍以上の体躯を誇る化け物どもだ。油断すれば腕の一本や二本持っていかれるのはザラだ。そうなったら【再生】の龍律を極めるか、時間属性の龍律持ちに復元を頼むか、【快癒】の龍律持ちを探すかの何れかとなり当分は碌に戦えなくなるだろう。そうならない為にも痛みに慣れ、恐怖を押し殺して武器を振るう覚悟が居る。カイロスが残ってくれていたなら二、三十回半殺しにして直ぐに慣れさせられたのだが現実はままならない物だ。


「……何か今物凄い悪寒を感じたんだが」


「感覚は大切にしろ。直感に命を救われるなんてザラだ。結局最後に頼れるのは自分自身だからな」


「ほんとお前って達観してるよな。どんな環境にいたらそうなるんだよ」


「俺とナミは親は居ないが生活はごく一般的な葦原皇国国民の暮らしだった筈だぞ」


 三日三晩妖怪の軍勢と戦ったり、毎夜の如く襲撃されたり、縛りを設けて戦ったりの毎日だった。そう考えてみるとこの辺りは本当に平和なんだな。


「話を聞く限り現在の日本がとち狂ってるだけだと思うけどな。……人外魔境が極まりすぎだろ」


 そんなこんなでシノブに稽古をつけること一週間、この間にわかったこととして渡り人の不変性とは正常な状態で安定させる事だとわかった。つまり筋肉を鍛えれば通常よりかなり早く筋肉痛が治まり筋肉が成長する。肉体を健常な状態から遠ざけるだけの物には強く反応するらしく、食事に盛った下剤は無効かされたが寝る前に渡した睡眠導入剤は良く効いていた。恐らく本人が潜在的にどう思っているかが強く反映されるのだろう。だから龍因子があって当たり前の時代から来た渡り人は龍力を扱え、龍因子が存在しない時代から来た特級渡り人は龍因子を本能的に拒否するからこの変わった体質を得るのだろう。


 そして今日はシノブにとって特別な日だ。


「今日はお前の滅竜器を買いに工房に行く」


「おお,

 遂にか!」


「カイロスさんからたっぷり貰った資金でお前に一番合う滅竜器を見繕うぞ」


 滅竜器の滅竜の性質に悩まされることが無いんだ。好きに選ぶと良い。


 ~~~


「ふんふん。最初はナギの刀とかでっかい剣にしようと思ってたんだけど、いざ眺めて見ると迷うな」


 一口に滅竜器と言っても形状は様々だ。刀剣、錫杖、槍、斧、弓、棍、槌などざっと思いつくだけでこれだけある。変わり種として扇やブーメランなんかもあるが、カイロスのカンテラ以上の変わり種は見たことが無い。


「兄ちゃん滅竜器探してんのか? 気になる物は試しに振り回していいぞ」


「いいんすか? 傷つけちゃうかもしれませんよ?」


「店で軽く振り回した程度で傷が付く武器に何の価値がある?」


「なるほど。んじゃ遠慮なく振り回させて貰います」


「おう!」


「俺は少し道具の発注に行ってくる」


 ~一刻後~


「うーん悩む。剣はあんまり合わねえなあ」


「まだ悩んでるのか」


「……暇」


 工房に注文を済ませて戻って来てみればシノブは未だに悩んでいた。


「……なんか増えてないか?」


 先程に比べてシノブの眺めている滅竜器の量が明らかに増えていた。


「いやよお。この兄ちゃんB等級滅竜器でも平気な顔して持ち上げるもんだからよ、久々の上客に舞い上がって職人の奴等がこぞって新作の滅竜器を持って来やがんだ」


「あんた親方だろ、止めろよ」


 先程から話しているこの男、何を隠そうこの工房の親方である。何故親方が受付で販売員をやっているのか微塵も理解出来ないがそういう事もあるのだろう。


「馬鹿言っちゃいけねぇ。職人だれしも己の造った滅竜器を英雄の相棒にしてぇってもんだ。それを止める事なんて出来やしねえよ」


 見れば今も複数人の職人が奇抜な滅竜器を片手に熱心に解説している。対するシノブも瞳を煌めかせて熱心に聞いている。これは当分掛かるだろう。


「当分掛かりそうなんで俺とコイツは一旦出てきます。二刻ほどしたらまた来ますね」


「おうよ!」


 ~二刻後~


 そこには一人の若い職人と熱く語り続けているシノブが居た。


「まだやってるのか……」


「戻って来たか。ちょいと前に漸く滅竜器が決まってなあ。お前らが来るまでアレを造った奴と熱く語ってんだ」


 そう言われてシノブをよく見てみると右手に何かを握っている。


「あれは三叉戟、いやこっちでは三叉槍か。また変わり種を選んだな」


「お、ナギ! 見てくれよこの三叉槍! こちらのラーシュさんが造った作品だ」


「どうも。ラーシュです」


 親方に後で詳しく話を聞いたところによるとこのラーシュと言う男。新進気鋭の鍛冶師ながら特殊素材の加工に非常に長けており、工房で誰も取り扱えない様な素材を使って一点物の滅竜器を造るのが趣味らしい。今回シノブが購入した三叉槍もその一つだそうだ。


「この槍には【三頭竜ラトヘイド】の特殊個体である【三元竜ラトヘイド】の素材が使われています。

【三元竜ラトヘイド】は【三頭竜ラトヘイド】のそれぞれの頭が何らかの属性の龍律に目覚めた特殊個体で、この三叉槍の元となった個体は火、光、雷の三属性の使い手でした。単一素材でありながら三属性の反発と競合が酷くて自分にお鉢が回って来た訳です。この滅竜器【三元象トリシューラ】は三つの刃先それぞれから異なる属性の刃を拡張して生み出すことが可能です。滅竜器固有の龍律は【光刃】【炎刃】【雷刃】それと元となった個体がA等級に至りかけていた様で【浄域】が備わっています」


「固有龍律が四つ……」


 とんでもない化け物滅竜器だな。


「本来はこれに加えてB等級以上の滅竜器のみに付与出来る【竜華】を付けたかったのですが失敗してしまいまして。固有龍律が四つも付いている所為で値段が跳ね上がっているのにB等級滅竜器の花形である【竜華】が使えないとあって売れ残っていたんですよ。そこで滅竜器を探しに来たというシノブさんに物は試しと進めて見たら大層気に入って頂けた訳です」


「他の人の滅竜器で試したけど俺はその【竜華】って奴使えなかったからな」


「ああ、そういうことか」


【竜華】とは特に生命力の強いB等級以上の竜種の焔晶核を滅竜器の核として造る事で滅竜器に宿る固有龍律だ。死して尚強い生命力を放つ彼らは自身の素材のみで構成された滅竜器に魂を宿し、滅竜器の持ち主の龍力と共鳴する事で一時的に持ち主を竜人へと昇華する。より竜に近づくことで劇的な力を得られるこの【竜華】はハンターなら誰しも憧れる目標だろう。俺のチスイやナミのカルラはC等級故に【竜華】の力を持たないが、俺もいつか使ってみたいものだ。……最も俺達の滅竜器は妖怪産なのでB等級以上だったとしても手に入る固有の龍律は【竜華】じゃ無くて【妖化】だけどな。


 話が逸れたが龍因子を拒絶し焔臓を持たず龍力の使えないシノブにとっては、滅竜器のそのものに宿っている固有龍律が多い方がよっぽど嬉しい訳だ。


「だが大丈夫か? そんな特殊な滅竜器、相当値が張るんじゃ無いか?」


「大丈夫大丈夫。カイロスさんに渡された金額相当な物だったから」


 ……後でそれとなく聞いてみたら俺達の稼ぎ何十回分だと言いたくなる様な金額だった。流石【龍殺しドラゴンスレイヤー】。金銭感覚もぶっ飛んでいらっしゃる。


 その後、シノブの滅竜器の調達を終えた俺達は来たるべき【予見龍アルファズル】の出現に合わせて旅立つ支度を整える為に旅の道具を買い漁った。


「こんな物だろ。あとは途中の街で買い足しながら移動する。央都に近づけば道も整備されてるし店の品揃えも上がるだろうから無理に買い込まなくていい」


「了解っと。そう言えば央都にはいつ行くんだ?」


「言って無かったな。明日だ」


「明日ぁ!?」


「これでも大分遅らせ得tるんだ。お前を鍛える為にな」


「うっ! ……それを言われると何も言い返せねえや。でも一言ぐらいあってもいいじゃんかよ」


「それでお前が修行を焦ったら意味がない。俺とナミは旅慣れてるから良いがお前はそうじゃないだろ。これ以上負担を増やしても意味がない」


「……成程。ありがとうな」


「気にするな。どうせ央都までの付き合いだ」


「え、央都い着いたらそれでお別れなのか!?」


「それあそうだろ。お前と俺達じゃ旅の目的が違う。俺達の目的は【予見龍アルファズル】だがお前は違うだろ。流石に【時龍クロノス】討伐の旅なんて付き合えない」


「え~!」


「駄々こねたって無駄だからな」


「ちぇっ!」


「でもそれまでは世話になるんだ。改めてよろしくな!」


「ああ、よろしく」


 俺はガッチリとシノブと握手した。


「ほれナミも握手」


「……嫌」


「何故に!?」


「……なんか嫌」


「それ一番傷つく奴!」


 こうして俺達の旅立ち前夜は更けて言った。

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