第11話 渡り人

 大罪の竜種が一体、【暴食竜グラトニー】は【龍殺しドラゴンスレイヤー】カイロス=ヴァ=アイオーンによって討たれた。これにて<暴食の森>は支配者を失い、グラトニーの界域による豊穣の加護を失った事でゆったりと衰え、何もなければ数百年後にはまた砂漠へと戻るだろう。


 カイロスと共にグラトニーとの解体を行った。矢張り流石はA等級竜種、その身から得られる素材は正しく天上の物と言えた。


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【A等級煌焔玉】

 A等級の竜種の体内にのみ生成される超高純度の焔核。内包する莫大な龍力は多くの分野にて使用が可能であり、これ一つで国一つが必要とする龍力を最低でも十年では賄えるの言われている。元となった竜種の素材と組み合わせて滅竜器を造れば最上位の【竜華】の性質を持つ。

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【暴食ノ全食胃袋】

【暴食竜グラトニー】の胃袋。それは万物を溶かし一切の例外なく暴食竜の糧とさせた万物溶解液を生み出す臓器。唯一の例外たるこの胃袋に収められたこの溶解液は、例えそれが龍の素材であろうと溶かし、容易に加工を可能とする。

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【暴食ノ禍転豊臓】

【暴食竜グラトニー】の解毒器官。グラトニーを一切の病毒から守り抜いた至高の解毒装置。煎じてのめば一生涯の無病を約束する。その用途は多岐に渡り、使い様によっては万能薬にすら至る。

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【暴食ノ栄増罰血】

【暴食竜グラトニー】の血液。竜種の中でも極めて大きな身体を持ったグラトニーを支えた栄養増幅性質を持つ血液。そこらで投げ売りされている様な回復薬ですら一滴混ぜただけで中傷以下を完全完治する物へと昇華する効能増幅効果を持つ。

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【暴食ノ重律法核】

【暴食竜グラトニー】固有の器官。時を重ねるごとに肥大化し続けたグラトニーの巨躯を支える為の最重要器官。重力を御し、負荷のかかり具合を自由に弄る事が出来る。武器や防具に組み込めば重量自在の性質を持つ。

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 これらの素材一つでも売りに出せば天文学的な金額が付く事だろう。だが、これらが霞むほどの一品がある。グラトニーの【名称素材】だ。


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万砕罪牙グラトニー

【暴食竜グラトニー】の【名称素材】。グラトニー名を冠する究極の滅竜器素材の一つ。数百年に渡りありとあらゆる物を噛み砕いてきたグラトニーの牙は最早触れただけで対象を粉砕する現象の領域に足を踏み入れた。現象の領域に至った竜種の素材は竜の領域を超え、龍の領域へと片足を踏み込んでいる。故にこの素材によって造られる物は滅竜器では無く滅龍器。S-等級とは言えそれは正しく龍を殺す為の武器となる。

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 滅龍器の素材。値段すらつかず国家間の取引においてのみ表に顔を出すとされる特級稀少素材。滅龍器には三つの等級がある。龍の死体から造られた《最上大業物》、龍に認められた人間に与えられる素材で出来た《大業物》、そしてA等級の【名称素材】や龍が偶然落とした鱗などで造られる《良業物》の三種である。尚、これは葦原皇国独自の呼び方であり、央華共和国などの大陸の國ではそれぞれS+等級、S等級、S-等級滅龍器と味気ない呼び方をするらしい。(蛇足だがA等級滅竜器の事を葦原皇国では《業物》と言う)


「流石は最古の竜種だね。やはり龍の階に辿り着いていたか」


 年を重ねた竜種程強力なのは万人が知る所だが、極まった竜種が稀に龍に手をかける事があることはあまり知られていない。大抵の場合そこまで至った竜種を相手に生きて戻れる人間がほぼいないからだ。実際俺が今生きているのもあの牙に触れていなかったからだ。もし少しでも触れ居たらその瞬間に俺は全身を砕かれ再生の前に即死していただろう。


「さて、行こうか。……そうそう、ここへ来る途中君のパーティーに合ったんだ。急いでシェイカイの街へ戻って僕の事を含めて伝えてくれって頼んだよ」


「! 全員無事でしたか?」


「一人残らず無事だったよ。彼らの為にも早く帰ろうか」


「はい」


 素材の回収も全て終わり、帰路に付こうというその時だった。


「!? これはまさか!」


 突如として先程までグラトニーの死体が横たわっていた地面に超巨大な陣が出現した。


「時間系龍律の陣、またクロノスの戯れか! しかもこのサイズは招来の陣。不味いぞ、!」


 カイロスがそう叫ぶと同時に超巨大な陣が回転を始め、さらに勢いを強める。時計の文字盤によく似たそれはカイロスの発動した龍律によく似てはいるが、規模が段違いだ。


「来るぞ!」


 陣の回転と光が最高潮に達し、周囲の空間が歪み時間の門が開かれた。


 ……空中に。


「ぁぁぁぁぁあああああああ!?」


 ドシンと嫌な音を立てて空中に開かれた時間の門から誰かが落ちてきた。


「あ、あ~君、大丈夫かい?」


「……」


「ありゃ気絶してるね」


 落ちてきたのは俺と同じ位の年齢に見える青年だった。黒髪黒目、葦原皇国人の特徴だ。だが何だ妙に違和感がある。言葉にし辛いが敢えて言葉にするならこの青年はポッカリしている。


「首の骨が少し痛んでるね。気を失われたままじゃ面倒だし起きてもらおうか。【逆時】」


 カイロスが龍律を青年に施すと直ぐに目を覚ました。


「んぁ。ここは?」


「やあ、起きたね。君は何処の國出身かな? 外見からして葦原皇国人だと思うけど一応ね」


「あしわらこうこく? 何言ってんだ。どっからどう見ても俺はだろ。てかあんたらも日本語話してるし」


「「!?」」


 日本人。いまコイツはそう言ったのか!? 


「……最悪だ。まさか西暦人を呼ぶなんて何を考えているんだクロノスは」


「西暦人? だから俺は日本人だって──」


「いいかい君。落ち着いてよく聞いてくれ」


「おう。てか誰だあんた」


「僕が誰かなんて今はどうでもいい。いいかい。今は真龍暦310年。つまり西2358だ」


「は?」


「君は西暦何年の人間かは知らない。要は君は300年以上タイムスリップしてしまったんだよ」


「はぁあああああ!?」


 ~~~


 日本。それは遥か三百年以上昔の葦原皇国の名だと言う。御伽噺より漏れ聞こえてくる逸話を鑑みれば想像を超えた楽園であったらしい。龍や竜種そのものが居なかったのは勿論のこと、國の争いに関わらず文化の発展が極まっていたとか。当時“オタク”と呼ばれた変人たちが葦原皇国全土に張り巡らされている龍脈を利用した国内通信システム【カイラン】を生み出しそれを漫画や小説の普及に利用した話は今でも有名な語り草である。

 そんな伝承にのみ伝わる幻の<日本>。その人間だと目の前の青年はいっているのだ。


「……俺がなんか知らんがそのクロノスってクソ野郎の所為で300年以上も未来にぶっ飛ばされたのは理解した。夢かと思ったけど現実味があり過ぎる」


「君の理解が早くて助かるよ。渡り人君」


「その渡り人っての止めて貰えますか。一応俺にも志波忍ってちゃんとした名前があるんで」


「オッケーだシノブ君。さて、僕は今から君に酷な事を伝えなければならない」


「何ですか?」


「結論から言って君に変える方法は無い」


「は?」


「差し当たって君の当面の生活についてだが──」


「いやいやいやいや待った待った待った。帰れないってどういう事だよ。別に別の世界に飛ばされた訳じゃないんだか俺を未来へと飛ばしたのと逆の要領で過去に送り返せばいいだろ」


「無理だ。僕は対象の時間は操れても未来や過去に送る力は無い」


「ならクロノスだ。俺を未来に送れたそいつなら出来るだろ」


「確かにクロノスの手にかかれば君を元の時代に送ること自体は容易だ」


「なら──」


「ただし君は確実に死ぬよ」


「は? なんでだよ」


「時間の祝福と呪い問題だ」


「時間の祝福と呪い問題?」


 カイロスの説明によれば時間とは不可逆の物らしい。対象の時間を早めたり巻き戻す事は許されても時間の門を使って過去へ戻る事は禁忌らしい。


「過去への渡航は確定した既知を歪める。故に過去へと飛んだ者はその代償として輪廻の輪から外れ【輪廻の脱獄者】になる」


【輪廻の脱獄者】とは因果から外れた存在。その存在は世界に許容されず【輪廻の脱獄者】はらしい。

 逆に過去から未来へと飛んだ存在は不確かな未知へと挑む者として時間に祝福されるらしい。


「時間に祝福された者は不変性を得る。病毒が効かず、死ぬまで老いる事も無く、物理的な損壊以外の一切から護られる」


 それは最早不老の領域に入っている。聞けば老いで死ぬことも無いらしい。


「更に君は西暦の時代から来た特級渡り人だ。龍の影も無かったその時代から来た者には不変性の力として竜瘴灰引いては龍因子の影響を一切受け付けない体質を持っている」


 龍因子とは万物に宿らされた未知の因子。これに適合し、保有量が多い者程強力な龍律を持ち強さを増す。逆に不適合であり保有量が少ない者程弱く、代わりに高い繁殖力を持つ。そして竜種や龍を殺す為の滅竜器(滅龍器)はこの龍因子を応用した物であり、含まれた龍因子が多ければ多いほどに滅龍の力を増す。故に高位の滅竜器は所有者の龍因子ごと殺しにかかかる為にそれに耐えうる強靭な肉体が求められる。


 だが、この目の前の渡り人は龍因子の影響を一切受け付けないと言う。それはつまり如何なる滅竜器(滅龍器)であろうと扱えるという事。


「君には特別な力がある」


 カイロスが説明を聞いて項垂れていたシノブに声をかける。


「その力は上手く使えば巨万の富を築く事も、未来永劫消える事の無い名声を手に入れる事だって出来るだろう」


 シノブが顔を上げる。


「選べ。ここで野垂れ死ぬかクロノスの力で元の時代へと戻り時間に喰われるか、或いはその力でこの時代を生き抜くか」


 漸く見えたシノブの顔は憎悪でも絶望でも無くもっと単純な物だった。


「やってやるよ」


 怒り。元凶たるクロノスへの怒り。理不尽な世界への怒り。何も出来ない自分への怒り。それが彼の生きる活力となっていた。


「一つ聞きたい」


「何だい?」


「俺をここに呼んだ張本人【時龍クロノス】だったか?」


「そうだ。時間と運命を支配する十なる龍。それがクロノスだ」


「この時代の話を聞いて龍を殺すことが推奨されて龍もそれを望んでいるらしい事はわかった」


 だったら、と。


「俺に理不尽な目に遭わせたそいつを俺がぶっ殺してやるよ」


「ああ、君が望むならそうすると良い。君にはその資格も力もある。僕は、【龍殺しドラゴンスレイヤー】カイロス=ヴァ=アイオーンは君を歓迎する。ようこそ、龍と竜に支配された地球へ」


「ああ、よろしく頼む」


 この日、【滅龍】を志す新たな英雄の卵が産声を上げた。






 ~~~






「……はい。カイロスです。無事グラトニーを討伐しました」


「……はい。ですが想定外の問題が発生しました」


「特級渡り人が現れました」


「……はい。現在その兆候はありません。が、発生時の気配は確実に。ゼウスに近いですが更に異質でした」


「……ええ。確実にです」


「……はい。引き続き監視と調査に努めます」


「……はい。万が一があれば


「念のためもう一名【龍殺しドラゴンスレイヤー】の派遣を要請します」


「……はい。それではまた」




 “プツン”




【DRAGON SLAYERS】第一章 暴食と豊穣のワルツ ~完~

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