第10話 【龍殺し】
【
「……そうは見えないな」
「そうかい? よく言われるよ」
目の前に立つ男は有体に言って普通だ。どこにでも居そうな風貌で、町中を歩けばすぐ見失ってしまいそうな程に普通だ。装備も紺色や瑠璃色、或いは灰や黒に染まっており派手さの欠片も無い。勿論【
「よく他の奴等にも言われるよ。「お前は覇気が足りない」ってね。かと言ってギンギラ輝く派手なA等級竜種素材で全身武装したり滅竜器を何本も携えたりするのはどうかと思うんだよね」
「それは……」
話の内容からして恐らく央華共和国の他の【
「Kiiiiiiiiiiiiiiiii!!」
「おっと、長話がすぎたね。さっさとコイツを倒してしまおうか」
「倒すってそんな簡単に」
「出来るよ。僕ならね」
「Gaaaaaaa!!」
先程から呑気に喋り続けられた理由。それはグラトニーが彼の龍律に囚われてから一歩たりとも動けていないからだ。精々叫ぶのが関の山。幻想の大鐘楼に貫かれた身体は更に縮み今は家一軒分程にまでサイズが落ちている。
「一体何なんだこの龍律は」
「最上級<異法系統>龍律【時巡り廻し】。効果は単純。対象を起点に時を廻す。過去にでも未来にでもね。今はグラトニーの時を一切何も食べていない状態で遥かな未来へと廻している。龍力の消耗が激しいけど
「ひゃっ!?」
時や空間などの万物の在り方に干渉する龍律は消費龍力が桁違いに多い。その中でも時、更には未来へと時を廻す龍律は最も龍力の消耗が多い龍律の一つに数えられる程だ。それを百年なんて一体どれだけの龍力を消費するかなんて見当もつかない。或いはこの人もナミと同じ龍人なのだろうか。
「消費龍力の事を気にしてるなら言っておくけど僕の龍力はそんなべらぼうに多い訳じゃないよ」
そう言って彼は手に持つ滅龍器【時運拾弐式・久遠】をこちらに向けた。
「コイツには幾つかの固有龍律があるんだけその一つに【前は無限で後は一】と言うのがあってね。その効果が単純に“時間属性龍律の消費を零にする”と言う物なんだよ」
「は?」
「ああ、正確には“時間属性龍律の消費を【時龍クロノス】が肩代わりするという物なんだけどね”」
益々意味が分からない。龍に龍律の代償を肩代わりさせる龍律なんて聞いたことが無い。あるのだとしてもそれは国防に関わるレベルの国家機密だ。易々と
話ていい事じゃない。それを何故俺の様な外様のハンターに教えた?
「あ。これ一応秘密なんだっけ。ごめん今聞いたの忘れてくれると嬉しいな」
「はあ?」
ここに来ていよいよ俺の脳の理解の限界が近づいた。もしやこの男、相当な馬鹿なのではないだろうか。
「Goooooooo!!」
「そうだね。いい加減君の相手もしようか」
そう言ってカイロスが久遠を掲げる。相対するグラトニーは身体の縮小は家一軒分のサイズで止まっているが、あのふくよかな肉体はやせ細り辛うじて維持している有様だ。
「腐ってもA等級竜種。【暴食】を背負いながら百年飲まず食わずで居てもその覇気。流石だよ。でも君は罪を犯した。君が住処とする<暴食の森>を
食べ飽きた。そんな理由でこいつが動き、森中で大異常が発生したのか!?
「よって君はこの僕、<央華共和国>S等級ハンター第一位“時転”のカイロス=ヴァ=アイオーンの名に於いて狩猟する」
“ゴーン”とカイロスが久遠を一度振り、周囲に鐘の音が響き渡る。
「秒槍」
突如としてカイロスの周囲に出現した無数の槍がグラトニー目掛けて飛び出しめった刺しにする。よく見てみればそれは唯の槍では無く時計の秒針だ。異様なまでに精緻に作りこまれたそれ単体で下手な美術品よりも価値のある秒針だ。
「Aaaaaaaaaaaa!!」
秒針にめった刺しにされたグラトニーが叫びを上げる。だが、そのやせ細った体躯からわかる通り奴の驚異的な再生力は今や見る影もない。辛うじて傷口を塞いではいるがそれだけだ。環境を上書きする様な界域も鳴りを潜め唯々己の生命維持に全力を注いでいる有様だ。少し前まで俺を相手に圧倒的な格の差を見せつけていたあの巨竜とは思えない。龍律一つでA等級竜種を追い詰める。これが【
「……ここから先に言う事は戯言だと思って流して欲しい。だが僕は君への敬意を捨てきる事は出来なかった」
S等級ハンターがA等級竜種へ敬意?
「このまま更に百年ばかし時を進めれば君は失血死か餓死で死ぬだろう。だが、それは余りに無礼だ。原罪を背負いし竜よ、永劫に極点へと至れぬ咎人よ、悠久の彼方にて人類を救いし英雄よ、今を生きる“人”として心から礼を言う。どうか、どうか安らかに眠って欲しい」
この男は何を言っている? グラトニーが咎人? 英雄? 一体何の話だ。
「分剣、時剣」
カイロスの右手に時計の長針を模した長剣が、左手に時計の分針を模した短剣が現れた。
「僕は貴方を殺さなければいけない。ならば今僕の持ちうる究極の一撃を以てして貴方への手向けとさせて頂く」
カイロスの周囲に無数の龍力で出来た歯車が現出する。それらは空中で絡み合い、交わりより大きな機構となって形作られていく。
「【無刻……」
“カチコチ” “カチコチ” “カチコチ” “カチコチ” “カチコチ”
無数の歯車で形作られた機構は無数の時計の文字盤となりグラトニーを取り囲む様に浮かび、それぞれがバラバラの速さで時間を刻んでいる。
「……静界】」
静寂。全ての時計が一斉に止まり、グラトニーもまるで時が止まったかのように制しして動かない。それどころか周囲の森も、俺も一切身動きが取れない。
真の静寂の中、【
「今この場からは時間が失われている。故に如何なる者も動けず、同時に呼吸や痛覚と言った物も失われている。……流石に光なんかは動くけどね」
静止した世界の中を悠々と歩み遂に男は狩猟対象の眼前に辿り着いた。
「もう一度深く感謝を。貴方無くしてこの世界は無かった。……お疲れ様でした」
巨竜の首下に潜った男は静かに両手の剣を振り上げる。グラトニーに変化はない。
「【無刻静界】解除」
その瞬間、グラトニーの首が落ちた。大地に転がるその死体は、既に瞳に光は無く命が失われた後である事がよくわかった。
長きに渡り<暴食の森>を支配した竜種の頂点が一体【暴食竜グラトニー】は、こうして実にあっさりとその生涯に幕を下ろしたのだった。
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