第9話 滅龍器

 埒が明かない。


「マジで何なんだあの再生力」


【龍知】の説明文に合った通りグラトニーは正に無限の再生力を有している。斬った傍から再生する上にその攻撃に対してそれなりの耐性を獲得しやがる。チスイの【血装】で切れ味を上げて何とかしているが遅かれ早かれ斬撃は効かなくなるだろうと思われた。が、幸いにしてグラトニーの得た耐性はその攻撃を暫く受けないでいると徐々に低下すると先程分かったので【血装】で付与した多様な攻撃を当てる事で耐性が上がり過ぎない様にしている。龍力は呼吸一つでそれなりに回復するから経戦能力は問題ない。もし今俺が相手にしているのがグラトニーで無ければ既に死んでいただろう。溢れた龍力で無差別に周囲の成長と回復を促すこの界域の性質があってこそこの戦いは成り立っている。逆に言えばだからこそ俺は絶対にこいつに勝てないんだが。


「Zyaaaaaaaaaaaaaa!!」


「くそっ!」


 グラトニーは龍律で攻撃してこない。いや出来ないのだろう。グラトニーには意思が無い。故にアイツは本能的に使っている【暴食】以外の龍律が使えないのだ。もしここで火球の一つでも吐かれれば俺は消し炭となって再生も間に合わず死ぬだろう。押し付けられた恵みと本能のまま動く故に使えない龍律。このあまりにも相手頼りの状況で勝つなど不可能だ。


「すぅ、はぁー」


 落ち着いて深呼吸一つ。脳に巡った酸素で考えを巡らせろ。勝つのは不可能。ならば如何に時間を稼ぐか。今のまま行けば一昼夜は戦える。それだけあればベイモン達も【忌竜香】を使わずに最短ルートを行けば中層を抜けられるだろう。


「【血装:麻痺毒】」


「Kisyasyasya!!」


「うえマジかよ」


 毒は意味がないらしい。喜んで傷口ごと食べてご満悦だ。


「MoooooooPiiiiiiiiiiiii!!」


 何を言っているのか理解は出来ない。だが、そんな喜色満面に叫ばれれば意味は通じる。即ち「もっと寄こせ」だ。


「俺もここで引く訳には行かないんだ。存分に味わってけこの化け物ふぜいがぁ!」


 ~~~


 ちくしょう。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! 


「ちくしょう!!」


「ちょっと落ち着きなさいよ。今ここで叫んだってどうにもならないでしょ!」


 分かってる。わかってるんだ、そんな事は。


「俺はアイツを囮にした。このパーティーのリーダーなのに仲間を見殺しにした!」


 本当は俺が囮になる筈だった。それなのにアイツが囮になると言って、俺はそれを了承した。


「仕方ないでしょ! あの場で戦って最も生還率が高かったのはナギよ! 私とナミは一瞬で死ぬ。あんただってナギを吹っ飛ばしたあの攻撃見えたの!? 見えなかったでしょ! あんたが残ったって犬死よ!」


 分かってる。わかってんだそんな事。あの場でグラトニーとまともに戦えたのは【鬼化】で再生能力の向上が出来るナギだけだなんてアイツの龍律を聞いた俺が一番わかってんだ。でも、それでも俺は許せない事がある。


「……ほっとしたんだ」


「は?」


「アイツが囮になるって言った時、俺は心の底からほっとしたんだ」


 ああ、俺は最低だ。自分から言い出しておきながら逃げ道を見つけて安心した。それが俺は許せない。


「絶対に、絶対に組合にこの情報を届ける。だからナギ、死ぬなよ!」


「大丈夫」


「ナミ」


 ここまでだんまりだったナミが声を上げた。そうだ、こいつは俺を恨むべきだ。その正統な権利がある。なのにこいつはナギを囮とした時も声一つ荒げる事無く俺達に従った。


「ナギならきっと大丈夫。だから私はあなた達を恨まない」


 兄への絶対的な信頼感。弟がいる身としては羨ましい限りだがナミのナギへの信頼感は凄まじい。身内とは言え何があったらここまで絶大な信頼感を持てるのか。


 そんな益体も無い事を考えている時だった。


「くっ!?」


「今度は何よ!」


「前から来る!」


 グラトニーと遭遇した時と同じ位のプレッシャーを感じた。

 ……あり得ない。この森にグラトニーと同格の存在なんて一つとして居ない。だが、今感じている気配は正しくA等級竜種に届く、いや下手すれば上回る程の圧力を感じる。何だ、今俺達は何と対峙しようとしている? 


 カサと草木の揺れる音がした。生い茂る草木をかき分けて出てきたのは……。


「は?」


「通してくれ。私はこの先に用がある」


 ~~~


「はあっ、はあっ」


 どれだけ時間が経った? 一刻? 二刻? 日の傾きからして二刻は経ってない。一昼夜は戦えるとほざいたがこの様だ。絶え間なく流れでる血液は補充され続けても枯れかける事に変わりはない。最高と最悪を秒単位で繰り返し輪転している。最悪中の最悪。肉体が許容しても精神が許容出来ていない。


「Gaaaaa!」


 張り手で吹き飛ぶ。


「Giiiii!」


 尻尾の薙ぎ払いで宙を舞う。


「DaaaaaBooo!」


 右腕が吹き飛ぶが即座に再生する。明らかに再生速度が向上している。死地での覚醒という奴だろうか。


「まだ、だ」


 既に趨勢は決している。グラトニーの瞳から怒りの色は消え、俺を嬲る事に注力している。【暴食】に支配されている癖にどうしてそれ以外の感情があるのか。


 視界が定まらない。触覚も痛覚も味覚も感じない。いつの間にやら幻聴すら聞こえだした。こんな所にある筈もない鐘の音が。


 ──カーン


「……?」


「Gya?」


 ──カーン


 幻聴じゃない。確かに鐘の音がした。


「Giiiii!」


 俺にはとても澄んだ音に聞こえるが、グラトニーにとっては不快らしい。


 ──カーン


 この音は何処から響いているのだろう。周囲の森の中に何重にも反響している所為で正確な位置はまったく分からない。


「──廻り巡るは時の水」


 声がした。鐘の音では無い明確な人の声が。


「──祖は不退、不可逆、不可視の絶対なる法則」


 鐘の音と同じく発生源はわからない。だがこれは“泥纏負操”との戦いでキッシュが使ったものと同じ龍を冠する龍律の詠唱。


「──我は十なる時間と運命の龍に求む。祖の名は【時龍クロノス】」


 時間、それを扱うのは十二体の龍達の中でもとりわけ異質な龍だ。


「──万物万象一切逆らえぬは時の流転」


 時間を扱う龍律は龍力の消費が途轍もなく多い。その中の龍を讃える物などナミですら発動できるか怪しい。それを何故このタイミングで発動する? 


「【時巡り廻し】」


「は?」


 俺は二つの事に驚いた。一つ、それは明らかに龍を冠する龍律の詠唱でありながらその名に“龍”の文字が含まれていなかったこと。もう一つはその龍律が齎した結果が余りにも想像と理解の埒外であった事。


 龍力で構築された幻想の大鐘楼。無数の歯車で編まれたソレはグラトニーを貫き大地に根差し十二の時を示す陣を描いた。


「何だこれは……」


 大地に描かれた大時計、それが大鐘楼の鐘の音と共にゆっくりと動きだす。その回転向きは通常と変わりない。が、速度が違う。時を高速で回す様に高速回転している。これが大規模な龍律であるならその効果はその上に立つ者、即ちグラトニーに現れる筈だ。そして実際その通りだった。


「Giiiiiii!?」


 


 家九つ分程もあったグラトニーの身体がやせ細っている。未だにその身体は巨大であることに変わりはないが、放出される龍力も大幅に減少し、界域も狭まっていることが感じ取れる。


「大丈夫か?」


「っ! 誰だ!」


 唐突に背後から声をかけられ振り向いて見ればそこには見覚えの無い一人の男が立っていた。


「驚いた。【鬼化】持ちという事は葦原皇国人か。しかもその滅竜器、【竜華】も使えないと見える。そんな状態でA等級竜種とここまで渡り合えるとは将来有望だね」


 声が出なかった。目の前の男。正確にはその男が持つ滅竜器。カンテラの内部に鐘を仕込んだ様な異様な滅竜器。そこから発せられる気配に圧倒された。


「なん……だそれ……」


「これかい? これは【時運拾弐式・久遠】。【時龍クロノス】又は【運命龍フォルトゥーナ】と呼ばれる十なる龍の素材で作られた滅器だよ」


 滅龍器だと!? ならばそれを持っているこいつは……


「自己紹介が遅れたね。私はカイロス=ヴァ=アイオーン。央華共和国所属のS等級ハンター。…いや、君達葦原皇国人にはこっちの言い方の方が分かり易いか。竜を狩る【竜狩りドラゴンハンター】では無く龍を殺す為に選ばれた者」




 ──【龍殺しドラゴンスレイヤー】だよ。

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