第7話 煌めきと輝き
C等級を超える滅竜器はその強さに差こそあれその滅竜器固有の龍律を持っている。俺のチスイの場合それは【血吸い】がそれに当たる。名は体を表すとはよく言った物で、チスイの【血吸い】はその名の通り斬り付けた相手から血液を奪い取る龍律である。
「ジィイイイ!」
マシャドークの体表に付けた幾つもの傷口からみるみると血液が流れだし、あたかも空中に見えない管があるかの様にチスイへと流れ込んで吸収されていく。
【血吸い】の効果は二つ。一つ、相手の血液を奪う事。二つ、吸収した血液を使ってチスイ自体に様々な能力を一時的に付加する事。
「【血装:火焔】」
チスイの刃が火に包まれる。だというのに先程ベイモンが付加した凍結は消えない。龍律で引き起こした現象は【操】などの直接自然物を操る物を除いてどれ程それらしくても自然現象では無い。それ故相手の龍律に干渉する意思を持って発動者が操作しない限りどれだけ不自然な取り合わせであろうと複数の<具象系統>龍律は同居できる。だから今のチスイは斬れば相手を凍らせて焼き尽くす理外の武器と化している。
「……俺のルーも大概変わった固有龍律があるが、お前のそれも大概意味が分かんねえな」
「相手の血液を奪う事で弱体化を図り、序に滅竜器の強化もできて便利だぞ」
「そらありがたい、なっ!」
【血吸い】で今尚血液を吸われ続けている所為かマシャドークの動きが多少鈍くなってきた。チャンスとばかりにベイモンと一緒に攻撃を叩き込むがギリギリで躱されてしまう。
「何とか動きを止めねえとな。お前のソレ、相手を失血死させる程の力はあるか?」
「無理だな。出来なくは無いがそれには傷口の数も大きさも全然足りない。それにB等級竜種の自己再生能力を加味したらどれだけかかるか見当もつかん。ましてや相手は称号個体だぞ。とても得策じゃない」
「だよなぁ……。俺もお前も足止めに便利な龍律は持ってねえしなあ」
「打開策が無いか。……仕方ない。ここは互いの龍律を教え合わないか?」
「打開策も無し。いた仕方ねえか。だがわかってんな? ハンターにとって自分の龍律を教えるのは相当なリスクがある。ここで聞いたことはお互い他言無用だぞ」
「わかってる。言い出しっぺだから俺から伝えておく。俺の龍律は【瞬身】【鋭刃】【伸刃】【龍知】【鬼化】の五つだ」
「……全系統網羅の上に種族固有龍律まで持ってるとかマジでナニモンだお前。……まあいい。俺が使えるのは【硬身】【雷閃】【剛力】それと【水操】だ」
「それだ」
「あん? どれだよ」
「【水操】水を操る龍律。それがあれば勝てる」
「どうやって?」
「答えはもう出てただろ。ついさっきマシャドークがやってた事とほとんど同じだ。マシャドークの周囲一帯の泥から水分を抜き取って土にし封じ込める」
「おいおい無茶言うんじゃねえよ。マシャドークの周囲一帯ってどんだけの水を抜き取れってんだよ。よしんば土で固められても【泥域】で直ぐに戻されるぞ」
「いや、その二つは問題ない。抜き取る水だが量としてはそんなに無い。この泥海は異常なほど粘性の高い泥の海だ。抜き取る水は少ない。それに一度固めてしまえば俺に策がある。あとは動きを封じた所に高威力の龍律を叩き込んでフィッシュだ」
「お前がそんなに自信満々に言うからにはそれなりに勝算があるんだろ。わかった乗ってやるよ。いつ仕掛ける?」
「次に奴が飛び出して沈んだ瞬間を狙う。まだ使ってない角の龍律がどう変化してるかわかった物じゃないから念には念を入れる」
「あいよ!」
【血吸い】で相手の血液を吸うには傷口が空気に晒されている必要がある。それに気付いたマシャドークはまた泥海に潜った。次で確実に仕留める。その為にはいくつもの策を講じる 必要がある。その内のいくつかを仕込みマシャドークを待ち構える。
「ナギ、キッシュ! 次で決める。用意を頼む」
「──天高く仰ぎ見るは光輝く太陽」
俺の叫びに二人は返事では無く行動で示した。キッシュは龍律発動の為に詠唱を。ナミはキッシュを護る様に錫杖を構える。
「おいおい、詠唱が必要な龍律って早々あるもんじゃねえぞ。そんなのアイツ使えたっけか?」
「理由は知らん。気になるなら後で聞いてみたらどうだ? 教えてくれるかは別だが」
「それもそうだな。これが終わったら後でじっくり問い詰めてやる」
マシャドークもこのまま行けば一方的に負けるのは目に見えているだろう。恐らく次に仕掛けてくる時は向こうも切り札を切る筈だ。それを凌いでキッシュの大技をぶち当てる。短期決戦にはこれしかない。
「──それは天の意、天の理。万物を照らし示す傲慢の証」
俺とベイモンの周囲を回遊する様に波打つ泥海面から一瞬たりとも目を離さない。
「──畏れ多くも我は六なる火と日の龍に奉る。祖の名は【火龍アフラ・マズダー】」
キッシュの詠唱が進むにつれて大気中の龍力がキッシュの眼前に集中して白い炎の球体を生み出した。
「──万象一切照らすは悪滅の煌めき」
急に俺達の周囲の泥海面の波うちが消えた。来る。と構えた瞬間、
「っ! しまっ……!」
俺達の周囲の波うちはフェイク。泥を操ってあたかも其処に居るかの様に偽装して本体は波揺れが起きない程深い所を泳いでナミ達に接近した!!
「ベイモン!」
「駄目だ間に合わねえ!」
即座にベイモンがマシャドークの周囲の泥から水分を奪おうとする。だが、距離が離れすぎている所為で全く追いついていない。
「【瞬身】」
【瞬身】で彼我の距離を縮めるが、まだ足りない。
「届け【伸刃】!」
【瞬身】で得た勢いをそのままに【伸刃】で伸ばした刃を振るう。
「届け!」
マシャドークは一切こちらを向いていない。余程キッシュの龍律を脅威に感じたんだろう。がら空きの首筋をチスイが切り裂く。
「ギィイイイイイ!?」
浅い。だがマシャドークの動きが止まった。
「ナミ、やれ!」
一瞬動きが止まったとは言えマシャドークはナミの眼前。ここから龍律の一つでも発動されたら二人が危ない。ここしかない。ここでやらなきゃ死ぬだけだ。
「蝕め【晶域】!」
マシャドークが光に包まれる。いや、その表現は適格じゃない。
一般的に【域】の龍律同士が干渉し合った場合どうなるかは明確に決まっている。即ち
マシャドークがどれだけ足掻こうとナミに【域】対決では勝てない。ナミは過龍症の鬼龍人だ。曲りなりにも龍の名を冠する存在が竜に負けるなどあり得ない。
「今だキッシュ!」
「──【煌龍玉】」
白く輝く太陽の如き玉はマシャドークとの距離を即座に零としてその身に到達した。
だが、マシャドークもタダでやられるつもりは毛頭ない。その額に生える立派な角が雷電を帯びて輝く。雷が角に覆いかぶさり一回り大きな角となって射出された。ここまで隠し通した“泥纏負操”固有の大技だ。
これら二つの龍律は互いに互いを滅ぼす為の必殺の一撃。キッシュは既に龍力を使い果たして倒れ込んだ。対するマシャドークも周囲に生み出していた泥の壁に回していた龍力を全てこの一撃に回したらしい。
拮抗は一瞬。如何に限りなくA等級に近づいた竜種とは言えキッシュが放ったのは龍を冠する龍律。詠唱からして恐らく【火龍アフラ・マズダー】とは俺達葦原皇国の人間にとって【日龍アマテラス】に当たる龍の大陸での呼び名だろう。火と日を司る龍に属する龍律相手に雷の龍律で対抗したのは問題ない。だが、発動したのが土と水より生まれる泥を操る竜種だったのが運の尽きだ。彼の【恵みと渇きの対光】の片鱗を前にそれは余りにも相手が悪かった。
「ジャァアアアアアアアア!!」
マシャドークノ顔が削れる。白き太陽はその身を覆う水晶ごと体表を熔かして削る。飛び上がりの瞬間をナミに水晶で固められた所為でキッシュの【煌龍玉】によって土手っ腹に大穴が空く。確実に致命傷。焔晶核は外した様だが如何に竜種の生命力が強くともここから生き延びる術はない。
──だからこそ、俺達はこの瞬間気が緩んでしまった。大量に血をまき散らしながら地に伏せるマシャドーク。その額の角が帯電したのに対して一歩反応が遅れた。
「ジャッジャッジャ!」
「まず……!」
「ナギ!!」
狙われたのはナミでもキッシュでも無く俺。理由は分からない。だが雷の龍律が放たれる直前、眼があったマシャドークは確かに
世界がスローになる。危機的状況に陥ると稀に発生するゾーンと言う奴だ。【瞬身】は間に合わない。先の【伸刃】と合わせて再発動までの時間が足りない。【鬼化】も駄目だ。あれはまだ制御出来る段階に無い上に発動すれば自傷ダメージが入る。再生力の向上より先に死ぬ。
(クソ! 何か、何か無いのか!)
幾ら思考を巡らせても答えは出ない。現状俺に打てる手は何一つ無い。雷のチャージが終わって遂にその龍律が解き放たれる。俺はそれを眺める事しか出来なかった。
「いい加減……!」
声がした。
「諦めろやぁっ!」
「ジャァアアアア!?」
脳天直撃
空より落ちた雷の如き一撃がマシャドークの角をその根元からへし折った。更にそれでは留まらずその一撃はマシャドークの脳を貫いていた。
「ジャァ……アア……」
「いい加減くたばれよ。化け物」
止めの一撃。空より落ちてきた人、ベイモンはもう一度マシャドークに【穿地槍ルー】を突き立ててマシャドーク称号個体“泥纏負操”に止めを刺したのだった。
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