第6話 “泥纏負操”

 ベイモンの先制攻撃が決まりその姿を見せたマシャドーク。全身に泥を纏い、その額から生やす一本の角が太陽光を反射して煌めいている。


「ナギ行くぞ!」


「ああ!」


 チスイに【鋭刃】の龍律を発動し駆ける。マシャドークの身体を覆う鎧は泥と潤滑油の二つ。泥が打撃を、潤滑油が斬撃を減衰させる。俺の攻撃のネックとなる潤滑油の方は【鋭刃】である程度無視出来る。ならば其処に到達するのに邪魔な泥鎧はどうするか。


「【火球】、【炎操】変質、貫け【炎槍】」


 俺がマシャドークに辿り着くよりも速く、俺の横を炎で出来た槍が飛来しマシャドークに着弾する。


「ギィイイイイイイイイイイ!」


 一見泥鎧に守られてダメージは低いかに見える。だが貫通力に特化した【火球】はしっかりとその泥鎧を貫き泥鎧を内側から焼き尽くした。当然の様に焼き固められた泥鎧は重くて邪魔な殻でしかない。


「ふっ」


 一撃、二撃、三撃、チスイの柄頭で焼き物と化した泥鎧を殴って割る。マシャドークの龍律の大半が泥を元とする龍律だ。使いものにならなくなった泥鎧を壊して泥海に沈む前に出来るだけダメージを入れておく。


「ちっ。流石に深くは入らないか……」


 いくら【鋭刃】で切れ味を上げても精々外皮を貫いて内蔵を軽く傷付けるに留まった。竜種はその肉体のサイズに比例して臓器もそれ相応に大きいから今のでは臓器不全は起こせない。それどころか時間経過で完全に治癒するだろう。


「おらあっ! どうした! 動きがとろいぞ!」


 ベイモンが何度もマシャドークにあいつの滅竜器である【穿地槍ルー】を突き立てている。ベイモンはさっき使った【雷閃】の他に【剛力】の龍律も持っているらしい。他にも【硬身】の龍律を持っているらしい。正に攻防一体の龍律構成だ。


「マシャドークが潜るぞ。離れろベイモン」


「おう! ……先ずは幸先よく始まったな」


「ああ」


 ベイモンの滅竜器のルーは【槍】だ。俺の【太刀】であるチスイと違って威力減衰なくダメージを与えられる。その上【剛力】の龍律がるのだ。今の攻防で与えたダメージは俺の攻撃よりよっぽど多いだろう。やはりこの戦いの肝は如何にベイモンの攻撃を当てるかだ。


 再び泥海に潜ったマシャドーク、如何に泥海から引き出すかと言う話だが竜種は総じて等級が上がる程にプライドも上がるのか逃げずに正面から戦うタイプが多い。マシャドークもその手合いの様だ。泥海が波を立ててマシャドークが飛び出して来る。今度は体表に纏う泥が薄く発光しており最初から龍律を発動しているのがわかる。


「マシャドークの龍律で変化した泥は毒、麻痺、睡眠のいずれかの性質がある。毒か麻痺なら口に仕込んだ丸薬を噛め。そうすりゃ暫く効きやしねえ。睡眠なら自分殴って起きろ!」


「随分原初的な対処法だ、な!」


 空中で身体を捻る事で龍律で変質した泥を広範囲にまき散らしてくる。先ずは回避、避けて避けて出来得る限り躱す。一発食らった。効果は麻痺! 触れた箇所から動きが鈍る。丸薬を嚙み砕いて即座に解毒。次が来る前に更に回避。ナミとキッシュが居る場所は今のばら撒き攻撃の端だから少し下がれば当たらない。ベイモンは……


「はっはぁ! 【模倣:旋風】」


 ベイモンがルーの中央部分を持ち迫りくる泥の雨に対して垂直に構えて風車の様に回す。回転する槍の中心から小さな風の渦が発生して泥を弾き飛ばしている。あれは確か<具象系統>龍律の【旋風】だ。だが、ベイモンは具象系統の龍律は使えない筈。となればあれがベイモンの滅竜器【穿地槍ルー】の固有龍律か。


「! ベイモン飛べ!」


「あいよお!」


 ベイモンがその場で勢いよく飛び跳ねると一瞬前まで居た場所から土の槍が生えてベイモンを貫こうとした。


「わりい助かった。てかどうなってる、マシャドークが【地槍】の龍律を使うなんて聞いたことが無いぞ」


「ああ、他の竜種の攻撃も考えたがこの泥海に生息する竜種はマシャドークだけだ。となればあのマシャドークが放った龍律と考えるべきだろう」


 嫌な予感がする。竜種竜獣問わず<暴食の森>深層側から一斉に逃げ出している。なのにこいつは逃げる事無く餌と見定めた俺達を狙っている。それはこいつが異変から逃げる側では無く起こす側だからじゃないのか? 


「……【龍知】」


 ────────────────────

【“泥纏負操”】

【泥竜マシャドーク】の称号個体。<暴食の森>深層から流れ出る栄養を長年に渡って貯めこみ続けた個体。【森竜ディレスフォーア】を捕食した事で限りなくA等級竜種に近い強さを得ている。【泥域】の龍律を獲得しており周囲の泥の水分量を調節する事で土属性の龍律の再現に成功している。


【予見龍アルファズル】より与えられし名は“泥纏負操”。泥を纏い負の力を操る【泥竜マシャドーク】を極めし個体に相応しき名を与えられた。


【獲得可能素材】

 A等級焔晶核

 ■■の■■■

 ■■の■■■

 ■■の■■■

 ■■の■■■


【名称素材】

 ■突■角マシャドーク


【称号龍律】

【■■■■】

 ────────────────────


「……!」


「おい、ナギ! どうした!」


「……逃げるぞベイモン!」


「いきなりどうした」


「こいつは称号個体だ」


「はあ!?」


 称号個体。C等級以上の竜種に稀に発生する超稀少個体。北の国では古代種エルダーと言うらしいがそんな事はどうだっていい。称号個体はどんなに弱くてもその等級最上位の強さがある。ましてやこいつはB等級竜種だ。【龍知】でみた【獲得可能素材】はまだA等級。純度はA等級に届いていてもまだには至って無い。なら、まだ強さはB等級の範疇。A等級の証であるも【泥域】で代用しているだけだ。ならまだ可能性はある全力で逃げれば……


「おいナギ」


「何だ。今はどうにかして逃げる算段を……」


「無理そうだぜ。あれ見ろよ」


「な!?」


 ベイモンが示す方向は俺達が進んで来た方角。先程まで大量の木々が生い茂っていた森林が次々と泥に飲まれ天高くそびえる泥の壁と変じていく。


「奴さん俺達は絶対に逃がさないつもりみたいだぜ?」


 泥海が拡大され全方位が泥の壁で囲まれた。龍律を使えばまず間違い無く壊せるがそんな隙を晒したら確実に殺される。


「……やるしかないみたいだな」


 この場から生きて帰る手段はマシャドークの称号個体を殺す以外消え去った。だが、逆に考えればあの泥の壁がある限り空を飛ぶタイプの竜種以外はこの場に踏み入れない訳だ。戦闘中に横やりが入る心配が無いのは良いことだ。あいつを殺す事だけに集中出来る。


「ベイモン。少しここを任せていいか? ナミとキッシュにもアイツの事を伝える必要がある」


「任せとけ」


「本当にお前がリーダーで良かったよ。頼もしい限りだ」


「そう言うのはアイツに勝った後に言ってくれよな。ほら行け」


「おう」


 俺はナミとキッシュの居る方へ、ベイモンはマシャドークの居る方へ駆ける。相手が称号個体と分かったからには倒すなら速攻じゃないといけない。通常個体と何が違うのか見極めてたらその間に殺される。ここは一気に高火力の龍律で仕留めるしか無い。


「ナギ、何があったのよ。突然あの泥の壁が出て来て退路を塞がれちゃったわよ」


「手短に伝えるぞ。あのマシャドークは普通の個体では無く称号個体だった。今分かっているのは土系統の龍律を再現出来る事だけだ。称号個体がどんな特別な力を持っているかなんてわかった物じゃない。だから高火力の龍律で早期決着を狙う。タイミングは任せるからどうにか奴に大ダメージを与えてくれ」


「はぁ!? もうちょっと詳しく……って行っちゃった」


「称号個体は危険すぎる。ナギも余裕が無い」


「そう言う貴女は随分余裕そうねナミ」


「勿論。だって──」


【瞬身】を使って高速でベイモンの元に戻る。


「ナミとキッシュには要点だけ伝えてきた。二人が強力な龍律を使うまで耐えるぞ」


「任せな。持久戦は得意だ」


「頼もしい限りだ」


 称号個体のマシャドークの攻撃方法は主に二つ。状態異常を引き起こす泥のばら撒きと泥と土を操る攻撃だ。ここで問題なのが先程の様にナミ達の打って来た火の龍律で泥鎧を固めて泥鎧を割るという事が非常に困難になっていることだ。原因はマシャドークの発動した<異法系統>龍律【泥域】。基本的に【域】と名の付く龍律の能力は全て同じだ。即ちその龍律の冠する物質で周囲の空間を侵蝕するという物。これによって今のマシャドークの泥鎧は焼き固めても発動者に余りにも近い所為で即座に泥に戻ってしまう。先程焼き固めた泥鎧も同様の手順で戻されたと考えて良い。


 泥鎧の厄介な点は打撃の減衰だが、別に打撃以外一切軽減しない訳じゃない。壁と言うのはそこに在るだけで多かれ少なかれエネルギーを軽減させて来る。止めを刺す必要は無くとも俺の斬撃の通りが更に悪くなるのは困る。せめて血管に刃を届かせられれば勝機もあるんだが……


「お困りか?」


「ああ、どうやってアイツに切り傷を与えるか悩んでた」


「確かに今のままじゃ通りが悪すぎるな。……なあ、お前の滅竜器って火に耐性はあるか?」


「? 元になった【鬼】は火に耐性があったからコイツにもそれなりにはあるぞ」


「そうか、ならちょっと貸せ。ちょっと細工してやる」


「流石に戦闘中に武器を手放す訳にはいかないんだが」


「なら刃先をこっちに向けてくれ」


 言われたままにチスイの刃先をベイモンに向ける。因みにマシャドークは俺達の周囲をゆっくりと回っており、飛び掛かってきたら即座に逃げれる様にしている。


「誰にも言うなよ? つってももう一度は見せちまったがよ。【模倣:付加・凍結】」


 ベイモンがチスイに手を翳すとチスイの刃先に冷気が纏わり付いた。


「これでアイツの体表の潤滑油は無視できる。それがありゃお前の【鋭刃】と合わせてぶった切れるだろ」


 その瞬間泥海面からマシャドークが飛び出してきた。今度は体表の泥鎧の一部を土の弾丸にして飛ばして来た。だが遅い


「連律・刎ね廻り」


 マシャドークが飛び出して弾丸を放つまでに三度、放たれた弾丸を躱しながら更に二発斬撃を叩き込んだ。


「手応え十分」


 マシャドークの全身から血しぶきが上がる。冷気と【鋭刃】の組み合わせで今度は深く刺さった。


「こりゃ負けてられねえな」


 ベイモンも気合が入った所でおれはチスイの固有龍律を発動する。


「飲み干せ【血吸い】」

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