第4話 二人の秘密と昇級クエスト

 ベイモンと別れ、宿に戻って来た俺達は宿併設の風呂屋で汗を流し、髪が乾くのを待ちながら部屋の中で寛いでいた。


「今日は色々あったな」


「うん」


 基本俺たちの会話は俺が話しかけてナミがそれに返す。それだけだ。会話が弾むことも無く、寂しい物だが俺たちはこれで満足している。


「ナギ……そろそろ」


「わかった」


 だが一つだけナミが俺に自発的に話しかけてくるものがある。


「始めるぞ」


「うん」


 部屋の明かりを消し、ナミの腰かけているベッドの前に立ち、ナミの額の両脇に触れる。


「いいぞ」


「んっ……」


 途端、ナミの額を中心に莫大な量の龍力が渦巻く。

 俺はその龍力が最も集中している部分に手を翳し、自分の龍力を糸のように伸ばしてナミの額の両脇のソレと繋ぐ。龍力は万物に宿る力だ。それは使い手によって幾らでも形を変える。今の俺はナミの龍力に自分の龍力を繋いで一気に引き抜く。

 部屋が光に包まれ、ナミの頭から二本のが生えてくる。

 人類種には時折、過龍症と呼ばれる病を患った生まれつき身の丈に合わない過剰な龍力を持って生まれる存在が居る。生まれたばかりの赤ん坊は龍力の制御など出来ず、過剰な龍力は身体中を巡り最終的に生成部である焔臓に戻り消費されなかった龍力が焔臓で焔核化して焔臓の機能不全を起こして死に至る。俗に焔核病と呼ばれる病だ。

 だが、更に極々稀に生まれ持った天賦の感覚で赤ん坊ながら龍力を操れる個体がいる。彼らは生成した龍力を放出することは出来ないが、龍因子に刻まれた性質を読み取りある種先祖返りとでも言うべき事を成す。過剰な龍力を頭蓋骨の両端に流し込み意図的に焔核化させるのだ。綿密な龍力制御によって作り上げられたそれは擬似的な角となり。本来人類種には存在しえない第二の龍力貯蔵器官となる。これに至った人々を種族問わず【龍人】と呼ぶ。ナミも俺も葦原皇国で最も多い純血の【鬼人】なのでナミの場合は【鬼龍人】と呼ばれる。

 だが、この龍人も良い事ばかりではない。人類種は【竜獣】や下位の【竜種】に比べて龍力の生成速度が速い。それはつまりその焔核化した角の純度はそこらの【竜種】を狩るよりよっぽど高いのだ。焔核の用途は多岐に渡り、その純度が高ければ高いほどその価値は増す。故に焔龍角と呼ばれる龍人の角は種族問わず常に狙われる。幸いな事に鬼人は同族意識が非常に強い種族である為、葦原皇国でナミの角を狙われる事は殆ど無かった。だが大陸ではそうもいかない。

 故に俺達は苦肉の策としてナミの角を一時的に封印する事にした。封印と言っても莫大な量の龍力を頭蓋骨の中で完結する形で無理やり循環させるだけの物だ。当然ナミへの負荷は相当な物となる。だから毎晩俺が封印を解き、圧縮された過剰な龍力の結晶化を促している。


「……角、前より伸びてる」


「そうだな。早くしないと封印も持たなくなる」


 だから一刻も早く会わなければならない。

 全ての叡智を修める全知の存在。

 世界に十二体のみ存在する【龍】が二体目


【叡龍オモイカネ】に。




 ~~~


 この街での暮らしにも大分慣れてきた。D等級の常設クエストは余裕で熟し、常設で無い依頼も数多く熟していると、葦原皇国で元が戊等級と己等級だったこともあってか昇級依頼へ挑戦しないかと言う声が掛かった。


「お二人のクエストのクリア数とその評価は僅か一週間ながら非常に高いです。クエスト中に遭遇したC等級の【竜獣】を問題なく狩れていますし、亜空鞄を持っている事も含めお二人をC等級へ推薦しても問題ないと組合は結論付けました。お二人が希望するのであればC等級への昇格依頼を組みますがいかがなさいますか?」


 俺達の旅の目的は【叡龍オモイカネ】(こっちでは【予見龍アルファズル】と言うらしい)に謁見する事だ。一つの場所に留まり続けるつもりは無いが、国を跨ぐ際に等級の高いハンターは何かと有利だ。


「受けさせてもらいます」


「承知しました。今回の昇級クエストは複数人のパーティーでB等級の【竜種】の狩りとなります。討伐対象と参加メンバーが確定次第追って連絡させていただきます。それまではいつも通り狩りを続けて貰って構いません」


 ~~~


 そんな話があったのが一週間前の事だ。


「それではこれよりC等級昇級依頼の説明をさせて頂きます。討伐対象は<暴食の森>中層最奥部、深層の一歩手前の肥沃領域に潜む【竜種】である【泥竜マシャドーク】のハントです。マシャドークは斬撃、打撃に対して高い耐性を持つ【竜種】です。ですが、今回の参加者にはマシャドークに有効打となりえる<具象系統>龍律を複数保有するナミ様や、【槍】を使うベイモン様など有効的に戦える戦力が複数いるので問題なしと判断します。C等級認定にはマシャドークの【名称素材】である鋭突衝角マシャドークを納品してください。それを以てクエスト参加者全員のC等級への昇級を認定します。何か質問はありますか?」


「討伐に期限はあるか?」


「本日より二週間以内に討伐し、鋭突衝角マシャドークを納品してください。三週間経っても帰還しない場合、不測の事態の発生とみなし一週間の捜索活動が行われます」


 つまりひと月経って帰らなければ死んだという扱いになるわけだ。そえもそうだろう。俺達が出向くのは<暴食の森>でも深層一歩手前だ。深層から相当ヤバいナニカが湧いて出ることも平気であり得る。


「他に質問が無いようですのでこれよりクエストを開始します。皆様に【地母龍ティアマト】と【医龍アスクレピオス】の加護がありますように」


 ~~~


「それじゃあ自己紹介といこうか。俺はベイモン。見ての通り【槍】使いだ。聞いての通りマシャドークは結構相性のいい竜種だから前衛は任せてくれ」


「あたしはキッシュ。そこの子と同じ【杖】使いよ。火の龍律をいくつか持ってるから泥鎧の破壊は任せてちょうだい」


キッシュは赤い髪にベイモンと同じ赤い瞳を持つ火の申し子の様な少女だ。ベイモン同様赤目を持つので恐らくこの子も央華共和国の人間だろう。


「ナギだ。得物は【太刀】。斬撃系の武器で相性は悪いが、そこは【鋭刃】の龍律でカバーする。こっちは妹のナミだ。熱系統の龍律は炎熱も冷気もどっちも使える。回復の龍律も使えるから困ったら頼ってくれ」


「……よろしく」


「おっし。自己紹介は済んだな。便宜上パーティリーダーを決める必要があるんだが、俺で構わないか?」


「あたしは構わないわ」


「俺もだ」


「……異議なし」


 こうしてこのパーティのリーダーはベイモンに決まった。


「往復の時間を考えれば明日にでも行くべきだ。今日は各自準備期間にして明日の朝一で出発、それでいいか?」


 特に反対意見は無かった。


「おっしそれじゃあ明日の上火の刻に北門集合だ。ぞれ迄に準備を万全に整えるという事で今日は各自解散!」


 予定が決まるとキッシュは道具の買い出しにさっさと組合を出て行った。


「しっかしこんあ直ぐにまたお前らと組む事になるとは思ってなかったぜ」


「ああ俺もだ」


 ベイモンも俺達も同じD等級だからクエストの途中で顔を合わせる事は何度かあったが、直接組むのはこれで二度目だ。


「俺は武器のメンテナンスに行くがお前らはどうする? 俺の行き付けの店で良ければ紹介するぜ」


「ありがたい申し出なんだがこの街での行きつけの店は既に決めている。それに今回の討伐対象のマシャドークとらの情報を組合で集めておきたいから俺達はもうちょっと残っていく」


「そうか、俺もキッシュも生まれも育ちもこの街だからマシャドークについても良く知っているがお前らはそうじゃないもんな」


「ああ、というわけでまた明日」


「おう! 寝坊すんなよ!」


「しねえよ」


 こしてベイモンと別れた俺達は組合の保有する滅竜録でマシャドークの詳細を調べ、明日からのクエストに備えた。


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【泥竜マシャドーク】

<暴食の森>中層最奥部の泥海と呼ばれるエリアに潜む【竜種】。かつて鮫と呼ばれた生物が龍因子に適合し、進化した存在。<暴食の森>の主である【暴食竜グラトニー】によって形成された過豊穣領域である深層から流れ込む大量の栄養が含まれる泥を好んでおり、深層の恵みを求めてやって来る【竜獣】や【竜種】を餌としている。普段は泥の海とも呼ばれる広大な泥沼に身を潜めており、獲物が泥沼の縁に近づくと一気に飛び出して襲い掛かってくる。体表に触れている泥に様々な性質を負荷する龍律を持ち、対象を拘束してから確実に仕留める戦法を得意とする。特徴として、常に体表に潤滑油を纏っており斬撃の通りが非常に悪く、その更に外を泥の鎧が覆っているため打撃攻撃も有効打となり辛い。半面、熱系統の龍律に極端に弱く泥鎧は火に、潤滑油は冷気によってその機能の大半を停止させることが出来る。性質上、狩る際には熱系統龍律の保持者と刺突系統の滅竜器を得物とするハンターをそれぞれ一人以上揃える事が推奨される。

その最大の特徴に【名称素材】ともなっている鋭突衝角マシャドークと呼ばれる一本の鋭い角を生やしている。この角がマシャドークの持つ最大の攻撃手段であり、龍律の起点となる増幅部位である。この角の強度は並みの金属を優に超えており、そのままでもB等級の槍として使えるとすら言われる程の強度と鋭さを兼ね備えている。最低でもB等級の打撃系滅竜器無しでは一切ダメージを通すことが叶わないとされている。


【獲得可能素材】

B等級焔晶核

泥竜の滑皮

泥竜の油精臓

泥竜の豊穣骨

泥竜の震感髭


【名称素材】

鋭突衝角マシャドーク

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