第3話 小さな宴

 竜蛙と竜兎の討伐クエストとローユ草の納品を終えた俺達はベイモンの奢りで組合併設の酒場に来ていた。


「いやぁマジで助かったぜ。竜蛙は中層の竜獣だから浅層に出てくる筈が無いから対策装備なんて揃えて無いからよ。あの時は死ぬかと思ったぜ。今日は俺の奢りだ! どんどん食え!」


「それじゃあ遠慮なく。竜兎ステーキと串竜蛙五本と黒麦酒ください!」


「おお! その体形の割によく食べるな」


 俺とナミの体格は東方特有の瘦せ細身だ。この共和国では血の混ざりが激しいから北方や西方の血が混ざってがっしりとした体格の人間が多い。ベイモンもその例に漏れない様だ。ベイモンの金髪は西方の、赤眼は共和国そのものの血統に多いからこいつは西方と共和国の血が混ざっているのだろう。対して俺もナミも純粋な葦原皇国人だから黒髪黒目だ。


「俺にばかり注目してていいのか?」


「あん? それはどういう意味だ?」


 俺は視線だけを今正に注文をしているナミの方に向ける。


「竜兎ステーキ十枚、治癒治癒サラダ五つ、暴食果実盛り合わせ八つ、清流麦面四杯、あと火龍果水」


「は……?」


 次々とナミの前に運ばれてくる料理の数々をみてベイモンが絶句している。


「いただきます」


 無音。されど有り得ない速度で並べられた料理が消化されていく。

 それを横目にベイモンが話しかけてきた。


「おいおい、お前の妹どうなってんだよ。明らかに見た目以上に食ってるだろ……」


「【食い溜め】の龍律を持ってるからな。よく食べるんだ」


「【食い溜め】ってあれだろ。食事で得た栄養をより多く効率的に貯めて置ける龍律だろ? でもそれは効率良く貯めて置けるだけで食べれる量が増える龍律じゃないだろ」


 そこら辺はよくわからない。昔から大食い気味ではあったのだが【食い溜め】を

 得てからのナミの食欲はちょっとシャレにならないことになっている。


「畜生、俺の稼ぎが……」


「奢るなんて言わなければ良かったのに」


「お前らのその体格であんなに食うと思わないだろ!」


 全くその通りだと思う。


 それはそうと先の竜蛙二匹の討伐で稼いだロンは合計で十万ロンとなった。中層にしか居ない竜獣の上にその性質からハンター達もあまり狩らない所為か、一緒に張り出されていた中層の竜獣の討伐依頼と比べて報酬が割高となっていた。だが今のナミの食いっぷりをみればその七か八割は消し飛ぶこと請け合いだ。


「ああ、そうだ昨日の話の続きを聞いてもいいか?」


 ナミの食事風景を見ていて気が滅入ったのか極力そちらを見ないようにしながらベイモンは別の話を切り出した。


「昨日のって言うと……」


「東方には竜が殆どいないって話だ」


「それか」


 その話をするには色々と遡って話す必要があるな。


「一応聞くがお前は竜と龍の成り立ちについて何処まで知っている?」


「あん? 確か昔大きな災いがあって龍が生まれたんだっけか? そんでもって空のお月様が二つになって竜瘴灰を降らせたとか」


「間違っちゃいないがあってもいないな」


「それとこれと何の関係があるんだ?」


「大事なことなんだよ。いいかよく聞けよ……」


 ──昔々、今からおよそ三百と余年程前の事、人類は繫栄を極めたと言う。世界は遍く拓かれ、人知の及ばぬ領域など空の果てを残して露と消え、正しく人は星の主だったと言う。

 だが、ある時正しく人知の及ばぬ空の果てより現れた二つ目の月が全てを変えてしまった。

 竜瘴灰と呼ばれる青白い灰は人も、物も、獣も等しく侵し、万物を変質させた。

 竜瘴灰に含まる竜因子に適合出来なかった生物は等しく死滅し、適合して変質した生物のみが生き残った。

 人は竜人や樹人など多様に進化し、それ以外の生物は適合度合いによって【竜種】と【竜獣】に別れた。

 星の主は【龍】へと変わり、人は地を這う有象無象と化した。


「……これが葦原皇国に伝わる御伽噺の概要だ」


「はあ、なるほど。つまり【龍】が生まれたから月が増えたんじゃなくて月が増えたから【龍】が生まれたのか」


「そうだ。全ての始まりはあの空に輝く龍月から始まったらしい。……だが【龍】の発生原因は未だによくわからないらしい」


「うん? さっきお前が言ったじゃねえか。竜瘴灰が全てを変えたってよぉ」


「違う。竜瘴灰で生まれたのはあくまで【竜種】と【竜獣】それに今の人類だ。【龍】は竜瘴灰が原因じゃ無い」


「どういうことだ?」


「竜瘴灰が世界に初めて降り始めた時には既に【龍】は居たらしい」


「はあぁ? そりゃ一体どういうことだよ」


「俺も知らん。っと話が逸れたな。要は【竜種】と【竜獣】の所謂【竜】は竜瘴灰に汚染された生物の成れの果てだ。竜瘴灰に侵された生物は大なり小なり竜の性質を持っている。焔臓とか竜鱗とかだな。……そして東方の葦原皇国には【竜】は殆どいない。代わりに【妖怪】がひしめいているんだよ」


「【妖怪】? なんじゃそりゃ」


「こっちにはあまり居ないのか? 【妖怪】っていうのはとどのつまりだ」


「は? ……おい、待てよ。竜瘴灰を逆に取り込んだだと? それじゃまるで【異形】みたいじゃねえか」


「そうかこっちでは【妖怪】の事を【異形】言うのか」


「……おいおい待てよ。葦原皇国には一体どれだけの数の【異形】がいる? 十体? 二十体? まさか百体とか言わねえよな?」


「なに言ってんだよベイモン」


「だよなぁ。流石にそんな沢山いるわけ……」


「百や二百できくわけ無いだろ。千でも足りない。少なくとも万は居るぞ」


「【異形】が一万以上!?」


 ベイモンは物凄く驚いているが一体何だと言うのか。こっちでは【妖怪】はそこまで珍しいのだろうか? 


「おいナギ、お前たち葦原皇国人は知らないのかも知れねえがこっち大陸で【異形】って言ったら最低でもC等級の化け物共の事だぞ」


「へえ、そうなのか。確かにこっちでは【妖怪】の気配を全然感じないな」


「当たり前だ。単独で街を滅ぼせる化け物共がそんなうじゃうじゃいてたまるかってんだ」


「だから俺達の国は内情を知ってる大陸の奴等に人外境って言われるんだ」


「人外境?」


「知らないか? 文字通り人外の跋扈する浮世離れした土地ってことだ」


「成るほどなあ。確かに【異形】が無数に跋扈する場所なら一家纏めてハンターになるわなあ……ん? てことはお前らも向こうの【異形】を狩った事があるのか?」


「ああ。俺とナミの滅竜器は正にソレの素材で出来てる」


「おお! 【異形】製の滅竜器は滅多にお目にかかれねえんだ。見せてもらってもいいか?」


「見るだけならな。流石に命を預ける武器を昨日今日の付き合いのお前に触らせる訳にはいかない」


「おうともよ。お前のその刀は何て名前なんだ?」


「俺のコイツの銘は【鬼殺刃チスイ】。C+等級【妖怪】の【鬼】を素材とした滅竜器だ。ナミの滅竜器の銘は【天狗錫カルラ】。こっちはC-等級【妖怪】の【天狗】を素材とした滅竜器だ」


「【鬼】は聞いたことがあるが【天狗】ってのは何だ?」


「羽が生えた大男みたいな奴だ。全身真っ赤で鼻が凄く長い。あと風の<具象系統>龍律を扱う結構厄介な奴だ」


「ほーん。てことはその滅竜器には風系統の龍律が宿ってんのか?」


【竜種】や【妖怪】或いはある一定以上の強さを持つ【竜獣】の素材から造られた滅竜器にはその元となった竜の性質を持った龍律が宿る。当然俺のチスイにもそれはある。が……


「悪いがそこまで教えてやる義理は無いな」


「おっとこりゃ失礼。滅竜器や龍律をあれこれ聞くのはハンターのマナー違反だからな。これ以上は聞かねえよ」


「ならいい」


 と、ここでふと話題の滅竜器の持ち主であるナミの方を見てみるとあの後更に注文したのかテーブルの上には無数の皿が積み重なっていた。それにつられて俺の視線の先を見たベイモンの絶望の表情は見ている分には中々面白かったが、流石にかわいそうになり身内がやったことでもあるので飯代の半分を払ったら滅茶苦茶感謝された。


「ありがとう、ありがとう!」


「落ち着けよ」


「もうあのまま行ってたら今月の宿代払えるか怪しかったんだよ」


「それは……妹がスマン」


「いや、軽率に奢るなんて言った俺が悪いんだ。ハンターなんて見た目と中身が合致しない奴なんてゴマンと居るのにお前らを子供だからって舐めてたんだ」


「子供って俺達はもう17と16だぞ」


「お前らの住んでた葦原皇国じゃどうかしらんがこっちじゃ15未満はまだ子供って扱いなんだよ。そこから1歳2歳しか変わんねえんなら十分子供だろ」


「そういうお前は幾つなんだよ」


「今年で21だ」


「は? 嘘だろどう見ても20行ってる様には見えないぞ?」


「うっせえ。童顔な上に背が伸び悩んでんだよ」


 ベイモンは20を超えてるにしては小さく見える。結構気にしてるのだろうか。


「それはすまない」


「いいってことよ。どうせ慣れたしな。それに体格が小さいってのはハンターにとっては悪い事でもないしな」


「それもそうだな」


【竜】は大抵どいつもこいつも馬鹿みたいにでかい。近接で立ち回る分には小柄な方が懐に入りやすく抜け出しやすい。対人戦などを考えない限り小柄なのはハンターにとってアドバンテージになるのだ。


 その後、機会があればパーティーを組む約束をしてベイモンと別れ、俺達は宿へと戻った。

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