第15話 お守り
笹村さんからも了解を得てきわちゃんと行動を共にするようになってから一か月がたった。その間きわちゃんは色んなものが珍しいらしく、様々なものに目移りし、季節を愛で、五感を刺激するすべてのものにうっとりと身をゆだねた。
きわちゃんの死因が何だったのかは追求しない。知ったところでどうにもならないから。ただ、今までのところ車や火、水に対してさして拒否反応を見せず、ただただ一心に「涼子」という母親からの愛情を欲しているところを見れば、おのずと死因も知れるというものだろう。
なんとなくそんな気の重たくなるような事実から目をそらしつつ、大学とバイト——十科神社の巫女のバイトだ——に精を出す。
勿論バイトの時もきわちゃんは着いて来る……と思いきや、この神社にだけはなかなか近寄ろうとしなかった。そのため、バイトをしている最中は唯一、きわちゃんと離れて過ごせる時間となったのである。
しかし、そもそもここでバイトをするきっかけになったのは、やはりきわちゃんのあの一件だった。あの十科神社から九搵寺へのあのはしごした時に、二人とも『十科と相性がいい』と思っていたらしい。何が、というのは聞いていないが、徐々にこの神社の空気に馴染んできたというか、ここにいる『精霊』の姿を垣間見ることができるようになって察しがついた。
なるほど、きわちゃんをすぐに認め触れられるという時点で相性がいいという結論になったのか、と納得した。
そして今は新米巫女として授与所でお守りの頒布に携わっている。鈴を振りお守りを清め、参拝者に手渡す。これから後は舞稽古も入るようで、一層気持ちが引き締まる。
そうして徐々に巫女としてのつとめに慣れてきた折だった——宮司さんから話しかけられたのは。
「佐伯さん。あの小僧は今、どうしている? 」
「あ、宮司さま。きわちゃんは初めにここに来た時より随分成長して、今では一緒に行動したいとか言うものだから一緒に大学へ行っていますよ。」
「うん? 四六時中一緒なのか。」
「そうなりますね。なぜかここに来る時だけは着いて来ようとはしないですが……。」
「……ふぅむ。それは笹村も良しとしての事か? 」
「え、ええ。なにか不安な要素、ありますか。」
宮司さんがここまで気にかけて突っ込んで話してくるのも初めてだったので、なんとなく不安に思う。最近ずっといるせいか少し疲れ気味だったのもあいまっての事なのかもしれないが……。
「うぅむ、一度笹村に連絡を取ってみよう。佐伯さん、最近疲れているだろう。目に見えてわかるぞ。」
「え、あ、そんなに顔に出ていました? 」
「なんというか、巫女としては優秀なのだが、一般として見ると気虚、といったところか。」
「ききょ……? 」
「エネルギーが不足し、栄養の吸収も滞っている状態のことだな。主に漢方の学問で使われる言葉だ。それで、なにかあの小僧がやらかしているんじゃないかと思ったんだが、やはり、だったな。」
「エネルギーの不足……なるほど。」
「とにかく、一度笹村に連絡を取ってみるから大広間で休んでいなさい。」
そう言われて、大広間と呼ばれる、十畳ちょっと程の広さのある和室へと向かった。
——きわちゃんの影響で、気虚。
確かに最近疲れやすいし、肩も凝る。生活環境が変わったからだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。一緒に外出できるとはいっても、ここまでの頻度は想定していなかったというところだろうか。……そしてきわちゃんは、無意識的にこちらからエネルギーを吸い取っていた……というようなことか?
素人ではどう考えたって仕方がないか、そう思いなおし、ぼんやりと近くの飾り棚にある鉢の小さな木を見つめる。小ぶりだけど、一生懸命に葉を伸ばすさまはいじらしく愛おしい。ふと、その土が乾いていることに気が付き少しお水をあげることにした。
隣接している給湯室でお水を少しあげてもとの位置へ戻すと、肩口にさらりとした感触を拾う。何かと振り向くより先に、それは言った。
「今まで頑張ったね。大丈夫、これから少し楽になるから。」
ぱっと振り向くと、誰もいなかった。ただ一枚、葉っぱが落ちていたが……偶然だろうか。
〇
そのままぼんやりとしながら宮司さんを待つ。すると十五分ほどしてから、「佐伯さん」と呼ばれる。
「あ、はい。」
「笹村と連絡が終わった。やはりちょっと今の状態は付きすぎだと判断した。週に二、三度程度ならまだしも、週のほとんどとは。」
「そ、そうだったんですか。」
それじゃあ、きわちゃんには説明して家にいてもらうようにすれば問題解決ですか、と訊ねると、しかし渋い顔をして首を横に振る。
「それですぐに「はいそうですか」と行くものなら、そんな執着心丸出しで引っ付いてはいなかろうよ。時間は少しあるか? あの小僧に贈り物がある。」
「時間は大丈夫です。きわちゃんはただ、外が珍しいだけかと思っていました……。」
「ふむ、まあそれも一因としてあるだろうが……。あの小僧は座敷童だ。家にいる事が基本、そうでないとエネルギー不足になるのも承知。それを理解していてこれなのだから、よっぽどお主に拘りがあるのだろうよ。きっと説得しようにも随分な時間をかけて駄々をこねられるのが目に見えておる。それなら手っ取り早く済ませた方が宜しい。」
「はあ、そうなんですか……。」
では、よろしくお願いいたします、とその『贈り物』を頼んでいる間に、着替えてしまいなさい、とのことで着替えと帰り支度を済ませた。私服姿になって大広間で待つ。
一体何を持たされるのだろうか。宮司さんお手製とは、なんという事だろう。しばらくして、
「できたぞ。ほれ、これを持って行け。」
そうして手渡されたのは小ぶりで可愛らしい巾着型のお守りだった。
「これは、どういったお守りなんですか……? 」
「ふふ、これはな、お主も見かけているだろう、我が社の精霊たちの、まあ、言ってしまえばメッセージを吹き込んだものだ。小僧へのアドバイスと忠告を込めてもらった。……あの者たちも、普段のお前さんのつとめの様子を見ているからな、心配しておったぞ。」
「そう、なんですか……。有難く頂戴いたします。」
驚きを隠せぬまま、お守りを預かった。なんでも、これをきわちゃんに持たせてそっとしておけという事だったが……。何が込められているのか、不思議だった。
一先ず宮司さんに礼を述べ、帰路につく。……明日は月曜日。朝から講義が入っている日だ。果たしてお守りによってどう変わるだろうか——。
不安と期待が綯い交ぜになりながらも、大切にお守りを仕舞って家へと急いだ。
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