第14話 約束


 しばらくうんうんと悩んでから、吹っ切ったように笹村さんは言った。


「……きわくん。涼子さんに特別に思いを寄せていても良いのだけど、君は座敷童だ。その家の一人だけをえこひいきし続けたりなどできない。わかるね? 」

「うん。ざしきわらし、いえをしあわせにする。ひとじゃ ない。」

「うん、そうだ。と言うことは、涼子さんへもたらす福の形を、違った形でのものに変えなければならないんじゃないかな。」

「……え、それって。」

「ただ、それをどうしたいかと言うのが問題なんだな。」


再びうーんと頭を悩ませている笹村さんだが、涼子はその会話で一つ頭を掠めるものがあった。……しかし、それで本当にうまくいくかもわからない。一般的なものとは逆に作用してしまう可能性もある。——だが、試してみる価値はあると思った。


「あの。」

「はい、涼子さん。」

「りょーこ? 」

「私、一つ思うんですけど……。家族を幸せにすることで結果的に私を幸せにする、というのはどうでしょうか。」

「なるほど、家族経由で福をもたらす……。それはいいアイデアだと思います。きわくんにとってはどうかな? 」

「……ぼく、あんまり あのふたり すきじゃない。」

「きわちゃん、実はね、私も父さんと母さんに対してはちょっと苦手意識あるんだよ。……一緒だね。」

「そう なの? おとうさんと おかあさんなのに? 」

「うん、そう。父さんと母さんは『普通であれ』っていう人だから、ちょっと前にも揉めたの。絵をやりたいのになんでやらせてくれないのー! って。そうしたら怒髪天をついちゃって。散々っぱら怒られたね。それに、あの心療内科騒動も、随分酷いこと言われたよなぁ、って今になって思う。正直、ちょっと苦手。」

「りょーこ、それなのに ふたり しあわせにしたいの? 」


きわちゃんのいう事も尤もで、涼子は二人をひっくるめて幸せにしたいかどうかも未だわからない。どちらかと言うと、あの二人を離婚させるなり二人と喧嘩別れするなりなんなりしてあの家から離れるという方向にならないとも限らない。……だが。


「うーん……そう言われるとまた微妙な感じはするけどね。そういうよりも、むしろあの家を快適な場所にしたいっていえば良いのかな。関係を良くする、家全体を明るくする、とかそういうニュアンスの。」

「なるほど。涼子さんはきわくんの力を借りて家庭円満を目指す。きわくんは今現在誤った使い方をしている力を一家纏めて幸せにすること、そして結果として涼子さんを幸せにすることに使う、と。なるほど。」

「りょーこ そうしたら うれしい? 」

「うん、嬉しいよ。皆で幸せになりたいよ。」


きわちゃんは少し考えてこう言った。


「……わかっ た。じゃあ、そうする。でも いっこ おねがいある。」

「お願い——……? 」


                   〇


九搵寺で相談をしてから早くも一週間と少しが経った。無事大学生活も始まり、バイト先も決まった。空いている時間をバイトと絵の制作に使いたいためサークルには入らなかった。


そして、いつも横には当然のように——きわちゃんが、いる。


勿論他の人には見えていない。にこにこといつも涼子や涼子の友人たち、講義をさも楽しそうに聞いたり眺めたりしている。こういう状態になっているのは、ひとえにきわちゃんの条件によるものだった。


——九搵寺へ相談しに行った土曜日。


「きわちゃん、お願いっていったい何? 」

「ぼく ほんとはりょーこのためにだけ がんばりたい。るすばんして がんばるのりょーこじゃないひとのため いや。」

「そうは言っても、きわちゃん……。」

「んーん! きい て。だから、ぼく りょーこといっしょにこうどう したい……だめ? 」

「……それって、ずっと一緒にいるってこと? 」

「ん。」

「大学でも? 」

「ん! 」


きわちゃんは文句なしでしょ! と言わんばかりに嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。どうしたものか……そもそも、そんなに長期間出歩いても大丈夫なものなのだろうか? と笹村さんを見やると、


「ええ、ご心配はごもっともですが、大丈夫かと。あの小さな頃からここまでくっついて来ていましたからね。」

「ん! だい じょうぶ! りょーこは、だめ? 」


……そう二人に言われてしまったらどうしようもなかった。約束通りにきわちゃんは普段涼子の周りに常にいるし、幸福は家全体に及んでいる。しっかりとお互いに約束は守られているわけだ。


あとは、涼子がこの状況に慣れるだけ。慣れるだけ、なのだが。視界にきわちゃんがいるとどうしたって声をかけてしまいそうになる。ちらちらと視界の隅にいるのもどうしても気になる。

まるで足元に他人の子がいて「まあ気にしないで」とでも言われている気分だ。気にしないようにしていたって、時間が経たなければどうしようもない。


この環境に慣れるまでは随分かかりそうだ、と嘆息する。すると怜衣が


「どうしたの、涼子。なんか悩み事? もしかして誰かから告られたとか! 」

「そんなんじゃないよー、ちょっと最近肩こりが酷くて。四年になる頃なんて凄いことになってそう、って思っちゃって。」

「あ、それめちゃわかる……模写とかスケッチの時すっごいこるもんね。それはそれでやったぞー! って感じするからそれはそれで楽しいけど、これが本格的に創作するとなったらヤバい奴……。」


二人して肩を抑えて小さくため息を付く。温タオル的なもの買うべきかなー、いやそれよりビタミン剤がいいんじゃないかなんて話しているうちにも、横からきわちゃんが


「りょーこ、かたこったの? かたもむ? やるよ! 」


と容赦なく話しかけてくるのだった。涼子はもう一度だけ嘆息し、怜衣と二人で画材屋へと足を向けた。

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