第13話 盛大な


 やきもきして数日を過ごし、ついに土曜日を迎えた。涼子は随分と執拗に引き留めてくるきわちゃんを部屋に残し、九搵寺へとやってきた。

……きわちゃんの様子がおかしかったのは明白。いったいどうしたんだろうか。それも併せて聞くべきだな、といつもの寺務所の部屋で考える。


今日も生命力の溢れる木々を見ながら待っていると、すすす、と衣擦れの音がして笹村さんがやってきてくれた。


「どうも、お忙しいのに何度もすみません。」

「いえいえ、良いんですよ。何か困ったことでもありましたか。」

「それが、……きわちゃん、座敷童として力が付き始めたことに気が付いていないみたいで。」

「……なるほど。詳しくお聞かせ願えますか。」


そうして、木曜日——入学式の日——にあったことを話す。ついでに今日のきわちゃんの違和感も。ただぼそりと家族の隣で呟かれたことが大仰になって実現されるとなってはこちらも大変だしきわちゃんも不便だろう、という自らの意見も付け加える。


「そういう事があったんですね、なるほどなるほど……。」

「あの、これを防ぐために何かできることってあるんでしょうか。」

「それは、本人が自らの役割の認識と、自分の役立て方を知らない限りは治るものでもないでしょう。——ね? きわくん。」

「……え……? 」


きわちゃんは今、自分の部屋にいる。そもそも座敷童なのだから家からは出られない……なのに、笹村さんは何を言っているのだろう?

笹村さんの視線をたどって、斜め後ろを見る。少し空気が揺れる感覚がした。


「…………まさか。」

「そう、そのまさかですよ。きわくん、出ておいで。」

「……んー、ささむらさんには、すぐばれる。だめ。」

「もちろん、こちらは住職ですからね。それで、きわくんに問いたいことが三つあります。」

「なあに? 」


するすると流れるようにして続く会話を、右から左へと取りこぼしながら、涼子はきわちゃんを凝視するしかなかった。色々問いただしたいことはあるけれど、肝心のそれが意味をもった言葉にならない。


「涼子さん。」

「は、はいっ! 」

「それでは今から彼に説明してもらいましょう。まずは一つ目、きわくんは家から出られることを何故話していなかったのか。そもそも今どういう位置づけの存在になっているのか。そして、今後どうしていきたいのかを。」


いつの間にか話は簡単に纏まっていて、何を話すかの内容から順序まで決まっていた。隣に座るきわちゃんをじっと見下ろす。

当の本人は、喋り難そうにしながらもなんとか言葉を紡いでいく。


「ぼく、いま、ほどんど ざしきわらしになった。ゆうれいじゃない。ざしきわらしも、ゆうれいも、いえからは でられる。けどそれしたの に、さんかいくらい。おこられるのこわかった ごめんなさい。」

「きわちゃん……。」


どうやら、家でいい子にしていてね、と交わしている言いつけを破って外に出ていることがばれて涼子に怒られるのが怖かったらしい。それはそうとして。


「……ちょっと待って、座敷童って家から出られるの? 」

「ええ、勿論ですよ。そもそも座敷童は家から家へ移り行くものですからね。座敷童に道を聞かれたという話も残っているくらいですよ。」

「そっか、そういえばそうでした……。でも、わたし、てっきり家から出られないものとばかり。」

「そうだったんですね。それできわくんは気配を消して涼子さんにくっついていたと。だから、初めて会った時はしーってしていたんですね。」

「うん そのとーり。」

「待って初めて会った時って、あの日も一緒に来てたの⁉ 」


もう色々と判明していくものが多すぎて頭の整理が追い付かない。……ああ、だから二回目に十科神社へ行った時に宮司さんは


『例のあの子どもも満足したと見える。お前さんにひっついていた必死な小僧が消えていなくなっておるぞ。』


なんて言っていたのか。あそこで引っかかるべきだったのだ。消えていなくなっているという言葉に。つまり、きわちゃんは寺社仏閣に参ったその日はずっと隣にいて、涼子の不安な気持ちも何もかも全て聞いていたというのか。


——なんだか、今更ながら申し訳なくなってくる。


「りょーこ? 」

「……なんかごめんね、気が付かないまま勝手にべらべら喋ってて。」

「だいじょうぶ こっそりついてきたし、ふあんにおもうの とうぜんだから。」


だまっていてごめんなさい、と言うきわちゃんに良いよ、ただ次着いて来る時は必ずいう事、と教えておく。


「それでいいですよね、笹村さん? 」

「ええ、きわくんの場合家よりも涼子さんの方に比重が傾いているのでその方がストレスで調子を狂わせるなどの心配もなくていいかと。それでは、次に座敷童の役割というものの確認をしていきましょう。ではきわくん、どうぞ。」

「ざしきわらし、は、いえをゆたかに するもの。それでぼくは、そのそんざいに なりかけているもの。」

「うんうん。正解だね、流石はきわくん。」

「えへへ……。」


褒められて嬉しそうなきわちゃんは年相応の——中学生の男の子のようにしか見えない。ここまで成長する前に、あんな小さな頃に命が奪われたのか、と思うと遣る瀬無い気持ちが湧き上がってくる。……しかし、今はそういう事を考えている場合じゃない、と頭から振り払った。

一方笹村さんときわちゃんの間ではそのまま問答が続けられていた。


「では、きわくんはどういう存在なのかな? あるいは、どういう存在になりたいのかを喋れるかい? 」

「ん。ぼくは、りょーこにつく ざしきわらし。あのいえじたいは あんまり すきじゃない。ぼくがんばるの りょーこのときだけ。」

「……それは、涼子さんがお母さんに似ていて、優しいからっていう前に言っていた事と関係するのかな? 」

「うん! 」


だそうだけど、どうかな。と話を振られる。

どうかな、と言われましても。


「聞かされている方はなんだか、盛大に告白されているような気分でこっぱずかしいんですが……! 」

「ですよねぇ……。」


きょとんとした顔のきわちゃんはとりあえず置いておいて、笹村さんと二人。沈黙の中ぐるぐる考えこむ羽目になった。

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