第12話 座敷童パワー

 涼子はドがつくほど緊張しきっていた。何せ今日は芸術大学の入学式。スーツを着て、今、校門の前に来ていた。ドキドキと逸る胸を押さえ、一歩を踏み出す。

——と、突如として校門の裏からひよこの着ぐるみが飛び出してきた。


「ひぃえっ⁉ 」


目の前でひよこはじたばた藻掻いている。よくよく見ればコミカルともとれるその動きに、目が釘付けになった。なんなんだろう、この着ぐるみは。ひよこは首の接続部をくいっと持ち上げてボードを取り出す。そこには


『入学おめでとう、可能性の塊、我らがひよこたち! この道を真っすぐ行ってね! 』


と書いてある。着ぐるみの中は暑いようで、ボードに貼ってある紙は少々よれていた。

どうやらお茶目心とお祝いと道案内を全て兼ねているらしい。安心したらなんだか笑えてきて、ぽんぽんとひよこの頭を撫でて礼を言い、入学式会場へと向かった。ひよこは今もお茶目心を発揮しているらしく、後方で悲鳴が上がっている。流石は芸術大学。やることが違う。


入学式の会場に着くと、先着順で席が用意されていた。「日本絵画専攻」と書かれたブロックへ向かい、パイプ椅子へ腰かける。隣には明るい茶髪に赤のアクセントの入ったボブの女性。珍しいな、と思いながら挨拶を済ませた。


彼女の名前は如月怜衣というらしい。内心びくびくしながら話していると、派手な外見からは想像できないほどの知識の豊富さや純粋無垢な瞳に好印象を抱くようになった。


「それで、涼子はなにをやりたくてここに入ろうと思ったの? 」

「んー、ただ、自分の筆で誰かに感動させられたら、生きるきっかけになるような絵が描けたら、って思って。怜衣は? 」

「あたし? あたしは、生きるため。描いてないと息が止まりそうなの。自分が生きるために描きたいし将来おまんま食いっぱぐれないように、って意味も込めて、生きるため。」


内心、その熱量に凄いと、純粋に称賛の意を覚えた。生きるための筆。力強い筆。きっと彼女は才能を開花させる、そう直感するほどの意志の強さも垣間見えた。そんな彼女が、ひたと目を見据えて言う。


「涼子は凄いね。」

「えっ⁉ なんで、私こそ今怜衣はすごいなって思ってたのに。」

「ええー? 私は自分の好きなようにやって、好きなことを仕事にしたいだけだよ。それに比べて涼子は人を生かす筆を持ってる。凄いよ、貴女。きっと上手くいく。」

「そんなの、怜衣もそうだよ。生きるための、力強い筆を持ってるじゃない。きっと才能が大きく花開くって思うもん。」

「……あたしたち、なんか似た者同士だね? 」

「ふふ、……そうだね。一緒に頑張ろうね。」

「うん。あ、そうだ今のうちにライン交換しておかない? 繋がっておきたい。」

「いいよ、もちろん。」


そうして登録を済ませた頃に、入学式が始まった。入学式では舞台美術の学生たちが作成した舞台や、各学部合同で作り上げたムービーなども流されていく。大学の個性を前面に出しきった、色とりどりに彩られセンスに満ち溢れた素敵な世界が目の前に拡がっていた。


——これを、きわちゃんに見せてあげたい。


そうふと思って、切なくなる。きわちゃんは座敷童、外には出られない。そんなこと百も承知なのに。


「どうしたの、涼子。」


こそりと怜衣が聞いてくる。


「この光景、見せたかった子がいるなぁって思って。」


小声で返す。

怜衣は小さく頷き、姿勢を戻した。


——うん。あの子が外へ出られないなら、私があの子の目になればいい。しっかりと目に焼き付けて、語って聞かせよう。そうだ、それがいい。

温かく包み込むような優しい暖色がホールを照らし上げている。涼子は目を皿にして、舞台美術に魅入った。


                〇


入学式もオリエンテーションも終え、帰宅する。すると、両親ときわちゃんが玄関まで出迎えに来てくれた。


「おかえり、涼子! 」

「おめでとう。」

「おかえり、りょーこ! たのしかった? 」

「うん、楽しかったよ。ただいま。」


家に上がりリビングへ行くと、余りにも豪華な料理が並んでおり涼子は思わず「ど、どうしたのこれ⁉ 」と聞いた。


「だって、涼子の入学を祝いたいんだもの。高校受験の時はあんなに酷く反対してごめんね。これからは好きなものを極めてね。」

「まあ、祝いなんだ。しっかり食べなさい。」


そう言われたって、とぽかんと呆けていると、さあさあ手を洗ってきなさい! と洗面所へ押し込まれる。……まさか、きわちゃんなんかやった?

こっそり小声できわちゃんに話しかけてみると、


「ぼくは、おいわいしようよっていっただけなんだけど……」


なるほど。高校受験の時もこうはならなかった事を考えると、導き出される答えは二つ。


一つ目は、高校の時に散々反対した絵の道。大学入学の時期になってまで拘るほど本気だったということに対し、謝罪の意味を込めての食事。


二つ目は、きわちゃんの力が増してきた今になってのことなのだから、座敷童的な力が涼子個人に向けられて誘導されている可能性。


じっときわちゃんを見つめていると、少しずつではあるが目をそらしていく。両親に少し待つよう伝えて、きわちゃんと共に部屋へ籠った。


「きわちゃん、あれきわちゃんのせい⁉ 」

「ぼ、ぼくはただっ、おいわいしよう、ていっただけでー‼ 」


肩を掴んでがくがく揺さぶって問いただすと、すぐに答えた。こういうところは真っすぐ育って、嬉しいは嬉しい。——だが。


「きわちゃん、いい? 」

「うん? 」

「きわちゃんは今、力をつけています。その途中です。」

「うん。」

「なので、今までより座敷童パワーが周りの人に作用する可能性があります。」

「ざしきわらしぱわー。」

「うん、座敷童パワー。なので、軽々に私のためにと他の人に囁かないようにしましょう。」

「えー! りょーこ、それはない! 」

「なくない、あるの。」

「えぇー……。」


なんだかしょんぼりとして心なしかしなしなしている気がする。良かれと思ったことが変な方向に転がって行って叱られまでして、落ち込んでいるのだろう。……これは自分たちのためにもきわちゃんのためにも、なんとかしなくてはならない。


「きわちゃん、ほんとに囁いただけなの? 」

「うん。ささやくというか、よこでぼそっていった。」

「なるほどぉー……? 」


そうなると、きわちゃんには口をきいてはいけないと言わざるを得なくなる。それは余りに可哀そうだ。……今度の土曜日、また笹村さんに相談しに行ってみるか。そこまで思考の整理がついたころ、ぐう、とお腹が鳴った。


——しまった、下の御馳走が冷める!


「きわちゃん、今回の事はもう良しとします! ただ、今度の土曜に笹村さんとこに相談しに行くので、それまではできるだけこの部屋に留まっていてね、わかった? 」

「ん! だいじょうぶ、おとなしくしてる! 」

「よっしじゃあご馳走だ、きわちゃんも沢山お食べ! あれ絶対三人じゃ食べきれないから! 」

「いいの! やったぁ! 」


二人そろって駆け降りる。土曜日は明後日、それまでは落ち着いているしかない。せめて、きわちゃんの座敷童パワーを個人でなく家に向けられればいいのだが——……。そんなことを思いながら、席に着いた。

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