第10話 逡巡
「へぇー、それで今はお母さん公認で座敷童君と共同生活なんだ! 」
「まあ、一年前からそんな状態だったみたいだけど。」
学校を休んで丸二日。休み明けで登校した涼子を、理香はすぐさま人のいない場所へ連行していった。最後の会話が座敷童の存在を認めるか否かだっただけに、何かがあったのかと心配させてしまっていたらしい。
この二日の間に、共に五限をさぼったもの同士ということで理香は理香で教師陣に何を話していたのか、何が悩みだとか言っていなかったかなどと質問攻めにされて大変だったようだ。理香には素直に謝罪しておくとして、そこをうまくはぐらかしておいてくれたことには感謝の一心だ。
「それにしても、ねえ、お菓子の袋食い破るなんて。なかなかワイルドな童ちゃんだね。」
「童ちゃんて。今は夜ご飯でお米食べてるからもうそんなことしなくなったよ。」
「ほんとその言葉聞いてるとシンママみたい。」
「待ってよまだ彼氏もいないのに! 」
こうして友人二人じゃれあう時間というのは楽しいもので、昼休みはあっという間に過ぎ去ってゆく。お弁当を丁度食べ終わったところで終了十分前のチャイムが鳴った。開放感のあるこの屋上から、またあの息の詰まる教室へ。想像しただけでも息が詰まる。
「はあ、次も授業かぁ。……寝ちゃおうかな。」
「理香、ちゃんと授業聞いておかないと……せめて聞くふりしないと。」
「はぁい。もう先生たちみーんなロボットみたいにジュケンジュケンてうるさいんだから……やんなっちゃう。」
「それは同感―。」
理香も涼子も、今年は高校二年生だ。つまり、来年には大学受験が控えている。変更に変更を重ねる受験体制に、刷り込むように浴びせられる受験という単語に、二人とも辟易としていた。しかし受験にはこれからの大学生活、ひいては人生がかかっている。頑張らなければならないし、真剣に大学選びはせねばならない……そう思いながらも、つい拒否反応が出てしまうのも当然だろう。
屋上からの階段を下りながら、憂鬱な気分を飲み下した。
〇
「……——であるからして、鎌倉幕府は滅び足利尊氏による——……」「…………えー、このxをyに代入しzを……」「……すぢりもぢり踊りけりとあるがこの翁は——……」
するすると流れるようにして授業は進んでいく。真面目に授業を受けているような姿勢を見せながらも涼子の頭の端には常にきわちゃんが居座っていて、どうにも集中できない。気が緩んだ時には「これからどうなるんだろう」という不安がよぎって行った。自分で理香にいったように、受験のためにも勉強をしておかなければ後々苦労する。そんなことわかりきっているのに……。
なかなか身が入らないことに焦燥感だけがつのってゆく。誰しもが熱心に授業を受けている中、ぽつんと一人取り残されたような気持だった。
〇
本日は部活も辞退し早々に帰宅してきた。普段であれば美術部の活動に熱中するところなのだが、今日ばかりはなんともそんな気分にはなれない。体調がまだ優れないと申告して抜けてきてしまった。
「ただいまー……。」
がちゃりとドアを開ける。きわちゃんは今日も、最近恒例になった「玄関までお出迎え」をしてくれていた。いつもいつも、喜色満面で迎えてくれる姿には癒される。
「おかえ り、おかあさん」
「……うん、ただいまきわちゃん。」
そのまま飲み物だけ取り出してとんとんと階段を上がって自室へ。ぼすんという音を立ててベッドに沈んだ。
「ど、したの? どっかいたいの? 」
「……ううん。ちょっと疲れてるみたい。」
「……くたくた? 」
「そういうわけじゃないんだけど……。」
この頭の中の散らかり具合をなんといって伝えればいいのだろう。わからない。とにかく、「疲れた」という言葉と無気力感が涼子を支配していた。
ただただ睡魔に身を任せ、とろとろと眠りに落ちていく。とにかく少しの間だけでいい、何も考えないでいたい。
〇
なんだかもぞもぞとした感触が背に伝い、目を覚ます。どうやら帰ってきてそのままベッドに沈んで眠っていたらしく、スカートがしわくちゃになっている。その惨状を見て、アイロンをかけないとだ、とため息を吐いた。
「……おは よう? 」
「ああ、きわちゃんだったか。おはよ。」
「……げんき? 」
「うん、もう大丈夫。」
ありがとうね、と言いながら頭を撫で繰り回す。きわちゃんはご飯を食べるようになってから時折触れるまでになっていた。わしわしとかき混ぜて遊んでいると、きわちゃんは
「なにに、なやんで たの? 」
と、とぎれとぎれに聞いてきた。何も口にしなくてもバレバレだったらしい。ならば仕方がないよね、と一人納得し纏まらないままに話す。
これからの進路のこと。これからの人生のこと。自分のやりたいこと。受験のこと。人生の選択が向こう一年で決まってしまうかもと思うとすぐに判断をくだせないこと。集中できないこと。孤独感、焦燥感。
思いつくままに話した。きわちゃんは真正面でこくこくと頷きながら聞いてくれている。
「そうやって悩んでいても仕方ないのはわかるんだけどさ。芸術系の学校行こうとしても受かるかどうかなんて自信ないし。だったら普通科の公立目指して頑張って、それからまた改めて進路考えるでもいいんだけど、普通科行ったところでやりたいことないし……これからの人生、何して生きたいのかなって悩んじゃって。」
素直にそう打ち明けると、きわちゃんは
「じんせい、みじかい。いつおわるか わかんない すきなことやるのが いちばん。」
と簡潔に言った。
「……ごめんね、きわちゃん。ありがとう。」
「んーん。がんばって。」
「うん。頑張る。頑張るね。」
……なんて残酷な事を言わせてしまったんだろう。この歳で亡くなったきわちゃんに、あんなことを言わせるなんて。なんて酷なことをべらべら喋ってしまったんだろう、と少し自己嫌悪に襲われる。
——でも。その時間も勿体ない。こうしてはいられない、今からでも推薦が望めるだろうか。コンクールは、受験要綱は。調べることもやることも、わっと湧き出てくる。それと同時に無力感も消え、元気に指先まで力が通っているのを感じた。
きわちゃんはただ嬉しそうににこにこと笑っている。
ふと、昨日の母さんとの距離の縮まり方と言い、今の元気の戻り方といい。既にきわちゃんは座敷童になっているんじゃないだろうか、と考えがよぎる。
……当の本人は、何度見てもいつだって嬉しそうにしてにこにこ座しているのみで変化はないのだが。
まあ、いっか。うちの座敷童がそう言うんだ、自分の人生好きに生きてやろうか。どうあっても離れていかなそうな存在がいてくれることだし、きっと大丈夫。
まずは、また両親の説得と進路調査を始めなければ。涼子はベッドから勢いよく立ち上がった。
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