第9話 もう一人の家族

 神社から十分ほど歩く。その間しばらく親子は無言で連れ立って歩いていたが、母はぽつりと質問を寄越した。


「……ねぇ涼子。」

「ん? なあに。」

「涼子のところにいる子どもって、どういう子なの? 」

「ん——……滅多にいないくらい純粋? それでいて悪戯好き。自称座敷童。」

「座敷童? 東北の? 」

「うん。そうなんだってさ。」

「……ここ埼玉で? 」

「うん……。」


そう、普通座敷童と言えば青森や岩手などの東北地方が主だろう。テレビなんかで見る「座敷童の出る旅館」とかいうのも向こうばかりだったはず。しかしここはそこから随分下った関東は埼玉県。そんな場所で座敷童だなど聞いたこともない。

しかし本人があれだけ主張しているのだから、まあとりあえず「自称座敷童」でいいかな、という認識だ。


再び沈黙が下りたころ、九搵寺に到着した。昨日と同じようにして寺務所へと歩くが、今日は少し日差しが強い。坂道だったからか、少し汗ばんでくる。


「すみませんー……。」

「はあい。御朱印ですか? 」

「あ、いえ、昨日笹村さんにお世話になった者なんですが、只今笹村さんはお手すきでしょうか……。」

「ああ、笹村ですね。今は祈祷に入っているので少々お待ちいただけますか。」

「ああ、はい、もちろん。」


昨日笹村さんにしてもらったことを話しながら待つ。きわちゃんとの意思疎通を助け、問題解決をしてくれたこと。きわちゃんの目を治してくれたこと。これからどうするべきかを教示してくれたこと。

そうして話し終わった頃に、昨日の簡素な装束とは異なるきっちりとした祭祀用の装束を身に纏った笹村さんが通りかかった。


「おや、涼子さん。」

「はっ、はい、笹村さん、昨日は本当にありがとうございました! 」

「どうやら上手くいったようですね。よろしければその後のきわくんの様子をお教えいただけますか。時間があればでいいのですが……。」

「も、もちろんです! 時間ならたっぷりありますので。」


そう答えると、笹村さんはまず昨日同様、寺務所の中へ通してくれた。装束を変えてきますので少々お待ちを、と言って奥へ消えていく。

ぼんやりと外を見ていると、青々と盛んな木々が力強く、季節の訪れを知らせてくれた。——もう初夏の季節か。思わず見とれていると「お待たせしました。」と笹村さんが戻ってきた。涼子が木々に目を奪われていた事を察すると、


「ここの木々は何故だかいつも葉をよくつけましてね。秋などには紅葉も素晴らしいんですよ。これからは木の葉の落とす影の様子なども見事です。いつでもいらしてください。」

「あ、どうも、ありがとうございます。」


お礼を言い、それと昨日のお礼にと菓子包を渡す。


「おや。そんなお気遣いいただかなくて結構でしたのに。どうもすみません。」

「いえ、あれだけよくしていただいたのに何もお渡しできませんでしたから。」

「いえいえ、お気になさらず。……それで、あの後上手くお話もできたご様子で。」


にこりと微笑んでこちらを見つめてくるので、少し照れくささを感じながらも母と目線を合わす。


「ええ、そうなんです。なんとか毎日きわちゃんにご飯とお漬物あげられるように説得できました。ね、母さん。」

「お米の消費量がまた増えるわねぇ。食べ盛りの男の子はそりゃもう食べるっていうし、沢山用意しなくちゃ。」

「おや、それはきわくんも大層喜ぶことでしょう。……では、お母様。」

「はい。」

「これからきわくんが力をつけていくのに比例して、お家で物音や足音、お菓子が食べられているなど、小さい子どもがいるような事象に出会うことになるでしょう。その際は、まあ、ウチの座敷童は元気に育ってるわねくらいに思っておいてあげてください。あまり悪戯をしないよう昨日言って聞かせましたが、何分小さいお子さんなので、どれくらい約束が守れるかはわかりません。ただそこに居るだけなので、それを許してあげてくださいね。」

「はぁ……そういうこともあるんですね。……ほかに、何か注意点はありますか。」


少しだけ不安気味な母に、笹村さんはにっこり笑って言う。


「いいえ。手のかかるお子さんが一人増えたということ……それだけですよ。」


                  〇


涼子と母はゆっくり晴天の下を歩く。どこの木々もまだ少しだけ寒々しく枝を見せているのを見て、やはりあの寺院の実りが早いのだと知る。


「それにしても、今この歳になって子どもが増えるとはねぇ。しかも悪戯好きで、姿の見えない男の子。」

「そうだねぇ。私もこの歳で子どもができるとは思わなかった。」

「なぁに、えっと……きわちゃん? はあんたをお母さん扱いしてるわけ? 」

「うん、笹村さんによるとそうみたい。」

「…………やだ、それじゃあ子どもじゃなくて孫じゃない。」


そんなくだらないことを話しながら歩く。

心療内科に連れていかれた時には酷く恐ろしげに見えた母だったが今日、大きく一歩また歩み寄る事ができたような気がする。今までよりも、むしろぐっと近くに。


「ねえ、お供えスタイルどうしよっか。お仏壇みたいなのはあんまりだし。」

「そうねぇ。どういう風に食べるのかしら? 」

「昨日はお菓子の袋を歯で無理くり開けて食べてたみたいだよ。」

「……意外と俗っぽいのね。」

「でしょ? あ、じゃあ食卓に並べる? 同じメニューというわけにはいかないけど。」

「ああ、それは手間がかからなくて良いわ。」


さて、きわちゃんは今日どんな顔するかな。心と足元を弾ませて家路を急ぐ。

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