第8話 調停

 十科神社と九搵寺の二人にお世話になった涼子は、その晩観念して両親に全てを打ち明けた。一年前のことから今日までの事を洗いざらいだ。


「そんなわけで! もう一食軽く、かるーくご飯を戴けませんでしょうか!」


これでまた頭がおかしいとか言うのであれば神職さんと住職さんに証人になってもらい、今度は母さんが心療内科に行く番だ。涼子はそんな決意を心に秘めていた。

母はあんぐりと口を開けたままずっと動かない。父はもう現実から目をそらすように物理的にも顔をそらしていたが、湯飲みを持つ手がプルプルと震えているのがわかる。

ちなみにきわちゃんはというと、涼子の隣の席でリビングに興味津々だ。


「あ、あの、母さん? 父さん? 」

「「…………。」」


駄目だ、二人とも完全にフリーズしている。きわちゃんと顔を見合わせ、「母さんたち固まっちゃったね、どうしよう……」と話して見せると小さく「ひっ」という声が聞こえてきた。


「ね、ほら、お菓子代と飲み物代がかからないと思えばさ! ご飯茶碗一杯のお米とお漬物とかでいいからさ! ね! そうしてくれたら私も落ち着けるのになー! 」

「…………はっ、そ、そうなの? それで落ち着くのなら、いいけど、ごはん一杯とお漬物でいいのね? 」

「うん、それで十分! ありがとう母さん! 」


どうやら「お金がかからない」というところと「私も落ち着ける」というワードが功を奏したらしい。現実に戻ってきた母さんが呟いた言葉をすかさず拾い、許可を取ったことにする。これで第一難関クリアだ。


後は、これをいつまで続けさせてくれるか——それは、きわちゃんの腕次第だった。毎日のお供えの約束を取り付けるのが第一難関。それを継続させるような効果を現すことがきわちゃん担当の第二難関。それが笹村さんの帰った後に二人で考えた問題点だった。


「まあまあ、ちゃんと神職さんと住職さんにお墨付きを貰ったんだからさ、ね⁉ 安心してよ。」


あ、なんなら今度お礼にお菓子持って行こうと思っているんだけど二人も来る⁉ と言い募ってみた。今は二人を正気に戻させないといけない。その想いで口をついた言葉だったが、案外二人は未だ呆然としたまま、「……じゃあ、私行こうか。明日。」「ああ……、そうだな。頼む。」などと話している。


「わー……い……って、明日? 明日行くの? 学校だよ? 」

「お腹の調子が治らないってことにしておきなさい、ちょっと母さんたちも確認しないと何も手が付けられそうにないから……。」

「あ、うん。わかった。」


半ば強制的に、明日母さんと十科神社と九搵寺への御礼参りが決まってしまった。父さんは仕事があるとのことで欠席なのが幸いだった。父さんまでいたら論拠がどうのこうの自分は信じないだので大分面倒くさいことになっていただろう。


                〇


 翌日午前十一時。涼子と裕子は、十科神社の前に佇んでいた。玄関まで来てぐずっていたきわちゃんには申し訳ないが、こちらにも用向きというものがある。そこは聞き分けてもらうしかなかった。

今日は昨日と違い、母さんと歩を揃えて社務所へと歩いていく。未だに疑っている母を横目に、涼子は社務所の神職へと声をかける。


「あの、すみませんー……。」

「はい、こんにちは。どうなさいました? 」

「実は、昨日こちらの宮司さんに話を聞いてもらったものなんですが。その件に関してお礼を言いに伺ったのですが……宮司さんはお手すきでしょうか。」

「ああ、かしこまりました。それでは呼んで参りますので少々お待ちください。」


そういって神職さんはぱたぱたと裏に消えていった。しばらくして、横の砂利道の方——絵馬かけの小路だ——から桐畑が姿を現した。


「あぁ、来客と聞いてみれば昨日のお嬢さんじゃないか。うんうん、例のあの子どもも満足したと見える。お前さんにひっついていた必死な小僧が消えていなくなっておるぞ。」

「えっ、そんな風に見えていたんですか。……と、その件は本当にありがとうございました。こちら、お礼に。」

「おやまあ、わざわざ。有難くいただくとしようか。それで、そちらの親御さんは話がありそうですな。部屋へ案内しますのでこちらへどうぞ。」


え、と横を見てみるとなんとも奇妙な顔をしている母の顔が見えた。ここまで来て、まだ納得していないのだろうか。境内を横切って、昨日通された和室へと上がらせてもらう。今回はあまりバタバタしていないようで、巫女さんがお茶を出してくれた。


「それで、お嬢さん、きちんと親御さんには話をしたのかな? 」

「はい、一年前の発端から今までの事を、全部。」

「それで親御さんは一体全体どうしてそんなに複雑な顔を? 」

「……まさか、自分の娘がよくわからないことを言い続けている上に神社さんとお寺さんまで巻き込んで、何が起きているのかわからないんです……。」


ぼうっとしたような感じで母は言う。まだ考えあぐねているようなどう判断したらいいのか決めかねているような、不安定な感じを受ける。


「ほうほう。『よくわからないこと』ですか。なるほどそう思うのも無理はありますまい。普段から馴染みのあるものではないですからな。」

「……はい。」

「しかし、実際居てしまうのですよ、そういうものも。人というものの想いがもとになっていることが多いですが、精霊のようなもの、神に近しくなったもの。様々です。現に、この社にもいるのですよ。そういう精霊というものが。」

「神様ではなくて、ですか? 」


母は怪訝そうな顔をしている。うむ、と頷き、続ける。


「強い想いや長年蓄積されてきた想いというものはなかなか消えぬものです。それらが稀に、姿形を取り影響を及ぼすこともある。

ここの神社にも、そういう神ではないが信仰され手厚くされているものがありますからな。鎮守の岩や杜などがそうです。想いだけでそうなのだから、もともと人自身であったものならばより実体を得やすいと考えることもできよう。

……お嬢さんに懐いている子は、今でいうと小学校低学年くらいのお子さんです。死する時に想った無念なことなどいくらでもあったでしょうな。だからこそ強い念をもってしてお嬢さんのところに居続ける、と。」


「な、なんで娘がそんなものに」

「そんなものと仰いますな。……その子がお嬢さんについている理由は、私は存じ上げん。この後行く九搵寺の笹村が存じておることでしょう。」

「そうですか……。」


ほ、と息をつく。


「しかし、一つお伝えしておこう。今回の一件はお嬢さんのみでなくこの十科神社の宮司と九搵寺の住職笹村が確認をして一致した存在だ。疑うべくもなくお嬢さんのもとにいる子だ。我が子を疑って疑心暗鬼になるのはもうよしなさい。」

「…………はい。」


涼子、疑ってごめんね。と隣から抱きしめられる。普段そういうことなどしない母だけに、思いもよらず驚いてしまった。その様子をうんうんと生暖かく見られているのがまた気恥ずかしくて、「人の目があるんだから帰ってからにして! 」と引きはがしてしまった。


宮司さんも暇なわけではないのだろうし、昨日からの一件と今日の助力の礼を述べ神社を辞した。……さて、次は九搵寺だ。心なしか母の距離感がおかしいことになっている気がするがそれは意識しないでおこう。

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