第4話 嘘と言って
涼子は暮れなずむ夕日に照らされながらとぼとぼと帰路につく。昼休み後の数学の授業に出なかった事を教師にこってり絞られていたのである。理香も理香で、向こうは古文の教師にみっちりと小言を食らっていた。
一人ゆっくり歩いて帰る家路だったが、夕日に照らされてぽかぽかと背中が暖かい。理香のおかげで心に余裕もできた。きっときわちゃんは今日、姿を現してくれる、そう信じている。
それというのも、理香と話した時に思い出したのだが、一昨日は随分頑張って声を絞り出して話してくれていた。その疲れが出て、昨日は出てこられなかったのだろうと二人であたりをつけたのだ。だから、今日はきっと出て来てくれる。きちんと話をしてくれるだろう。そう期待に胸を膨らませていた。
〇
カチ、コチ、カチ、
「………? 」
帰宅しすぐに部屋へ戻ってきた涼子は、目の前の状況を処理しきれないでいた。ただただ静かな部屋に、時計の音だけが響いている。
夕日の橙色に染め上げられて目に映ったのは、まぎれもなく昨日買ってきたお菓子——の空き袋。つまりごみ。それが五つ程転がっていた。
「……誰か、食べるような人いたっけかな? 」
そう思わず口から零れ落ちた。幸い全て食べきられているので食べかすなどはまるきり無かったので掃除は楽そうだが、それはそれで恐ろしい。食べかすくらい残るだろう、普通。とりあえず窓が開いていないか確認。机に入れてある貴重品類——も、大丈夫。家の戸締りを確認して一周周ってみるものの、異常なところはない。
一体、誰が。
ふとその時、あの転がっていたお菓子の袋を思い出す。どうしても手で開けられなかったような、噛みちぎったかのようによれよれになった袋の開け口。——まさか。
涼子は自室へ戻り、ごみもそのままにクローゼットを開ける。するとそこには、紙風船をぽんぽん投げては遊ぶきわちゃんの姿があった。
〇
「…………。」
「………………? 」
「あ、いや、紙風船はいらない。それあげる。」
まだ夕方なのに何で、と思考が固まっていた。この時間帯にきわちゃんがクローゼットにいるなど今までには無かったことだ。それが突然、何故。
「……はっ! きわちゃん、ちょっと待ってて! 」
疑問符を浮かべるように小首をかしげたきわちゃんを一人クローゼットに残し、一階のキッチンへと駆け下りた。ジュースをひっつかんでは取って返す。
「はいこれ、飲んで! 」
甘いよ美味しいよ! とセールスのように勧める。自らもコーラを一本ごくごくと飲む。きわちゃんに渡したそれは、グレープ味の炭酸飲料。有名なメーカーのものだ。誰でも知っているような代物だったが、きわちゃんはそれを物珍しそうに眺めている。
「まあまあ、一口飲んでみなって。美味しいんだから。」
すると意を決したようにこくりと頷いて、ごくりと飲みこむ。あっと思ったときには炭酸のしゅわしゅわを何らかの異常事態だと思ったらしく、喉元を抑えながら何でこんなことを、と言わんばかりの瞳で見つめてきた。
「違う違う、それ、安全! なんなら私のも飲む⁉ こっちも美味しいよ! 」
「……ん! 」
とりあえずグレープとコーラを交換して飲む。コーラに口をつける前に、ゆっくり、ゆっくり飲むんだよと釘をさすことも忘れない。
きわちゃんは言われた通りにゆっくりとペットボトルを傾けて慎重に飲み込む。こくり、と一口飲み終えたころには新食感に目を輝かせていた。
「ね? 美味しいでしょ。あと、喉潤ったんだから喋れるでしょ? 」
「……ぅん。おいし かった」
「それで、なんできわちゃんはこんな時間からいるの? 」
一番気になっていた事を単刀直入に聞く。でないとなんだかんだ流されて聞き損ねてしまいそうだ。
「……ぼく、いつも、ここ、いる」
「え? きわちゃん、ずっとここいるの? 」
「ん。」
「朝から晩まで、今までも? 」
「ん! 」
肯定するきわちゃんは非常ににこやかな顔をしているが、一体全体どうなっているのか涼子の脳みそはフル回転だった。……じゃあ、今までの「きわちゃんの縄張り」は一体何だったんだ? それに昨日姿を現さなかったのは……? いやそもそもそれって朝の着替えやらなんやらも見られていたというわけで……?
涼子はお菓子のごみとクローゼットとの間で頭を抱えた。
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