第3話 腹が減っては戦ができぬ
ある可能性に気が付いた涼子は、その後きわちゃんに確認を取り間違いないことを確認し、翌日の放課後に近くのスーパーへ来ていた。メモを見ながらぽんぽんと商品をカゴに入れていく涼子。すでにこんもりとカゴ二つ分の山ができていた。
母である裕子はそれで娘が落ち着くのならばと涼子の「お願い」を受け入れてここまでやってきたのだが……本音を言えば少々後悔している真っただ中だ。まさかこんなことになるとはいったい誰が予想できようか。うちには幼児もいないのに知育玩具やら折り紙やらぬいぐるみやら、言葉の通り山のように積まれたお菓子やジュースの山……。——支払いはいくらになるのだろう、その前にこれは悪化しているのだろうか、と。
しかしメンタルクリニックでの己の発言を顧みると、やっぱりダメ、そんなものはいないんだから等と今更言うのも気が引ける。そんな母の葛藤に気づかぬままに涼子は「うん、これでよし! 」と満足していた。
これで少しはマシになる、あの子も元気が出るはずだ。もしあの子の気に入らないようなら私が自分で食べればいいだけだし……そもそも食べてもらいたいんだし……そう考えてお菓子の比率が多めになっている。
スーパーのLLサイズの大袋三つを持って、もう夕日も完全に落ちようかという頃に親子はようやく家路についた。
〇
カチ、カチ、カチ。
また今日もあの時間が迫る。午後十一時。きわちゃんの縄張りだ。今日は買ってきたペットボトルの水に、大量のお菓子。それに折り紙で作った紙風船に風車。万全の用意を済ませて待ち受けている。
推測が正しければ、きっとこれできわちゃんはもう少し元気になる。喋れるようになる。——そうしたら、なぜここにいるのか、名前はないのか、聞いてみよう。そう涼子は意を決していた。
ブブブとアラームが鳴る。今日も十一時を迎えた、いざ! そうしてクローゼットを開けるとそこには——きわちゃんは、いなかった。
〇
「はぁーあ……。」
翌日の昼休み、良く晴れた空の下で友人と昼食を摂っていた涼子は、思わず長いため息を吐いた。
「どうしたの涼、最近元気ないじゃん。」
「ん——……ちょっと悩み事があってさ……。」
「ん? なになに、恋バナ? 」
「いやいや違うよ! うんと……近所の子の話。」
「近所の子? どうしたんよ。なんか変なの? 」
「それがさぁ、いつも半袖短パンで、痩せこけていて、元気が無くて、水をのむとやっと喋れるっていう状態の子がいたんだけど、毎日見かけていたその子が昨日は見当たらなくて……。」
「ちょいまち」
「? 」
「それ児相案件じゃん。児相に連絡したの? その子、ついに餓死してましたとかいう事態になってるかもよ。ちょっとそれまじでやばいって」
涼子は後悔した。つい、座敷童がどうこうとか言うと引かれると思い、安易に近所の子として話してしまった。そしてそれを聞いた友人——理香は本気で児童相談所の電話番号を調べ始めている。
「あった、涼これ見なよ、電話番号みっけた! するなら今だよ」
そうぐいぐい携帯電話を押し付けてくる理香をどう説得したらいいだろう。児相に電話しなかったらしないで駄目だと言われそうだし。したらしたで虚偽申告になる。これは、もう取るべき決断はただ一つ。
「あのね理香、ちょっと聞いて——。」
そこで、昼休み終了十分前の鐘が鳴る。しかしそんなことは気にも留めず、二人で話しを続けた。
〇
「まっじかぁ——……。」
「まじ。まじよりのまじ。」
やはりぽかんと口を開けて理香は驚いている。
……頭おかしい奴と思われるかな。メンタルクリニックの母の言葉がよみがえる。
「頭がおかしい」「どこか変なのだ」
それを今理香も思っているかもしれない。そう思うと怖くなってきて、つい口が勝手に動き出す。
「あはは、頭おかしいよね、私。気にしないで、大丈夫だから。理香も無理しないで、嫌だったら明日からお昼別々にしてもいいし。私——」
「ちょいまちちょいまち! だぁれがそんな事言うよ。確かに『あれ? この子不思議ちゃんだっけ? 』とは思ったけど。」
「思ってんじゃん~~——! 」
「まあまあ落ち着けし。私も秘密教えるから。私さ……幽霊、いると思ってんのよね。」
「幽霊? 」
「うんそう。幽霊。でも生きてる人間より死んだ人間の方が多いから、絶対ネタにされてると思うんだ。ディスイズアペン! とかやってる時には絶対アメリカ人が後ろで爆笑してるね。そうやって私らは幽霊の中で生きてると思ってんの。」
「それは……随分楽しそうだね。」
「でっしょー? だからさ、座敷童だって当然信じるわけよぉ! だから涼、そんな自傷するようなこと言わないでよ、次そうゆうこと言ったら私にも刺さるんだって理解しておいて! 」
「……理香ぁ」
「あーもうほら泣かない泣かない! お前はよく頑張った頑張った! 」
がしがしと雑目に滲んだ涙をぬぐってぎゅうとハグをくれる。良かった、信頼していた友人はやはり信頼するに足りる人だった。
どっとあふれ出てきた安心感と心地よい人肌のぬくもりに浸る。授業何てどうでもいい、今はただこの空間に包まれていたかった。
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