第2話 「彼」の正体

 翌日、再び涼子はクローゼットの前に陣取っていた。昨日初めて喋った時は「飲み物が欲しい」と言っていたのでペットボトルと、一応グラスも用意してある。こちらは話したいだけなので、今回は塩やら札やらは遠ざけておいた。


ふと、今日は天気がいいからと布団やらどこかしこにやたらめったらファ〇リーズをかけてしまったのだが大丈夫だろうか。そんなことを思い出していると、ブブブとアラームが鳴る。午後十一時……「『彼』の縄張り」だ!

勢いよくクローゼットを開ける。


「きわちゃん! 」

「……! 」


するとやはりこちらを正面にする形できわちゃんは座っていた。今日もばっちり目を合わせて話せているのが嬉しいのか、少しはにかんで見上げてくる。


「きわちゃん、お水いる? 」


そう問いかけてみるとこくこくと頷いている。やっぱりこの幽霊、なんだか素直で可愛い。小さくて細い子だから余計なのかな。

そんなことを考えながらお水を飲み干すのを見守る。どうやらペットボトルのままイケるらしく、ごっごっとでも音がしそうなくらい勢いよく飲んでいる。飲み終わるのを待って、涼子は問いかけた。


「ねえ、きわちゃん。もっかい聞くね。きわちゃんは幽霊なの? 」

「……ぅう、ん。」


横に頭をぶんぶん振りながら否定する。じゃあ何だろう。……今日この調子だと喋れるかな。

昨日今日の様子から見て、どうやらこの子どもは喉が潤うと比較的喋れるということに気が付き、会話を振ってみる。


「じゃあ、きわちゃんは一体何なの? 」

「……くは、ざし、ぃわらし! 」


ざし、いわらし。きわちゃんは相当頑張ったのか、ぜえぜえと少し疲れたような様子を見せている。それにしてもざし、いわらし、ざしいわらし、ざしいわらし……その響きに最も近いものと言えば、ただ一つ。


「……きわちゃん、まさか……座敷童なの? 」

「ん! 」


嬉しそうに首を縦にブンブンと振っている。幽霊じゃなくて、座敷童。ただ居ることでその家に福を呼ぶというあの座敷童であるらしい。……一体どういうことだろう? しかしそうはいってもウチはそう裕福なものでもなんでもない、一般家庭だ。そして今現在、まったく裕福になる兆候もない。


「きわちゃん、ここにきてどれくらい経つの? 」

「ぃちねん。」

「わぁ——まじかぁ。」


とすると初めてきわちゃんを見かけたのが高校入学してすぐだったから、丁度一年ほどになる。つまりしょっぱなからきわちゃんを認知できている唯一の人間が私と言うことに……。


しかし、所謂『座敷童』というものの概念から大きくかけ離れた見た目をしている気がするのは思い違いだろうか。座敷童って、着物を着た子どもで、悪戯好きで、毬を持っていておかっぱでほっぺたが赤くふくふくしていて……。それと比べてみると、きわちゃんはまるで夏の小学生のような恰好をしている。半袖のポロシャツに、半ズボン。白い靴下。袖から覗く四肢はやせ細り枯れ木のような印象だ。


「本当に、座敷童? 」

「ん! 」


あ、ちょっと怒った。疑われたのが不快だったのだろう。しかし一般的イメージとはあまりにも異なる。出てこられる時間はわずかだし、現代風の装いで痩せている。水を飲まなければ喋ることもできないし、悪戯をすることはまずない。


——言ってしまえば元気、いや体力がない。


涼子はふと閃いた。『体力がない』『印象が違う』それは、その原因は、もしかしなくてもあれじゃあないのか———。

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