四年越しのさようなら

絶耐糖度

四年越しのさようなら

 明日は四年に一度連絡橋が、我らが父なる惑星へと通ずる日である。

 

 私は宇宙開発に携わっており、現在進行形で宇宙機関専門機械整備士としてもうかれこれ二十年程働いている。とは言っても常にここにいる訳では無く、他の機関へ渡航したりもする。

 

 私は初めて地球へ帰った時に結婚した。相手は訓練施設で偶然出会った若い女だった。十三年前に娘を授かり、私は妻と考えに考え二人の名前から一文字ずつ取り「希望」と名付けた。

 

 前回に会った時はまだ小学生だった。私に飛びついて来て、暫く泣いていた。辛い思いをさせてしまっているな、と私は痛感した。

 

 妻は私と同じ宇宙に関係する仕事をしていたが、危険な仕事では無かった。宇宙で使う機械や実験装置を、主に地上で設計・開発していた。彼女はその実験中に事故で命を落とした。その時娘はまだ死なんて理解出来ない程幼かったから、母親の記憶は無いようだった。

 

 〜

 

 連絡橋が地球の接続機構へ近ずいてきた。

 

 前回からどれほど成長しただろうか。もう私に抱きついて来はしないだろうか。それは少し寂しいな。saik"oの思い出を作ってやらなければならないな。私はそんなことを考えながら地上に降りた。

 

 外へ出るとすぐに、私を見つけた娘が駆け寄ってきた。

 

 「久しぶりだな、希望。元気にしてたか?お前、中学生になったんだろう。友達は沢山できたか?勉強はしっかりやってるか?榊さんとはうまくいっているか?私が居なくても、寂しくはないか?」

 

 「もう、お父さん、いっぺんに喋りすぎ。寂しかったのってお父さんでしょ?お母さんが居ないからって、私ももう中学生なんだよ?そんなに心配しなくても大丈夫。掃除も洗濯も、料理だってできるわ。それに榊さんがいるじゃない。」

 

 「ああ、そうだ。でも私は心配なのだよ。お前を一人で置いておく事に変わりはないのだから。」

 

 「ん、分かってるよ。お父さんが私の事大好きな事もいっぱい心配してくれてることも。」

 

 本当にいい子に育ったな。感慨深い。

 

 どうしようか、まだ昼には少し早いが何か食べようか、そう思ったが私は地球の店など対して分からない。

 

 「なあ、希望。お腹は減らないか?何か食べに行こう。好きなものを選んでいいぞ。コースにするか?」

 

 「うーん、なんでもいいの?じゃあ私、お父さんの料理が食べたいな。」

 

 「そんなのでいいのか?前回だって家で作ったじゃないか。遠慮なんてしなくていいんだぞ?」

 

 私は料理はするが特段上手いという訳では無い。妻は生前、私の料理を食べる度に、不味くはないが味が生きていない、と言っていた。

 

 「ううん、お父さんのが食べたいの。」

 

 そんな笑顔で言われては、私も作らない訳にはいかない。

 

 「ほう?では、腕によりをかけて作らなければいけないな。」

 

 「私も手伝うよ。」


 「そうか、よし。なら私が一番得意なNo.s28でも作ろうか。」

 

 〜

 

 「「いただきます」」

 

 二人の声が重なる。今日は私がいるので榊さんはお休みだ。今頃私の伝えた計画の為に、せっせと働いてくれているだろう。彼女は優秀だ。私が教育を受け持ったのだから当たり前か。

 

 これは娘も知らないことだが、私は教師をしていた。勿論普通のでは無く、宇宙での人類繁栄の為の第一世代実験なのだが。

 

 「───?、ねえ、お父さん!」

 

 娘が私の顔を覗き込んで怪訝な顔をしていた。

 

 「お、おう。どうしたんだ?」

 

 「それは私のセリフ。お父さん今怖い顔してたよ?今日は私とゆっくり過ごせるんでしょ?大丈夫?」

 

 「ああ、済まないな。ついうっかり、仕事の事を考えていた。」

 

 本当は違う。私は、私の為の私だけの為の、「計画」について、考えていたのだ。

 

 「もう、お父さんはお仕事お仕事って、いっつもじゃない。今日だってやっと四年振りに会えたのに...」

 

 娘を怒らせるのはこれで何度目だろうか。前回も同じように、話を聞いていなくて叱られた。ダメだな私は。この歳になって何も成長などしていない。本来は謝るべきなのだが。

 

 「.........」

 

 「もういいわよ。だから、この後はちゃんと付き合ってもらうんだからね!」

 

 〜

 

 「えへへ〜」

 

 大きな還元素材の買い物袋を抱き抱えて、希望の顔が緩む。

 

 「す、凄い沢山買ったのだな。全部で幾らなんだ...」

 

 私の仕事は比較的給料が高い方ではあるが。

 

 「だってお父さんが買ってくれるって言ったでしょ?だから欲しかった物の殆ど、今日買っちゃたっ」

 

 「ははは、まあお前が喜んでくれるなら、私は金に厭わんよ。満足してくれて良かった。」

 

 「ありがとね、お父さん。所で、お父さんは何買ったの?」

 

 希望が私の抱えている袋に興味を移した。私は今日、娘の為に日用品や社会人としての作法、金の使い方などの本を買っておいた。

 

 「ん?これはお前にな、色々と買っておいたのだよ。きっと役に立つはずだからな」

 

 生きていく知識があれば、後は榊さんが見てくれるだろう。そのうち経験もつく。数十年生きていく分には困らないだけの貯金も、実は既に貯めてある。

 

 私が信頼して全てを託した榊さんが、娘の面倒を見てくれる。

 

 〜

 

 腕時計に設定したアラームが鳴った。もう帰らばければならない。

 

 私は娘と共に連絡橋の接続機構へと、向かう。つい繋ぐ娘の手を強く握ってしまう。

 

 着くと、私と共に乗り込む作業員が数人、既に集まっていた。私も早く乗り込まなければいけない。荷物や作業道具は置いてきたから、私が持っていくものもない。

 

 私は最後に、娘へ別れの言葉を掛けた。

 

 「では、私はもう行くよ。元気で、いい子にしているんだぞ。」

 

 娘はゆっくりと私に近づいて、抱きついてきた。

 

 「じゃあね、お父さん。また四年後。私、待ってるよ。また四年間、ちゃんと待ってるからね。」

 

 語尾が湿ってきて、娘は黙って俯いてしまった。

 

 「大丈夫だ。お前はもう中学生だろう。私が思っていたよりも、随分としっかりやっている。良い友人も沢山居るようだし、勉強だって私が同じ歳の頃より出来ている。お前は頑張り屋さんだからな。それに、榊さんもいる。何か困ったらすぐに相談しなさい。必ずお前の助けになる。宇宙では電話は出来ないが、私はこの空の上にいる。では、な。」

 

 私は軽く、娘抱いて背中を叩いた。

 

 「..................」

 

 すまない。

 

 私とて娘と別れたい訳では無い。行かなければ行けないのだ。

  

 また四年後の今日、彼女は私に会うことを待ち望んでいる。早くして亡くなった母の代わりに、働き尽くしで相手をして貰えない父に、唯一甘えられる日を。


 あの子は4年後の今日、気づくだろう。私が既にいないことを。


 私はこれから、私の妻を殺したもの達へ、制裁を与えなければならない。済まない、娘よ。あとは頼んだ、榊。

 

 全て手筈は整った。四年後、あの子は榊によって私からの手紙を受け取っているであろう。とても残酷なことをしたと思うが、私は後悔はしていない。これであの子は、あの子だけは守られる。


 繰り返すが、榊はとても優秀で使える人間だ。私と妻の結晶を、やっとの思いで作り上げた、最終兵器を、きっと守り抜いてくれるだろう。あの二人さえいればもう、この世界に私は必要ない。あの子さえ残れば、私など使い捨て同然の道具でしかない。あの子は私たちの、「希望」なのだから。


 しかし、もう少しだけ娘と話したかった。たったこれだけで足りるわけが無い。あの子にはこれからもまだまだ大人の支えが必要だ。だが、私は............。

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