四年に一度の、特別
砂塔ろうか
四年に一度の、特別
その日は国を挙げての祝祭が行われていた。
毎年、冬至の日に催されるその祭りの名は生誕祭。建国の英雄にして偉大なる魔術師の誕生を祝うものだ。
「かの偉大な魔術師さまは馬小屋で誕生した、と言い伝えられているんです。ですから、この日はみんなで馬乳酒を飲むならわしになっています」
「……そ、そうなんだ」
「ですからですから勇者様っ! さ、ぐいっと一杯」
「いや、でもまだ未成年だし……」
「ここでは関係ありませんよ。生誕祭で振る舞われる馬乳酒は言葉を覚えたばかりの子供だって飲むんですから」
そんな会話をしながら、二人の男女が生誕祭でにぎわう町の一角を歩いていた。男は逃げるように。女はそれを追いかけるように。
「いや、でも」
「なんですか? 私たちには自分の世界の文化布教しといて、勇者様は私たちの世界の文化に馴染む気がないんですか? 危険な魔物倒して岩塩を持って帰ったほうがみんな喜ぶのに日がな一日家に引きこもってマヨネーズ作りに勤しんでた勇者様は言うことが違いますね」
「ああもうっ! 飲むよ! 飲むからその話はやめにしてくれ!」
そう言うと勇者は魔術師の手から盃のような形をした平たい入れ物をひったくり、そこに注がれた白濁色の液体を口にする。
強い酸味と独特の臭い。どちらも、勇者には慣れないもので本能的にえずきそうになる。
「――っ」
しかし、勇者は飲む。
人には負けられない戦いがあり、勇者にとってのそれは、まさに今、この時だった。
「よ、よし! 飲んだ! 全部飲みきったぞ!」
完飲した勇者の表情は魔王の幹部を打ち倒した時のそれにも匹敵していた。
おおげさだなあ、と内心思いつつ、魔術師は拍手する。
「では、もう一杯いきましょうか。勇者さま」
「へ?」
「この馬乳酒は年齢に応じて飲む量を変えるんです」
節分の豆みたいなものか、と勇者は現実逃避気味に勇者は思考する。
「で、勇者さま、たぶん今17、18くらいですよね。来たときは14歳。今年で4年目なのでまあ、だいたい」
「……そうだね」
「なら、9杯です」
「9杯!? いやいやいや肝臓が死ぬ!」
「加護があるので平気ですよ。元々、度数もそんな高くないし生誕祭の馬乳酒はけっこう水で薄めてあるので。さあ」
「……う」
「ちなみに1杯は3歳児が飲む量です。あと、私みたいな長寿種族だと100杯を前夜祭からちびちびと飲み続けることになります」
「わ、わかったわかった。飲む! 飲むから! 圧はやめよう! 同調圧力、ヨクナイヨ!」
「なんで片言になってるんですか……まあ、私も少しやりすぎた気はしますが」
「そんじゃどんどん寄越せ! どんとこい!」
ヘンなスイッチを入れてしまった……。内心反省しつつ、魔術師は勇者に馬乳酒を渡した。
「――ふぅ」
「お疲れ様です、勇者さま」
町の中心部にある大きな宿の一室。そこには魂の抜けたような表情の勇者と彼を労う魔術師の姿があった。
魔術師はベッドに座り込む勇者の肩を揉みながら、言う。
「大丈夫ですか? 勇者さま……ごめんなさい。まさか対毒、対幻覚の加護を持つ勇者さまがお酒関連の加護をまったく持ってないとは思わなくて……」
「い、いや……まあ仕方ないよ。お酒を飲んだのは今夜が初めてだったんだし」
「……たしか、勇者さまの世界では20歳になるまでお酒を飲んではいけないことになっているんでしたね」
「ああ。国によって事情は違うらしいけど、僕の生まれ育った国はそうだった。この世界と違って加護が存在しないから……」
「なんだか不思議な世界ですね。加護が存在しないなんて……ということは魔王もいないんですか?」
「魔王どころか魔物だっていないよ」
「へぇ! それはそれは……」
「どうしたの?」
「いえ、魔王や魔物が存在しない世界を想像してみたんですが……それほどいいものでもなさそうですね」
「そうだね。人間同士の争いがないってわけじゃないし」
二人の間に沈黙が訪れる。
しかしすぐに、魔術師が打ち破った。
「じゃ、じゃあ物理法則とか、自然現象とか、そういうことの話が聞きたいです!」
「……?」
「勇者さまの世界のことですよ。前に言ってた、『月は一つしかない』とか『この星は回っている』とか、そういう話です」
「あ、ああ……それじゃ、ちょっと、求めてるものとは違うかもしてないんだけど、」
「どうぞ」
「僕の世界では、四年に一度、一日増えるんだ」
「増える、とは?」
「そのまんまの意味だよ。普段は356日なのが、四年に一度のうるう年では366日になる」
「へぇ、面白いですね」
「でしょ? で、僕が生まれたのはその、増えた一日の夜明け前だったんだ」
「ということは……誕生日を迎えられるのは四年に一度だけだった?」
「そういうこと。普段はその時期の別の日に誕生日のお祝いをしていたんだけど、本当の誕生日がやってくるのは四年に一度。自覚はなかったけれど、そのことについて僕は内心、誇らしく思ってたんだ。
でも、この世界にうるう年は存在しなかった。年の神の加護によって一年の日数が一定に保たれているこの世界に、余分な一日の入り込む余地はなかった。
……不思議な話なんだけど、それが少し寂しく思えるんだ。それを今日、生誕祭の由来を聞いているときに思い出した」
「…………」
「ごめん、変な話して。そういう話じゃないよね」
「でしたら、私が祝いますよ」
「え?」
「四年に一度の特別な、勇者さまの誕生日を。この世界に存在しない一日をあげることはできませんが、四年に一度という特別なら、あげることができますから」
勇者をぎゅっと抱きしめ、魔術師は囁くように言葉を紡ぐ。
「だから、そんな寂しそうな顔はしないで下さい」
「……見えてないくせに」
「四年ですよ。四年もあれば、そのくらい、見なくたって分かります」
「そっか」
「ええ」
勇者の頬を雫が流れ落ちる。
その雫を魔術師は指先で拭い取り、言った。
「……まったく、相変わらずですね」
かくして、勇者と魔術師の夜は更けていく。
四年に一度の、特別 砂塔ろうか @musmusbi
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