サリティエール運河の奴隷船
松平真
第1話
わたしは船にゆられていた。
船は大きなものではなかったから、その揺れはすぐにわたしを気持ち悪くしたけれど、もう日が8回も上って沈むぐらい乗っていたら馴れてしまった。
船はたぶんサリティエール運河をゆっくり下っている。
サリティエール運河はわたしの住んでいたアランディールの森の近くを通っていてタンドスガル王国や、ムンダール共和国の間で物を運ぶのに使われているらしい。
『たぶん』といった理由はわたしはこの船がどこを通っているか教えられていないからだ。
『らしい』というのはわたしがアランディールの森から出たことがなかったからだ。
わたしはチュール・アランダムガル。
まだまだ小さい…ヒトの暦で26歳(日が沈む回数が372回で1年と呼ぶ)のエルフ。
そして、今この船の積み荷で…この船の船員には商品、と呼ばれていた。
わたしが商品になってしまったのは、川に水汲みに一人で行ったときに後ろから羽交い絞めにされてそのまま袋に入れられてしまって気が付いたら船に乗っていた。
わたしにわかるのはそれだけ。正直これからどうなるかはまったくわからない。
わたしは船の中でも一番奥まった部屋に押し込められていた。あまり広くはない…。きっと大人のエルフだと足を伸ばして寝ることができるかどうかといったぐらい。
人生…たとえエルフでも単語は同じだ…はじめての船乗り生活の始めは不安で頭がおかしくなりそうだった。だって家に帰れるかもどうなっちゃうかもちっともわからない。
だけど最近は楽しみができた。
わたしの食べ物とかを持ってきてくれるヒト族の女、リィルと会うことだ。
足音が聞こえる。他の船員たちのどたどたうるさい音じゃない。リィルだ。
軽く手櫛で髪を整える。水浴びはもちろんできていないのだけれど、せめてこれぐらいはしないとね。
鍵を開ける音がして、ドアがゆっくり開く。
黒髪を肩ぐらいで不揃いに切っている女のヒトが顔をのぞかせる。
やっぱりリィルだ。
「昼食だ」
リィルはそれだけ言うと、麦粥の入った器を置いた。
「ねぇ」去ろうとしたリィルを呼び止める。
「もう船の上は飽きたわ。いつ降りれるの?」
「わたしは知らない。知っていても教えない」
一瞬目が泳いだ。知っているんだ。
こういったリィルの癖がすこしわかるたびにわたしはとてもうれしくなってしまう。なんでだろう。なんでだろう。
「あなたも知らないの?」
「オレみたいな下っ端に教えるわけないだろ。」
ぶっきらぼうに言うとバタンとちょっと(そうちょっとだけ!)乱暴にドアを閉めた。
リィルかわいい!
わたしはそう内心で歓声を上げた。
そして麦粥を食べ始めた。このマズさだけにはなかなか馴れない。胡桃や葡萄が食べたい。
あのエルフの娘はいったいなんだ、気持ち悪い。
奴隷世話係のリィル…リシェールはそうため息をついた。
なんで無理やり攫われたくせに、こうも嬉しそうにしているんだ。今までの娘たちは泣き叫ぶかずっと黙って泣いているだけだったのに。
いったいなんでだろう。
彼女はあまりよくない頭を巡らせた。
そうか。エルフだからだ。
リシェールはそれらしい理由を見つけ、納得した。
あいつら何年経っても見た目も変わらない化物だからな。俺たちヒトと違って当然だ。
あんな化物を買うなんて…金持ってるやつはわからん。そう嘆息する。
そして仕事に戻る。奴隷船はゆっくり考え事をする暇などないぐらいには忙しい。
リシェールは名も知らないエルフのことを頭から締め出し、歩みを速めた。
サリティエール運河の奴隷船 松平真 @mappei
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