愛しの君へ
六等星
CRY
「ようこそ、天界へ」
俺、神ノ荒野は、目を覚ますと光に包まれた世界にいた。
そこには美しい翼をもった女性がいた。
「私は天使。ここへ来れた死者の最後の望みを叶えるのが役目。さあ、あなたの望みを言いなさい」
天使は俺に微笑みかけながらそう言った。
――そうだ。俺は今朝、車に轢かれて死んだんだ。
そう。俺は死んだ......。
俺は事切れるその瞬間、彼女の由美の事を考えていた。
......最後に別れを言いたかった。
「付き合っていた彼女に別れを言いたい。」
自分でも愚かなのは分かっていた。
付き合って3年......。俺の心の中の彼女への思いは薄まりきっていて、ろくに由美と接しようとしなかったのに......。
死んでからこんなことを思うなんて我ながら嘲笑がこぼれてしまう。
「それがあなたの本当の望み?」
なおも天使は微笑みながら俺に尋ねる。
「ああ。この望みが叶うなら俺は何だってできる。」
――「ごめん。じゃあな」 由美にそう言わなきゃ死んでも死にきれないから......。
「分かりました。ではあなたを2月29日の現世へ送り届けます。ですが1時間......あなたが死ぬまでの1時間だけです。そしてあなたはあなたではない存在として、現世へ降り立ちます。そして望みが叶わなければ永遠にその時間を繰り返す......。それでも、あなたの願いと彼女への思いが本物であれば......望みはきっと叶うでしょう。」
天使がどこか祈るように俺にそう言った。
もう一度チャンスが巡ってきた。......こんな俺に。
――絶対に無駄にしない。絶対に由美にもう一度会うんだ......。
「望み、願う者に......どうか神のご加護を」
天使がそう言うと、俺は目映い光のなかに包まれた......。
※※※
もう何回この2月29日の運命の1時間を過ごしたのだろう......。
天使の言う通り俺はこの数百回、あらゆるものになって蘇った。
ある時は犬になって彼女に会い、思いを伝えようとしても伝わらなかったり。
ある時は指名手配犯になって、彼女に会った途端に警察に捕まったり。
ある時は運転中の会社員になって、車で由美を探したこともあった。
その時はあろうことか見知らぬ女子高生を車で跳ねてしまった。
正直もう精神的に限界を迎えていた。
それでも俺はまた蘇る。
「今度は小学生か。」
目を覚ますと俺は黒いランドセルを背負っていた。
見慣れた町の風景は、以前よりも幾分か高く感じる。
「今度こそ由美に......」
そう呟きながら俺は近くにあった時計をみた。
「8時7分......時間がない。行くか」
そう言って俺はその小さな足で走り出した。
俺が死んだ午前9時7分、それまでに由美に会わなければならない。
数百メートル走ったところで周りを見渡す。
「由美は......あいつはどこだ?!」
焦りのせいか息を荒らしながらそんなセリフが出てしまう。
すると、
「いいじゃんか~! 俺らと遊ぼうぜ!」
「やめて下さい! 離して!」
路地の方からそんな揉め事をしている声が聞こえた。
――由美の声だ!
俺は声のした路地まで急いだ。
そこには数名の男に囲まれている由美の姿があった。男たちは由美を強引に連れていこうとしている。
――まずい......!
「こっち!」
俺は思わず由美の手を引き走り出していた。
「待てコラ! このクソガキ!」
男たちが鬼の形相で追いかけてくる。
今のこの小さな体では思った程の速度で走れず、今にも追い付かれそうである。
すると俺の目の前に踏切が見えてきた。
――あの踏切を使えば......!
俺は全速力で走り、あとほんの少しで下がりそうな踏切を越えた。
幸い男たちは踏切を越えれずこちらをじっと睨んでいる。
その隙にそばの曲がり角を越え、俺たちは男たちからなんとか逃げ切った。
「はあっ......はあっ......だ、大丈夫?」
息を切らしたままそう言い、由美の方を確認する。
だが彼女は息を切らしたまま不安そうにして、何も言葉を発しようとしなかった。
――どうすれば......。このままじゃ由美と話すのは難しい......。
そういって策を模索していると、俺はすぐそばにコンビニがあるのを目にした。
「ちょっと待ってて!」
由美にそう言って俺はコンビニに駆け込んだ。
そんな俺を由美はきょとんとした顔で見つめていた。
――と言ったものの、今の俺は金を持ってるのか?
そう思って持ち物を確認してみる。
すると小さな財布を見つけた。
その中には3枚の100円玉があり、チャリンと音をたてていた。
「これだけあれば買えるな」
そういって俺はお菓子コーナである商品を捜した。
「あった!」
俺はそこにあったコーラグミを取り、会計を済ませて由美の元へ向かった。
「ほら、これやるよ。お前大好きだろ?」
そう言って待っていた由美にグミを渡す。
「......え?」
由美は何が起こったかわからないという顔でこちらを見つめてそう言った。
ここで俺は我に帰った。
――忘れてた......!今の俺は由美の知らない小学生なんだ......。こんな不自然な事をしたら由美に不信がられる。そうなればさっきより話すのが難しくなっちまう......。
そんな事を考えたが、次の瞬間には俺の頭は真っ白になっていた。
「もしかして......こーくん......なの?」
――え? ......今、なんて?
「な、何で......」
「やっぱりこーくんなんだね! そう......なんだね。......あ、会えて嬉しい......!」
唖然としている俺に由美は涙でくしゃくしゃになった笑みでそう言った。
「何で俺だって......わかったんだ......?」
俺は思わず由美にそう尋ねてしまった。
「私ね......こーくんがずっと私に会おうとしてくれてるの知ってたんだ」
「......え」
「実はね私今日この後、1度死んだんだ」
――な、何言ってるんだ......?
「2月29日......4年に1度の日なのにその日は朝から運が悪かったんだ。野良犬が吠えてきたり、目の前で指名手配犯が捕まったり、こうしてたくさんの怖い男の人に絡まれたり。」
――待て......犬? 指名手配? それは......
「この後も何か悪い事が起こるんじゃないかって、そう考えてたら車に轢かれちゃったの。」
――車だって......? じゃあ、あの時の俺は......。
考えてはいけない事が頭を駆け回る。
犬、指名手配犯、それらは今まで俺がなってきたものだ......。
恐らく由美を殺した車も、あの時俺が......。
「それで目が覚めたら光の世界にいてね、天使さんに会ったんだよ」
――な、なんだって......?
「そして私の望む事を聞いてきたの。最初はもう1度こーくんに会いたいって願ったんだけどもう死んじゃってるって......私と同じ時間に死んじゃったんだって......そう言われた。」
「......そ、それで?」
「私より少し前にここに来たって言われた。......だから私の存在は失くなっても良いから彼を生き返らせてって、そう望んだの。」
――な、何を言ってるんだ......!
「そしたら天使さんは分かったって、あなたが彼に会って本当の事を言ったら叶うよって、それまであなたは彼と共に同じ時間を繰り返すよって。」
――やめてくれ......!頼む......!
「私こーくんの事が大好きだからそれで良かったの。こーくんのためなら何でも出来るもの。」
――お願いだ......!こんな俺なんかのために由美がそんな事をしないでくれ......。
「あ、後1分しかないや。」
彼女が時計を見ながらそう言う。
俺も時計を見ると、その針は9時6分を指していた。
「これ、こーくんが持ってて。」
そう言って彼女は自分の首からネックレスを取り、俺に差し出した。
「これ、こーくんが付き合って3年の日にくれたやつだよね。私、すっごく嬉しかったなぁ。」
そのネックレスを見た瞬間彼女との思い出が俺の頭を駆け回る。
「......だめだ!由美が消えるなんて俺は許せない!だから......受け取れない!」
俺が声を荒げてそう言うと、彼女は困った顔をして、
「えい!」
それを俺の首に無理やり掛けた。
「あ、もう時間だ。......いざってなると寂しいね。......でも私の分も幸せに生きてね」
彼女は笑いながらそう言うが、その目からは先程にも増して大粒の涙が溢れている。
――やめるんだ......!
「健康や事故には気を付けてね?」
――お願いだやめてくれ......!
「これで本当のお別れかぁ......」
――頼む......!俺はお前がそこまでしていいほどの人間じゃないんだ......!
「じゃあね」
「待っ......」
待って、そう言いかけた時には彼女の姿は無かった。
その後も俺の胸には彼女の最後の笑顔が焼き付いていた。
その瞬間に俺の意識はなくなった。
――――――
――――
――
「......ハッ!」
目が覚めると俺はベッドの上にいた。
ジリリリリとけたたましい機械音が部屋に響いている。
俺はその機械音を止め、大きく伸びをした。
――なんだかとても長い夢を見ていた気がする......。今何時だ?
そんなことを考えて先程止めた目覚まし時計を確認しようとする。
その時あることに気づいた。
「なんだ? これ」
見知らぬネックレスが俺の首に掛かっている。
なぜ俺がこれを掛けているのか分からない。分からないが、何かとても大事な物のように感じる。
そのせいだろうか、俺はそのネックレスを見つめ、
「......あれ?」
涙を流していた。
――こうして俺の短くも長い、4年に1度の日の1時間が幕を閉じた。
――終――
愛しの君へ 六等星 @rokuto_sei
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