本番の演奏

 文化祭当日、妹と一緒の登校時間になって、玄関を開けると、結月と日奈子がいた。

「久しぶり」

 と結月が言った。

「そうだね、久しぶりだ、ゆず姉。おはよう」

「準備はできてるかな?」

「もちろん」

 結月の芝居じみたセリフに、僕が親指を立ててノリよく返していると、

「なにやってるのよ」

 と日奈子が言った。

「バンドの練習するようになってから、お兄ちゃん少し変になっちゃんたんだよね」

「変とはなんだ」

「結月さんのことを、よく気にするようになったとことか」

 否定しにくいことを仁菜が言った。

「私のことを、気にしてくれてるの」

「そりゃ、当たり前でしょ。一緒にバンドやるんだし」

「またバカみたいなことを言い合ってさ。でも、わたしもお姉ちゃんたちのバンド演奏、楽しみにしてるから、しっかり気合入れて全力で素晴らしい演奏を聞かせてね」

 日奈子はすごくハードルの高い注文をした。

「もちろん、そうするつもりだよ」

 休み続けていたとは思えない、自信満々な表情で結月は言った。


「さっきのように、そして本番を楽しんで演奏しましょう。私も、この演奏を楽しむために練習して、申し込んで、しいさんと来未ちゃんと真一と一緒に、舞台の上にあがるんだから。

 じゃあ、手を合わせて。頑張るぞ、楽しむぞ。って言ったら、オーって言ってね。

 頑張るぞ、楽しむぞ」

「オー」

 と僕と椎と来未の控えめな声が、舞台の袖で発された。

 前の演奏が終わり、暗くなったステージの上で、キーボードの準備をし、ドラムセットは残しておいて、ギターとベースからコードの先をアンプにつなぐ。

 一曲目は、暗転した状態から始める。それがロックだよ、と結月が言っていた。

 椎が袖で合図を出し、再生が始まる、スピーカーからドラムの音が流れ始める。

 それが、僕らのバンドの始まりの音だった。

 リズムをとりながら僕がベースをならす。低い音がリズミカルに響き渡る。

 リズムに合わせながら和音を来未が鳴らす。高い音が鳴る。

 結月がギターの弦を弾く。甲高いエレキギターの音が響く。この最初のギターのリフがカッコいいのに。それを女の子がやっているから

 なぜ僕がボーカルなんだと、勇太をはじめとする僕の友達が笑ってブーと言う。うるさい、それ以上にカッコよく歌いきって見せるさ。


「どうも! どうも! 女の歌を男が歌うな、とお思いでしょうが、私に免じて許してください!

 はい、私たち、『月に手を伸ばすもの』です。よろしくお願いします!

 長々お話して演奏できないでいるのももったいないので、簡単に自己紹介したら次に行きましょう。

 まずは、私、MCとハンドサイン担当の椎です! よろしく」

 と言って、なぜか椎は3本締めをした。長い。

「次、ベース兼ボーカル。ガールズバンドかと思いきや、なぜかいる男。お前が歌うのか、真一!」

 微妙な紹介をいただき、ベースを鳴らす。

「次は男が歌ってカッコいい歌にしますので、ちゃんと聞いてってください!」

 半ばやけくそな一言を叫んでおいた。

「次、キーボード。知ってる人も多いかな。コーラスもやってます、来未ちゃん」

「よろしくお願いします。みなさんによかったと思えるように、私自身も楽しんで演奏しますので、皆さんも楽しんでってくださいね」

 堂々とした自己紹介だった。来未を知っている人も多いのだろうか、大きな拍手が上がる。

「最後、リーダーでもある、ギター担当、結月!」

 自己紹介を受けて結月はギターを鳴らす。何度練習したのだろうと言いたくなるほど派手に、カッコよく、それでいてきれいな音が響き渡る。最後に、ジャン、ジャン、ジャン、とお辞儀の音を鳴らして礼をした。会場中が拍手する。

 なんでこんな中で僕がボーカルをやっているのか。

「じゃあ、次の曲行きます。ボーカルがカッコいい歌です。この人に注目してくださいね」

 と言って、椎が舞台袖におりていく。そういう役割ではあるが、アドリブで僕に負担をかけまくってくる。

 ドラムの音がダン、ダンと響いたところで、僕が歌い始めた。


「新保~かっこいい~」

 と声が上がり満足した。言ってくれたのは勇太だったが。それでも僕らの歌に演奏にたくさんの拍手を送っていただいている。それだけで満足である。意外にも嬉しい。癖になりそう。

「では、次で最後の曲、ですが、オリジナル曲です」

 と椎が結月の前に立ち、マイクを片手に話す。

「サビはインストというすごーく攻めてしまった曲なんですけど、よかったら私と一緒に腕を振るなりしてくれると、盛り上がった気分になれて嬉しいので、よろしくお願いしますね。では、いきますよ。どうぞ」

 僕のベースから演奏は始まる。その上に歌をのせる。詩は結月が書いたもの。心を込めて歌う。


私の命は わたしのいのち

楽しい時には わらっていたい

つらいときなど ないほうがいい


一緒に笑う ひとたちとともに

ずっと笑って過ごしたいって

当たり前のことを 考えてます


 ここまで歌うと、椎が三拍子、手をたたき、腕を上にあげる。結月と来未が演奏を始めて、インストのサビである。ここでの目標は、ただカッコよく、である。カッコよく演奏がしたい、という結月の願いが詰まっている。


やりたいことを やっていたいし

仲良しな人の やりたいことも

一緒にやって すごしたいんだ


終わりがどこに あったとしても

それまで笑って過ごしたいって

当たり前なことを 祈っています


 もう一度、サビを迎える。僕と来未の演奏は変えず、結月のギターのみ、1番と少し違う音を鳴らす。

 それが終わると、結月が演奏を止め、僕の歌と来未の演奏である。


草木をかき分けた

新雪を踏みしめた

離れている君に大声で呼びかけた

宇宙の星々の光をじっとみつめた


鏡の向こうをのぞきこんだ

自分の声を録音して聞いた

口で吐いた息を鼻で吸ってみた


いろんなものを食べてみて

いろんなものを触ってきた

自分の思ったことの正しさを考えた


 そして、最後のギターソロ。これをキメたくて、ここまでやってきた、そうでしょう。


 最後にもう一度、僕のベースと歌が入る。


そして、私は

ずっと笑って過ごしたいって

当たり前のことを しています

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る