文化祭前日
「お姉ちゃん、だいぶ良くなってみたいから、明日あたりからは外に出られるんじゃないかな。よかったよね、学園祭に間に合って」
と言われても、明日が本番だった。それが本当に良かったことなのかと聞かれると、難しい。出られないよりよかった、とは言えるだろうが。
「そうだね、間に合ってよかった。来るな、と言われたままで、連絡は取れてたけど、会えてはいなかったから」
ただ、心配なのは、本当に体調がよくなったのだろうか、という点である。
「大丈夫だよ、無理してるってわけじゃないから」
心配が顔に出ていたのだろうか。
「そうか。僕は僕で、自分にやれることをやれってことだね」
「そう。頑張れ真一」
じゃね、と言って日奈子は自分の教室に向かった。
自分の教室である1-Dのドアを開けると、勇太がいた。
「おはよう。今日も結月さんは来ないのか」
「そうみたい。明日は来るらしいけど」
「バンドはできそうなのか」
「できなくはないだろうけど」
「じゃあ、お前はお前にできることを頑張れ。俺から言えるのはそれだけ」
少し重い言葉だ。僕は彼と一緒に頑張るのをあきらめた人だから。
「わかってる。自分にできることしか、できないからね」
そうだ、と勇太が言った。
明日から文化祭、ということで、この日は授業がなく準備にあてられた。クラスの出し物は、自分の担当の準備を手早く済ませて、バンドのリハーサルに向かう。椎と来未と落ち合って、武道場に向かう。この学校では例年、バンド演奏は武道場に舞台を設けて、そこで行われる。小さなライブハウスくらいの大きさになり、人が入らなくても、雰囲気が出る。
「ここで演奏するんですね」
「照明は舞台上のライトだけになるから、雰囲気は出るよ」
「先輩は来たことあるんですね」
「前に、ゆず姉とね。バンドやりたかったみたいなんだけど、その時は恥ずかしいからって言ってたんだけど」
「その気持ちを汲んで、新保君は結月さんとバンドを組んであげた、なんて、愛のある話だよね」
前にこの話をしてから、どうも彼女たちはそういう話に持っていきたがる。僕にできることは、右から左に受け流す、くらいだ。
「椎は、ゆず姉のポジションに立って」
「わかってるよ、ギターも持ってきたし」
と、椎はなぜか弾けないエレキギターを持っていた。
「新保君、私が弾けもしないギター持ってるって笑ってるでしょ。私も少しは練習したんだから」
そう言って、左手で"C"のコードを押さえ、右手で弾いた。アンプにつながっていないギターは、ざわめきのある体育館では何も聞こえなかった。
「椎さん、アンプにつながってないから、聞こえてないですよ」
「知ってる」
と、少し恥ずかしそうに言った。
「マイクはここでいいんですか」
と設営担当の女子生徒が聞く。
「いいですよ、僕が歌うんで」
「面白いですね、下手にボーカルが立つんですか」
「僕らのバンドは、センターにギターなので」
「ボーカルはギターじゃないんですね」
「ベースです」
「それは、面白いですね、ロックですね。一曲リハーサルとかしますか」
「いや、今日は一人来てない人がいるので、やめておきます」
「ああ、そうなんですね。でも、音くらい確かめておいた方がいいですよ」
「じゃあ、すこし鳴らす程度はやっておきます」
「ぜひぜひ。あと5分ほどは使ってていいので、その間に確かめておいてくださいね。当日はいい演奏、よろしくお願いします」
と言って去っていった。
「あれだよ、新保君。あの子と仲良く何か話してたって、結月さんに伝えておくからね」
これにどう反応してもからかわれるだけなので黙っておくことにし、僕はベースとギターの音の調節をしておいた。
明日、結月が壇上に上がれるように。
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