結月がいない練習日
体調を崩したという連絡をもらったときは慌てたが、どうやら風邪を引いたようであった。入院した原因が再発したとかでなくて一安心である。
「誰かに移すといけないから、お見舞いとか来ないでくれ、ってお姉ちゃんが言ってたから、遠慮してね。そんな大げさなものじゃなくて、ただの風邪みたいだし、ボーカルの真一が風邪ひいたら目も当てられないし、ね」
と日奈子が言っていたので、僕はどうもお見舞いに行くことすら叶わないらしい。
とりあえずまだ本番まで時間があることが幸いである。椎と来未とも打ち合わせをしておく必要もあるだろう。
場所はとりあえずファミレスとして彼女らを呼びだした。
「バンドのメンバーでこのファミレスで集まるときに、結月さんがいないと目新しい感じがするね」
と椎がしみじみと言う。その言葉に少し小骨がのどに引っかかったような違和感を感じる。
「ちょっと待った。ということはもしかして、僕抜きで何度かここにきてた?」
「あれ、結月さんから聞いてるものだと。あ、いえ、さっきの聞かなかったことにしてください」
椎はそう言うが、現実がそう書き換わるわけでないのだ。
「おういえば、先輩と結月先輩って、やっぱり付き合ってるとかじゃないんですね」
天才少女が露骨に話題を変えてきた。が、無視できない内容なので返事をする。
「そうだよ」
「結月先輩は嘘つけなさそうだから、まあ、最初はそう思った、というだけですけど」
結月の評価はさておいて、来未もそう思っていたようだった。
「どこをどう思ったら、そういう風に見えるのかな」
と聞いてみる。
「どこをどうも、だってもなにも、新保君、結月さんのこと好きでしょ」
何のことだろうか、とすっとぼけてみた。
「じゃないと、バンドなんてやってないでしょ」
するどい指摘を椎に受ける。
「私でも、なんとなく、結月先輩のことが好きなんだろうなとは思ってました」
年下にも言われるとは、相当分かりやすかったのだろう。
「別に、そんなことはどうでもいいでしょ。僕はバンドをしたいと思ったからやってるんだ」
「結月さんのためにね」
「結月先輩に自分のことを見てもらいたいから、バンドをしたいのですね」
もう反論するのをやめた。
この日に決めたことは、結月がいなくてもステージには上がることと、これからの練習のスケジュールであった。
僕らにできることは、結月の録音のギターと一緒に僕と来未が合わせて練習することくらいだった。かなり完璧に近い形で仕上がっていたのだけが、救いであった。
「最悪、私はギターもってエアギターしますから、大丈夫ですよ」
と椎が言っていたが、何が大丈夫なのかが分からない。
特別なことは、リーダーがいないことくらいで、ボーカルは自分、ドラムは打ち込み音源だから最悪ギターも打ち込みでも許されるはずだ。そういう算段で、何とかできるかを合わせ、それが上手く仕上げられそうなことを確認できた。
「でも、このバンドは結月さんのために作ったバンドなんですよね」
「そうだね。でも、僕らのバンドでもある」
「そう、ですよね」
来未は少し寂しそうだった。あんなに人見知りしていた結月のことを、そんなに気にしてくれているのかと、こんなバラバラに見えていたバンドに欠けたところがあることを、寂しがっているのかと、僕はどこか嬉しく感じていた。
僕は、僕にできることを、そして僕がやりたいことをやるだけだ。
そう思いながら、打ち込みのドラム音と来未のキーボードの演奏と、椎のいらない指揮をバックにベースを鳴らして、歌う。
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