崩れる体調

 それから、作曲を終え、3人と1人は練習をし、ドラムの打ち込みをし、割り当てられた15分という時間の進行を簡単に練り、MCはあまり演奏しない1人に任せることにし、という風に準備を進めていった。少し内気で、でも自己主張強めの幼馴染と、計画された明るさとにぎやかさを持った同級生、飛び級を重ねそれでも楽しいことに誘ってくれたからとホイホイついてきてくれるほどフットワークが軽かった少し都市の離れた少女と、僕のバンドは、曰く『意味わからんメンバーだが、意外とうまい』と噂に上がっていた。何度か音楽室を借りて練習したこともあってか、誰かが聞いたのだろう。

 オリジナルの曲も完成した。

「私は、これがカッコいいと思ったんだけど、しいさんと来未ちゃんはどう思う?」

「いや、ちょっと、やっぱりロックすぎるんじゃないんですか、やっぱり。サビで歌わないのは、ロックですねえ」

 と椎が率直な感想を言った。

「私はこれでいいと思いますよ。だって、上手く弾けたらカッコいいじゃないですか」

 来未が少しうっとりとした表情で言った。やはり、特別なことにあこがれを抱く年ごろなだけあって、こういう奇抜さはむしろ彼女は好きなのだろうか。

「だから、上手く弾けたとして会場が冷えてたら、椎さんのせいですからね」

「おう、任せとけ」

 どこからその自信はくるのか。


 淡々と練習を積み重ねていく日々には特に筆舌すべき事柄はない。

 結月以外のメンバーと、僕は出かけたりすることもなかった。本当に僕はこのバンドのボーカルなのだろうか。

「真一のパートが、まだ少し完成度が低いよ」

 と、結月は僕にだけ容赦ない。それだけ僕に打ち解けている、という事実の裏返しかもしれない。完成度が低い原因は単純に僕にだけ実力に対し求められている技術レベルが高すぎるだけである。そのことを伝えると、

「大丈夫、真一ならできる」

 と結月が言うものだから、

「できる。頑張れ。負けるな。最後には勝てるぞ。新保君」

 などと、いい加減な茶々が同い年の女子から飛んでくることになり、

「先輩ならできます。頑張ってください」

 と年下の女の子に励まされ、引くに引けない。歌いながらのベースも、このときはまだなっていなかった。

 ともかく、この練習の間をこと細かく記したところで、さして面白くもないだろう。

 他の身の回りの人の発言でフォローすることにする。

 長岡日奈子曰く、

「真一はよくやってると思うよ。お姉ちゃんの無茶ぶりにも耐えてさ。でも、それがきっと真一にとって楽しいことなんでしょ」

 鎌倉勇太曰く、

「お前がこんなに頑張ってるなんて、久しぶりに見るわ。そういう姿を見るとさ、俺もちょっと嬉しく思えるし、そして、ちょっと寂しいなって思うわ。ま、お前のその姿勢にならって俺もサッカー頑張るわ。たくさん点とっちゃる。だから、お前もカッコいい演奏と歌を聞かせてくれな」

 新保仁菜曰く、

「お兄ちゃん最近はいつも出掛けてるよね。ギターの練習もしてるの? そっか。よかったね、また頑張れるものを見つけることができて。来未も、お兄さんは着実にうまくなっててすごいって言ってたし」

 つまり、頑張っていたのだ。


 あと2週間の練習で仕上げるのみ、だった。

「いい感じに仕上がってきたんじゃない」

 とほかのメンバーに聞いてみた。

「よくなったよね、新保君。ちゃんとベース弾きながら上手く歌えるようになったし」

 と、椎が言う。

「僕じゃなくて、みんなの演奏、だよ。4人で1つのバンドなんだからさ」

 僕は頑張った、とは主張したくはないが、演奏に関しては特に何の努力もしてない人にそう言われて、僕は『4人』というところを強調していった。

「演奏もしてないのに、そういうこと言われると嬉しいねえ」

 よよよ、とお婆さんのような態度で椎が袖で涙をぬぐうふりをした。僕の暗に言いたかったことが伝わっていないのか、伝わっていて無視されているのか。

「でも、椎さんが手を振ったりノってくれてたりしてくれるから、そういう意味では気持ちよく演奏させてもらえてますよ」

 と来未に言われ、少し椎は照れていた。

「真一もベース弾きながら、上手く歌えるようになってきてるよ」

「それくらい練習したからね」

 これも結月のやりたいバンドを成功させるためである。

「だから、あとは本番まで、ちゃんと元気に過ごすことが、大事だよ」


 彼女は、その自分の言葉を守れず、体調を崩すこととなった。

 その事実にそのときの僕は、結月はロックなやつだと、しみじみ思っていた。


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