学園祭に向けた練習 1
「いつからお姉ちゃんのバンドは真一のハーレムになったの?」
昼休みにばったり出くわした日奈子が言いがかりをつけてきた。正さなければならない。
「ゆず姉が一緒にバンドを組めるメンバーが女子じゃないとダメだったからでしょ」
「そうなるように真一が仕向けたんでしょ」
「そんなわけないってこと、日奈子が一番知ってるよね」
第一、4人目となるメンバーは日奈子が連れてきたはずだ。思ったより怒気をはらんだ口調になってしまったと思ったが、日奈子は少し申し訳なさそうな表情で、
「そうね、ごめん。ひがみみたいなものだから、気にしないで」
と言った。何に対してのひがみなのかと、そんなことを聞くほど僕は図太い人ではない。気になる言葉だったが、深堀りは避けた。
「まあ、ハーレムみたいになったのは事実だから、ね」
「一回みんなで集まってパートとか相談するんでしょ」
「今日やるよ。放課後、長岡家で」
「そっか。それならお姉ちゃんと、椎をよろしくね」
友達想いの発言なのか、日奈子はそう言って、お手洗いの方へ歩いて行った。結月と似ている、というのは、椎の方にもそれなりの事情がある、ということなのだろうか。
「ちゃんと来るかな」
僕と結月は、椎と神津さんを校門で待っていた。朝にメッセージを彼女らに送り、二入とも大丈夫という旨の返信をもらっているので、結月が心配することではないが、やはり結月は顔なじみになるまではどうにも人見知りで臆病になる。
「来ないことはないよ。ほら、鈴木さんがきた」
僕は手を上げてここにいるぞとアピールする。
「あ、新保君、こんちわ」
「こんにちは、鈴木さん」
「鈴木さんは他にもいるんで、椎でいいよ。だけど名字と一緒に呼ばないでね、A、B、CのCみたいに聞こえるし」
「そうかな。まあ、それで呼べというならそうするよ、椎さん」
「結月さんも、私のことは『しい』って呼んでくださいね」
「わかった。しいさん」
「で、もう一人来るんでしたっけ」
「そうだよ。神津来未さん」
「天才少女とうわさの?」
僕は頷く。結月も3回ほど首を縦に振っていた。結月はまだ緊張しているようだ。こんなんで舞台の上に立てるのかと思う。初対面の人との会話はだめそうだが、神津さんの前では上手く演奏で来ていたし、自身のあるものについては大丈夫、ということなのだろうか。
ということは、コミュケーションには不安がある、ということだろうか。
「あ、神津さん、来たよ」
背格好は仁菜と同じくらいなので、彼女がそうだと知らなければ、仁菜よりも年下には見えない。この学校は中高一貫だから、僕らより少し離れた年下の生徒がいても、違和感はない。
彼女は僕らを見つけ、少し早足でやってきた。お辞儀して、言う。
「お待たせしました、すみません」
「いや、待ってないよ」
「新保君、デートで待ってた男みたいなセリフだね」
椎がそう言って僕らを笑う。神津さんは少し照れて、結月はどう反応すればいいか分かっていないような反応を見せた。
「あ、私、鈴木椎です。『しい』はA, B, Cの『シー』じゃなくて木材の方ですよ」
木材って例え方はどうなんだろうか。
「初めまして、神津来未です。神様の『神』に津波の『津』、未来を逆に書いて「来未」です」
「『過去』って書いて『きみ』って呼ぶんだね」
神津さんはきょとんとして何も言えないようだった。要するに、椎は滑った。
「その、微妙にボケと分かりにくい発言、やめようよ」
「あ、それひなっちによく言われる」
「なおさらやめよう」
場所を長岡家へ移す。結月の両親は共働きで、父はよく働き、母は定時で帰ってくる。長岡姉妹とも長い付き合いだから詳しくなったし、逆に結月たちも僕の家庭事情に詳しいのではないか。
彼女の部屋へ行き、なぜか僕がお茶を出す。女子三人だけにした方が、逆に打ち解けられるようになってくれることを願い、おいしいお茶を入れた。
仲良くなってもらえればいい。彼女はその身体の弱さから、知りあいが少なすぎたのだから。少なくてもいい、みたいな話はあるが、それでも出会いの数は多い方がいい。
ノックをして、ドアを開ける。
「おまたせ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、新保君」
と二人の返事だけだった。声が聞こえなかった結月の方を見ると、自分の部屋だというのに相変わらず緊張しているようだった。そろそろ慣れたらどうだろうかと思うが、それを言うとけんかになりそうなので黙る。
「それで、担当と曲くらいは決めようって話だったと思うけど、決まった?」
「こうしようかなって、思っているんだけど。どうかな」
と言って、結月がノートを見せてくれた。
『ボーカル兼ギターまたはベース・新保真一
ギター・長岡結月
キーボード・神津来未
簡単な打楽器、舞台上の盛り上げ、MC・鈴木椎』
なんか役割が多い人が二人いる。
「ちょっと待った。僕はギターもベースもできないよ。せめてどっちかに」
「両方できた方が、便利かな、って」
僕に対してだけ緊張が緩まった話し方をしている点については、多少二人に慣れてきたのかなと思うけれど、その理由はいささかひどい。
「私がキーボード、というかたぶん主にピアノ伴奏的になると思うので、ベースとリズムギターをなくすことはできると思うんですけど、見栄え的にベースの方がいいかな、でも、ベース兼ボーカルは大変かな、と結月先輩が言っていたので」
と、神津さんが解説をした。
「じゃあ、ギターはいらないのでは」
「ベースボーカルが難しすぎるときのために、ギターも練習しておけばいいのでは、と私が言ったら、それがいいって結月さんが」
もう、いいや。なんとかなるんだろう。きっと。
「とりあえず、僕の担当は置いておくとして、コーラスが入ってほしいってゆず姉は言ってた気がするけど、できそうなのは鈴木さんか、神津さんかな」
「それは、来未ちゃんに、やってもらおうかなって」
「神津さん、大丈夫そう?」
「簡単な伴奏で歌うくらいなら、たぶん大丈夫です」
「鈴木さんがやった方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「私は、ちょっと、音痴なので。厳しいです」
「謙遜して音痴と言っているわけでなく?」
「ひなちゃんに聞けば分かるかと」
そこまで言われると、本当に歌うことは苦手そうだ。
「あと、新保君は私のことは椎って呼んでくださいね。鈴木さんは世の中にたくさんいるので」
「え、あ、はい。じゃあ、椎さん」
「あ、私のことも神津さん、って呼ばれると、なんだか落ち着かないので、もう少し砕けた呼び方で呼んでもらっていいですよ。私も新保先輩のことは先輩って呼びますから」
「え、じゃあ、来未さん、でいいかな」
「私のことも先輩って呼んで、みくちゃん」
「私の名前をちゃんと読んでくれない人に先輩とは言えません。椎さん」
「みくちゃん、私も彼らと同学年なんだけど」
「もう少し先輩らしく振舞ってくれたら、呼んであげます」
神津さん、もとい来未はもう椎の扱いに慣れているようだった。彼女の天才さ、は精神面での早熟さにあるのだろう。
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