鈴木 椎
「私が鈴木椎です。A, B, C,のCじゃなくて、木の種類の椎ですよ。決して3人目の鈴木ということでないです。クラスは1年C組ですけどね」
と、ボディーランゲージを交えた非常に明るい自己紹介をいただいた。明るい、という点では結月に似ているのかもしれないが、ただ一つ、明らかに違うのは、結月が内弁慶で人見知りな性格であることに比べ、彼女は最初から打ち解けているかのようなテンションで自己紹介していることだ。僕らが持たないあまりの明るさに面食らって、結月はポカンとしていた。その様子に日奈子がおかしそうに笑っていた。
「ごめんなさい、さっきはちょっと大げさに挨拶しすぎちゃいました」
ついていけなくてぼーっとしすぎたようで、謝られてしまう。さすがにこのままではいけないと思い、僕も自己紹介することにした。
「いや、いいんだ、鈴木さん。僕は日奈子と、この日奈子のお姉さんの結月の幼馴染、的な感じの、新保真一。クラスは1年D組」
「真一、幼馴染、って、言うのに照れて『的な』ってつけるの、ダサいよ」
「日奈子も照れてるじゃん」
「うるさいな」
「お姉ちゃんも、自己紹介して」
そう言われて正気を取り戻したのか、身体をびくっとさせあっと声を上げた。
「あ、えっと、長岡結月です」
またしても人見知りを発揮し、情報量の少ない自己紹介をした。
「クラスはどこですか」
「あ、えっと、1-D、です」
「新保君と同じクラスなんですね。あれ?」
「あ、その、私、留年したので」
「ああ、そうなんですね。まあ、そういうことだってありますよね。バンドのメンバーを探してるんでしたっけ」
「あ、はい、そうなんです」
「別に敬語じゃなくていいですよ」
「それじゃあ、その、鈴木さんこそ、敬語じゃなくても」
「や、ひなっちのお姉さんですからね」
「じゃあ、私は、普通に話し、ます」
「敬語取れてないよお姉ちゃん。ごめんね、お姉ちゃん、かなりの人見知りで。でも、打ちとければポンポン冗談が出てくるようになるから。同学年だし、仲良くしてくれると嬉しいな」
「で、バンドのメンバーを募集しているんですよね」
「あ、はい、そうなんです」
「そのやり取り2度目だぞ、ゆず姉」
「私、楽器の演奏とか未経験ですけどそれでもいいなら、参加したいです。ひなっちの頼みですし、バンド、私もやってみたいですし」
「本当ですか」
「嘘ついてどうするんですか」
「鈴木さんのその性格なら、バンド演奏できなくてもMC役で出演でもいいかもしれないな」
思ったことを言ってみた。
「真一、さすがにそれはひどいんじゃない」
日奈子が少し趣味の悪い冗談に突っ込みを入れてくれた。
「や、私、それが本業みたいなところあるんで、平気ですよ」
「せっかくなんで、鈴木さんも、演奏しましょうよ」
「じゃあ、あれです。カスタネットとかトライアングルとか、マラカスとかやります」
「はあ、そうですか」
冗談な発言だと思われるが、結月はなぜかそれを受け入れた。本当にそんな役回りをさせるつもりなのだろうか。
「結月さん、私のことは『しい』って呼んでください」
「あ、わかりました、しいさん」
「敬語もなるべくとってくださいね」
「善処します……するね」
結月は敬語で答えかけて、訂正した。その様子に椎も納得の表情をした。
「で、その、しいさんも、何か、本当にやりたい楽器があれば、教えてほしいのだけど……」
「私、そういうチマチマしたことを覚えるのが苦手なんですよね。だから、多分、コードとか弾けないですし、それこそ本当にMC役とかでもやりますよ」
結月は、目の前の明るい女の子がバンドにふさわしいかを考えているのだろう、彼女の発言を受けて、口元に握りこぶしを当て、黙って考えている。助け舟を出すことにした。
「ゆず姉がそういう役でも壇上に上がってくれる人が欲しいなら、頼めばいいんじゃない?」
その言葉にうなずくも、まだ考えている。結月はこれでいて、少しこだわりが強いところがある。だから、上手く交友関係が広がらないのだろうし、広げないのだろう。
「お姉ちゃん、こうなるとちょっと長いから。でも、待ってて、椎」
日奈子の言葉に彼女は何も言わずに頷いた。ただ、明るいだけの女の子、というわけではないようだ。最初の明るすぎる明るさは、彼女なりの処世術なのだろう。確かに、結月と似ているところが多そうかもしれない。
「じゃあ、お願いしようかな。お願いします。たぶん、今のままのメンバーだと、堂々と話をできる人いなくて、場も持たないだろうし。それに、一緒にやってくれるってだけで、嬉しいし」
「私こそ、楽器が弾けないなんて言ったのに、それでも誘っていただけるなんて、嬉しいですよ、結月さん」
じゃあ、と結月は口を開く。今日は持ってきていたギターを抱えて、言う。
「折角だから、一曲、聞いて」
ここで歌えというのか、と僕はうろたえる。
「まって、ここじゃ歌えないって、教室じゃ無理だって。せめて場所だけ移そう、ね」
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