神津 来未
放課後、部活に向かった日奈子以外の三人で神津さんと会うことになった。ファミレスを指定し、授業が先に終わる仁菜と神津さんには先に店内に入ってもらうことにした。
結月とともに入店し、仁菜の姿を探す。手を振って「お兄ちゃん、ここだよ」と彼女が言った。少し恥ずかしい。仁菜と僕の様子に気づいた仁菜の向かいに座っていた女の子が、少し笑っていた。そんなにおかしく見えたのだろうか。彼女は仁菜の隣に席を移動した。開いた席に僕と結月が座る。
「初めまして、仁菜の兄の新保真一です」
「初めまして、長岡結月です」
結月は、人見知りを発揮し、最低限の情報のみのあいさつをした。
「初めまして、仁菜さんと同じクラスの神津来未です」
丁寧に頭を下げられて僕と結月は少し困惑した。2つ飛び級で僕より2つ下の妹と同級生だから4つ下の子である。できた子だ、という印象を強く残す。そんな戸惑っている僕らを見て仁菜はにやけるのを抑えきれないといった表情でこちらを見ていた。
「バンド演奏したいな、と思ってて、メンバーを探しているってところなんだけど、そのあたりのこと、仁菜から聞いてるのかな」
向こうから切り出すのも申し訳ないし、結月は人見知りなのでなかなか会話の先陣を切ることはしないので、僕から尋ねることにした。
「はい、そのあたりのことは仁菜から聞きました」
「ああ、仁菜って呼んでくれているんだ。本当に仲良くしてるんだね。なんか、嬉しいよ」
「お兄ちゃんはそんなお父さんみたいな温かい目をしないでよ」
「はいはい。で、そうだ。なんか楽器できたりするのかな」
「ピアノを習ってましたので、キーボードとかならできる、かもしれません」
「いや、上手さとか求めてないから大丈夫だよ。実はまだ誰が何を担当するとかはきちんと決めてなくて。僕の隣にいるシャイなお姉さんがギターを弾くのが趣味なんだけど、バンドやりたいって言いだして、翻弄されているところなんだよね。ただ、バンドやりたいって言って結月の周りで乗ってくれる人が僕しかいなかったから。だから、少し周りの人で興味ある人を探してみてたんだ。
それでもバンド、一緒に演奏してもいいって言ってくれるなら、文化祭での演奏を目指してやってくれるかな」
彼女は少し黙って考えているようだった。右手を口元にあて、悩んでいた。今、僕から言えることは思いつかなくて、黙って彼女の答えを待っていた。
「あの、よかったら、一緒にやってくれないかな」
と、結月が口を開く。
「仁菜ちゃんの友達なら私、信頼できるし……、あなたみたいな頭のいい人と知り合ってみたかったし……。あ、よかったら私の演奏聴いてもらってもいいし」
僕や日奈子に対してみせる開けっ広げな態度から遠い、他人に自信のない少女の発言に、それでも一緒にやってほしいという熱意を感じ取ったのか、神津さんは口元の手を離し、言った。
「じゃあ、一曲、何か聴いてみたいです」
「でも、私歌えないから……あ、そうだ。真一歌って」
突然の提案に、それでも僕はそれを拒む理由を持たない。
「わかった。じゃあ、歌える場所に移動しよう」
カラオケルームを指定し、結月は一度ギターを取りに戻った。彼女を待つ間に、3人でカラオケで歌っていた。
「私、あんまり歌とか詳しくないんですけど、このバンドは好きなんですよ」
と、神津さんは犬の種類の名前の有名なバンドの曲を入れて歌っていた。
「それ、結月さんもお兄ちゃんも好きだから、多分、気が合うんじゃないかな」
「そうなの」
「お兄ちゃんなんかよく口ずさんですよね」
「そうかな」
「たまにうるさいよ」
「そうかな」
僕は、自転車をこいで女性が乗った電車を見送る歌を歌ってのどを慣らした。
「上手ですね」
「お兄ちゃん、ヒトカラ大好きだから」
「そういうこと、本人以外が言うことではないでしょ」
「でも、上手に歌えるの、うらやましいです。私、低い声とか出せないから」
「僕も、別に高い声は出ないから、好きなバンドの曲が歌えなかったりするけどね」
「それはちょっと悲しいですね。でもキー下げればいいんじゃないですか」
「そうなんだけど、キーを下げると元の曲の良さが失われるような気がして」
「こだわるんだよね、お兄ちゃん。変なところに。だから」
と、言っている間に、結月が到着した。
「おまたせ」
アコースティックギターのケースを肩から下げて持ってきた。少し小柄な結月には、ギターが大きく見える。
「少し指を慣らしてから、一曲、演奏しよう。演奏だけだと寂しいから、真一は歌ってね」
結月は、演奏に気を取られリラックスしているのか、先ほど見せていた緊張が消えていた。弦を押さえ、音を奏でる。和音を弾き、アルペジオを弾いた。
「何を歌えばいいんだ」
「じゃあ、あの曲」
と言って、有名なバンドの曲を上げる。名前のない歌である。
「わかった」
「じゃあ、いくよ」
と言って、ギターをたたいて、リズムをとる。3拍たたき、アウフタクトから始まる演奏を始めた。
神津さんと仁菜はその演奏をしっかりと聞いてくれた。
初めての人の前で話をしようとするときはとても臆病であるが、自身があることについては臆さない。だから、この演奏は、僕らにとって、良い結果をもたらした。
「演奏、とっても良かったです。私、結月さんと一緒に演奏してみたいなって思えました」
神津さんのその言葉に、彼女の存在を思い出したのか、結月の顔が赤くなった。
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