イントロ

バンドをしたいと彼女が言った

「お姉ちゃんが入院するって」

 放課後になって、幼馴染で腐れ縁の長岡日奈子が落ち着かない様子で、そう言った。

「どうして」

「検査するんだって」

「何の検査?」

「病気の、だって。お姉ちゃん、死なないよね」

 それに僕はどう答えていいか分からなかった。無責任に「死なないよ」と言えるわけがない。

「お見舞いに行く」

 まずは彼女の姉、結月に会うことが大事だと思い、そう言って、僕は駐輪場へ駆け出す。

「待って真一、わたしも行くって」

 慌てていたのは自分もだと自覚した。


「やっほー、真一、元気?」

「ゆず姉は、元気そうで何よりだよ」

「なにさ、元気じゃないから入院してるんだもん」

 入院患者に似つかわしくない様子で、結月がそう言った。

「真一は汗だくだね」

「お姉ちゃんが入院したって聞いて、真一すごく慌ててたんだよ。わたしより慌ててたよ。どこかも知らないのに向かおうとしてたからさ。そういうところが真一は子供なんだよ」

 日奈子のその発言は見過ごせない。

「お前だってすごく心配そうだったじゃないか」

「でも真一よりは冷静だったし」

 その会話を聞いて、あはは、と結月は笑っていた。

「二人とも心配してくれたのはよく伝わったよ、ありがとうね、来てくれて。

 とりあえず、今回の入院は検査をするだけだから、明日には帰るから大丈夫だよ」

「お姉ちゃん、本当に大丈夫なの」

「まあ、大丈夫じゃないかもしれないからここで横になっているんだけどね」

 どっちなの、お姉ちゃん、とあきれ半分の口調で日奈子が言った。

「だからね、私、やりたいことはやっておくべきだなって思ったの」

「何やりたいの? お姉ちゃん」

 うーん、と結月は少し悩んでいた。言いたいことを言ってしまっていいのだろうかと考えているようだったが、一度頷いて、口を開く。

「私、前から、みんなの前でギターの演奏がしたいって思ってたの」

「すればいいんじゃないの」

 と、僕は言う。

「でも、一人だとちょっと恥ずかしいんだよ」

「やりたいことはやっておくべきだって、お姉ちゃんさっき言ったばかりなのに、恥ずかしいって」

「いや、恥ずかしいものは恥ずかしいんだもん」

「で、僕たちに何か、やってほしいことがあるの? ゆず姉」

「一緒にバンド組んでくれない?」

 はあ? と、日奈子があきれ全部の口調で言った。

「わたしは無理。部活があるもん。他を当たって」

 日奈子は確かに今はテニス部の大会に焦点を当てて練習をしていた。今日は姉が入院したと聞いて慌てて休むことにしたが、少し安心して練習に出たいと思っているのかもしれない。

「じゃあ、真一、暇でしょ」

「暇じゃない」

 とりあえず、そう言ってみた。

「部活も入ってないし、委員会も生徒会も入ってないから、暇でしょ、真一は」

 と日奈子に後ろから刺された。まあ、元からどちらかというと姉の味方だっただろうが。

「よし、じゃあ、真一はボーカルやって」

「恥ずかしい、って歌うのが恥ずかしかったのかよ、ゆず姉」

「だって、恥ずかしいでしょ。自分で書いた詩を歌うのは」

「しかも、ゆず姉のオリジナルなのか」

「私、ギターは練習してちょっとは上手くなったけど、歌う方はどうも、ね。鍛えてないから声量も足りないし、上手くもないし」

「お姉ちゃんのギターは、ほかのお姉ちゃんができることに比べると、それより全部下手になっちゃうよ」

「そう言われると、ちょっと照れるね」

 結月は右手で口元を隠していた。口元が見えてなくても、目元でにやけてるのがばれていた。でも、それは本当に誉め言葉だったのだろうか。ギター以外何も上手くないぞと言われてないか。

 それを知ってか知らずか、結月は言う。

「考えておいてね、真一」

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