エニシ祭り

黒幕横丁

エニシ祭り

 昔、与吉という青年が、店の主人から使いを頼まれ江戸から飛騨の国へと向かっていた。

 その道中、山の中でうっかり本来の道から外れてしまい、道に迷ってしまった。

 辺りは日も暮れ、真っ暗闇。与吉は不気味な声が響き渡る山の中で一夜を明かさねばならないのかと、不安で頭がいっぱいになっていた。

 すると、山道の奥の方からぽーっと仄かではあるが明かりの気配が見えた! しかも、コチラのほうへと近づいてくるではないか! 与吉はしめたっ! と心の中で大喜びをする。

「おうい! 助けてくれー!」

 与吉はその光の方に向かって自分はココに居るぞと目一杯の合図を送る。

 すると、明かりは凄い速さでこっちの方へと向かってきた。

「こんなところで何してる? 迷子か?」

 明かりが与吉の元へとやってくる。明かりの正体は、年が四、五十くらいの草臥れた男だった。

「主人の使いで飛騨へ向かう途中に道を間違えたらしく、こんな山奥へと来てしまった。ココで一夜を明かすのかと不安になっていたところだ。助かった」

「ここは迷子になりやすい土地だし、何より夜は獣が出る。オラの村がこの近くにあるから、今日は其処へ泊まってけ」

 男の招待に与吉はありがたく甘えさせてもらうことにした。

 男が住む村へと向かう道中、男の名前がジロという名前で村では猟師をして暮らしているという話を聞く。彼らは村へ着くまでに様々な話をし、すっかり意気投合したのだった。

「それにしても、与吉は運がいいなぁ」

 ジロがそう呟いた。

「運がいいとは?」

 与吉が問う。

「オラの村、今日は四年に一度のお祭りがなんだ。そのお祭りに村以外の者がやってくると、村に福が舞い込むっていう言い伝えがあるから、きっと村のみーんなもてなしてくれると思う」

 へぇ、そんな祭りがあるのか、道に迷ってみるものだなと与吉は心を晴れやかにした。

「でも、ジロたちの村に迷惑はかからないか?」

「心配ない。村の皆も喜んでくれるから」

 ジロがそう笑うのを見て、与吉は安堵したのだった。


 村へと着くと、村の人々がぞろぞろと与吉の前へと集まってきた。

 ジロが与吉のことを紹介すると、皆、大層喜んで、

「エニシの日に客人じゃ! 稀人じゃ!」

 といいながら与吉を暖かく迎え入れた。

 ジロの家へと連れて行かれると、それはそれは豪華な馳走を振舞われ、ジロからは酒も勧められて、与吉は上機嫌でお酒を飲み干す。

 一晩泊めてもらうだけなのに、こんなにもてなされるなんていいのだろうか? と与吉は頭の中では考えてはいたのだが、勧められるがままお酒を飲み、与吉はすっかり眠くなってしまった。

「与吉、疲れたのか? なら、寝て良いぞ」

 ジロは与吉のために布団を敷いてくれ、与吉を其処へと寝かせる。

 ウトウトと睡魔で深くふかーく落ちていく中、何処かの誰かがこう呟いた声が聞こえる。


「エニシの稀人にもてなしを」


 どうやらお酒の飲みすぎてしまったらしい、頭のガンガンとした痛みで目を覚ました与吉は目の前に広がっていた光景に驚愕した。

 そこは先ほどまで寝ていたジロの家ではなく、野外。何故か自分は人一人が入る穴に入れられているではないか。

「おや、与吉。目を覚ましちまったのかい」

 何が何やら分からず混乱している中、穴の中を覗いたのはジロであった。

「ジロ。俺、なんで穴の中なんかに?」

「これからアンタを埋められるんだよ。村のために。エニシ祭りにやってきた稀人は丁重にもてなして生きたまま埋めるっていう慣わしがあるんだ。福が逃げないように」

 ジロの言葉を聞いて、与吉はさーっと全身の血の気が引いた。

 これから、自分は冷たい土の中へと埋められようとしている。一刻も早く逃げなければ。

 ザッ。ザッ。

 ジロたちは与吉の入った穴に向かってどんどん土をかけていく。早く逃げなければ、埋められてしまう。

 痛い頭を押さえつつ、幸い、手足は縛られていなかったので、穴は簡単に脱出することが出来たが、しかし、

「逃げるな!」

 凄い剣幕で村の人々が与吉に向かって追いかけてくる。与吉はひたすら一目散に山のほうへと向かって逃げ出した。

 いくばかりかの時が過ぎ、与吉は息を切らしながら立ち止まった。後ろを振り返るが村の者たちは追いかけてこない。

「た、助かった」

 与吉はやっとの想いで手に入れた安堵にその場へ座り込んでしまった。ふと空をみると、暗闇からだんだんと日の光が漏れ始めた。朝になったのだ。

 与吉は明るくなるのをその場で待ってから本来の道を探すことにした。

 無事本来の道へと合流して山を越え、近くの宿場へと入った与吉は、山の奥にある村のことについて宿の主人に訪ねると、主人は顔面をまっしろにして震えながらにこう呟いたのだ。


「山の中に村なんてありません」


 と。

 さらに宿の主人に話を訊くと、このあたりでは四年に一度決まってこの時期に、山に入ったまま帰って来ない者が出てくるという出来事が起こっているらしい。いくら探しても、何も見つからないと。

 与吉はその主人の話にまた肝を冷やすこととなった。


 使いも無事終わった与吉は、例の出来事を思い出し、帰りは遠回りしてでもあの山へは断じて近づかなかったのだと。

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