四年に一度

あんどこいぢ

四年に一度

 英正文化大学SF研のOB会は、だいたい四年ごとに開催される。創設メンバーの安部博己がいわゆるロケットマンになっていて、その帰還がだいたい四年ごとなのだ。

 今回集まったメンバーは四人。男女それぞれ二名ずつ。フロアクッションの上、男たちは早くも胡坐を掻いている。クッションは濃いオレンジ色で、四隅に金糸のふさふさがあった。そしてその下はタタミマット。要するに居酒屋、お座敷風の造りなのだ。

 お座敷風? 彼らの母校、英正文化大学は日本文化の継承発展を教育目標の一つに掲げている。さらにこの星、ダフネb自体が日系人によって開発された。ハビタブルゾーンが主星に近い赤色矮星の第二惑星。宇宙線防禦など、多くの細々した技術が必要になってくる。低燃費車。VHS。アポロのレンズ。そうした日本的叡智の総決算として、この星系のいまがあった。因みにダフネbの特産品は、清酒<天の桜>である。

 さて彼らは、惑星開発の技術的最先端を占める星系の住人であり、さらに進取の気風に富むべきSF研のメンバーでもあったのだが、先述の安部博己が就職を決めて以来、意外にも彼への批判が絶えないのだった。

 今夜まずその口火を切ったのは、元会長の和田だった。

「安部君は今夜も、勿体つけて最後にご登場かい」

 続いてもう一人の男性、植松も不満気に続ける。

「あいつもともと、人間力低いんだよな。だからなかなか就職決まんなかったわけだし……。ロケットマンがお似合いだよ、ほんとに」

 実はこの時代、いや西暦二十世紀の後半以来、SF者こそがロケットとか宇宙開発とかを気嫌いしてきたのだった。そしてそのことに関しては、それはいってはいけない話だということになってはいるのだが、SFが現実に追い越されてしまった、という問題があるようなのだ。たとえばアポロが月を目指していた時期はニューウエーブと呼ばれるインナースペースものの勃興期に当たっているし、その後の一九八〇年代には、サイバーパンクを中心にディストピア風の未来像が隆盛を極めた。さらにTRPGの流行とともに魔術的世界への退行が始まっていた。

 現在サイエンス・フィクションはファンタジー・ジャンルの下位ジャンルになってしまっている。

 鉄の剣をビームサーベルに置きかえ……。

 もしも実際にヒト型機動兵器が登場していたら? といった想定の歴史改変SFがここ数年の流行りだった。ロボットパンク。

 そして女性たちからは当然、ニューウェーブ以前のSFはファロゴセントリズムだという批判が上がっている。

 現実に話を戻せば、現代のスターシップに標準装備されているヒト女性型インターフェイスはセックスボットだという批判があった。なぜロビーのようなデザインにできないのか?

 ロケットマン。この呼称も多分に侮蔑的だ。ロケットパーソンとはあえていわないわけだ。

 それでも博己の帰還に合わせ、彼ら英正文化大SF研のOBたちは、最初の会合を持ったのだった。

 五十嵐佐那。今日集まった女性たちのうち一人は、長々とスペキュレイティブ・フィクションを語る男たちより、当初は博己に同情的だった。

「今回の安部さんの調査、はくちょう腕のチャート作成計画の一環なんですって……。ひょっとしたらニューアウターのほうまでいかされちゃったりすんのかな……」

 童顔の彼女の不安気な表情が、同席の男たちの心を焙った。今夜の男たち以外にも数名いたようだったが、セックスボットの問題をあえて口にしたのは、植松だった。

「ヒト型インターフェイスはダッチワイフ機能つきだ。べつに寂しくなんかないさ。ロケットマンの多くはあれ目当ての童貞君なんだってよ」

 もう一人の女性、大野真子も、その時点ではむしろそれを口にした植松を責める風だったのだ。

「わざわざそんなこといわなくたっていいでしょう」

 だが直後、ごめんごめんなどといいながら現れた博己を見るなり、彼女たちの顔が凍りついた。

「……安部、君?」

 四年間。微妙な時間だが当然それなりに年齢を重ねている。いや、微妙な時間だからこそかえって、アンドロイド創成期の不気味の谷のような問題が生じていた。先述のロビーの愛嬌ある姿態とは逆に、完成度を高めつつある人型ロボットのなんともいえない薄気味悪さ……。社会にでて最初の四年間、博己の成長だけが僅かに遅れていたのだった。

 一年下の佐那にはそれが特にこたえたようだ。

「安部さん、どっ、どうして……」

 どうしてといってもアインシュタインの特殊相対性理論の予想通り。要するに双子のパラドックスなのだ。

 SF者の女性は希少だ。そのときも女性陣は、今夜と変わらずこの二人だった。彼女たち二人はムッと押し黙ってしまった。アンチエイジング技術の進歩は目覚ましいものがあったが、そうした現実もまた不気味の谷へと直結しているのだった。

 ただしその後、佐那のほうは覚悟を決めたようだ。二回目の会合前には彼女もツアーが発売されたオリオン碗周遊にでかけ、少なからず博己と同じ、特殊相対性理論の効果に浴してきた。

 三回目。四年前の会合のときはおばさんのように図々しくなり、

「ここくる前ちょっと計算してきたんだけど、私のほうがもう、すっかりお姉さんだよね? さっ、お酌しなさい」

 などとやっていた。

 さて今回は……。やはり博己は遅れているのだった。女たちもすでに脚を崩していた。

 佐那はアラフォーになっても可憐だった。きっとかわいいお婆ちゃんになるだろう。真子のほうは貫禄がつき過ぎ? 少々女史女史している。確か彼女は大学に残り、もうとっくに教授になっているはずだった。

「安部君、ずっとはくちょう腕の調査続けてんの?」

「いえ、銀河系の外側にいったのは最初の一回切り。あと二回はりゅうこつ腕の先のほうまで……。いまその辺りで各星系が競い合ってて、観測拠点造ったり、航路開発したり、いよいよ曖昧領域を窺おうって感じらしいんです。彼も今回、銀河バルジの向こう側を観てくることができるかもしれないって……」

「詳しいのね?」

「えっ? そうですか? オリオン腕クルーズ以来、私もちょっと、銀河に惹かれちゃってんのかな?」

「銀河にね──」

 そんな女たち会話に、男たちはややジェラシー気味だ。

「銀河レベルの帝国主義っすね」

「ああ。戦争は女の顔をしていないなんて、一体誰がいいだしたんだ?」

 そのとき店のレジのほうで、ちょっとした騒ぎが起こった。

 女たちがまた表情を強張らせる。

「何あの女っ」

「スペースジャケットなんだろうけど、あの尻は同性として、観てて気持ちのいいもんじゃないわね」

 そしてその女の声が、抑制が効いたメゾソプラノで響いてくる。

「……だから私は単なるメッセンジャーで、船長からのメッセージ、預かってきてるだけなんです」

「ですからアンドロイド単体でのご入店は……」

 状況を察したこちら側の女の一人が、少々声を張って訊ねた。真子のほうだ。

「船長って、安部博己のことっ?」

「はいっ、ネレイドⅢのヒロキ船長ですっ。英正文化大のSF研の皆さんですねっ? こちらから大声で失礼しますっ。船長検疫で引っかかってしまって、今夜はこちらに、来られなくなってしまいましたっ」

「検疫って……。安部君、大丈夫なのっ?」

「はいっ。当錨地で疫病が発生したのは、ネレイドⅢがそこをでてから一ヶ月以上あとのことですっ。船長にも症状はでていませんっ」

「それでっ? あなたはっ? どうしてここへくることができたのっ? あなただってクローンベースのアンドロイドなんでしょっ?」

 カウンター席の数人がビクッと肩を震わせた。

「いえっ、このボディはっ、単なるインターフェイスですっ。勿論換装してからこちらへきましたっ」

「そう。じゃっ、そっちのお姉さんっ、ヒトの客のつき合いだっらっ、そのコっ、こっちへきて構わないんでしょっ? あんたのほうは問題ないっ?」

「はいっ。船長からの指示は、今夜の欠席のメッセンジャー役だけですっ。その他の指示は一切受けていませんっ」

「そうっ。じゃあ、そっちのお姉さんっ。そのコこっちに通してやってっ」

 そしてピッチリしたツナギのバストとヒップが、プルップルッと弾みながらこちらへと歩いてきた。

 上がり框の手前で止まり、大きな瞳でこちらを見下ろす姿は、相当威圧的だ。負けずに真子が続けた。

「ねぇあんた、お酒飲むことぐらい、できんでしょ? つき合いなさいよ」

 男たちが顔を見合わせる。

「部長これって?」

「女の戦い……」

 女たちの会話は続く。

「何か不穏なものを感じますね。飲み比べでもする気ですか? お勧めできません。勝負は視えてますし、さらに私には、あなたがたの安全に関しても様々な決まりごとが課せられているんです」

「飲み比べ? そんな気ないよ。彼の近況、聴きたいだけ。さっさと座りなさい」

 と突然、真子がテーブルをドンと叩いた。佐那はその行為を予想していたのか、眉一つ動かさずグラマーなヒト型インターフェイスを見上げている。

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