ふりかえるひまも

円間

四年に一度

 今、アタシは土の中。




 アタシは四年に一度目覚める。

 その理由は知らない。

 神様にでも聞いてみたいけれど、それは叶わない。

 アタシは、ずっと土の中で眠って過ごし、四年に一度地上に出て、一日、地上で過ごして、四年に一度、地上で歳をとって、夜になったらまた土に戻り、眠る。

 アタシが地上に出た今日が、アタシの十六歳の誕生日だ。

 ああっ、日の光が眩しい。

 晴れだ。

 今日は晴れだ。

 お天気の日に目が覚めて良かった。

 アタシは伸びをして、地上の空気を思い切り肺に吸い込む。

 地上の空気は、なんて美味しいんだろう。

 体中が震える。

 きっと、体が嬉しいんだ。

 アタシは、クルリと回ってみた。

 緑の景色が、くらり、と動いた。

 何だかおかしい。

 笑ってしまう。

 笑ってしまうと言えば、アタシは裸だ。

 裸のまま森の中にいる。

 裸のままじゃ、恥ずかしい。

 アタシは、しゃがみ込み、土の中から箱を掘り起こす。

 出て来た。

 両手で抱えられるくらいの箱。

 この箱は、ちょっと頑丈なやつだ。

 防水加工で水の侵入も防いでくれる。

 アタシは力を込めて箱を開ける。

 箱の中には、今のアタシにちょうどいいくらいのワンピースの服と下着が入っている。

 あと、靴も。

 これらは、四年前に、土の中に入る時に箱の中に入れたやつだ。

 アタシは、こうして、次に地上に出てくる時の準備をして土の中に入る。

 そうしておけば、次の四年後は安心だ。

 アタシは、体についた土を払いのけて着替えを済ませると森の中を、スキップをして出た。

 森を出ると街が見える。

 小さな街だ。

 地上でアタシが過ごす街。

 四年ぶりの街。

 四年に一度のアタシの街。

 この街は、まだ変わらずにいてくれるだろうか。

 変わらずに、アタシを迎えてくれるだろうか。

 地上の世界は直ぐに変わってしまうから、いつもドキドキする。

 アタシは、土で汚れた顔を手で拭い、街へ向かって歩き出した。


 駅前のデパートにスーパーマーケット、それにコンビニエンスストア……変わらない。

 駅からしばらく歩いたところにある商店街も、変わらない。

 商店街の中のお気に入りの花屋さんも変わらずにある。

 横道に入って小学校……うん、変わらない。

 体育の時間か、子供たちが校庭でサッカーをしている。

 坂道を登ったところにある中学校は静かだけど、やってるみたい。

 うん、大丈夫。

 クリーニング屋に、パン屋に、あっ、公園、変わらない。

 あと、曲がり角にある銭湯は。

 銭湯の入り口の前でアタシはがっくりと肩、と言うか、正確には首を落とした。

 入り口の扉に貼られた閉店の張り紙。

 地上に出て、この銭湯に入るのを楽しみにしていたのに、閉店なんて残念だ。

 悲しい。

 いつ閉店したのかな。

 ああっ、なんて悲しい。

 でも、しょげていても仕方ない。

 一日は一瞬で終わるんだ。

 だから楽しまなきゃ損だ。

 そうだ、お気に入りのあのレストランに行ってみよう。

 うん、そうしよう。

 アタシはスキップで歩き出す。

 スキップで歩くと、あっという間にレストランに着いた、けど。

 アタシは首をかしげる。

 確かにこの場所にレストランがあったはずだ。

 そこの、ドラッグストアのすぐ横に。

 でも、今は、小さなアパートが建っている。

 どういう事なのかしら。

 アタシは通りがかりの人を捕まえて聞いてみる。

「もしもし、すみません。ここ、レストランじゃありませんでしたっけ?」

「え? こんなところにレストランなんてありました?」

「確かにあったと思うんですけど」

「そうなんですか? 私、この街に十年住んでいますけど、わかりませんね。それより、あなた、土まみれですよ、大丈夫ですか?」

「余計なお世話ですよ。ありがとうございました」

 アタシは、それから片っ端から通りがかりの人を捕まえて、レストランの事を聞いてみた。

 でも、皆からは、レストランなんて知らない、あなた、土まみれですよ、との言葉ばかりが帰って来る。

 土まみれ。

 余計なお世話ですよ。

 ああっ、レストランは幻の城なのかしら。

 これで最後、と目の前を通り掛かった品の良さ気なおばあちゃんに、レストランの事を聞いてみる。

 すると、おばあちゃんは「ああ、あのレストランなら、三年前くらいに取り壊されたよ」と答えてくれた。

 レストランは幻では無かった。


 アタシは公園のブランコを漕ぎながら、曇り空を見上げた。

 公園には誰もいない。

 アタシはひとりぼっち。

 銭湯も、レストランも無くなってしまった。

 アタシの地上での楽しみが二つも消えてしまった。

 これは一大事だ。

 二度あることは三度あると言う。

 アタシの一番大事なものが無くなってしまっていたらどうしよう。

 アタシは怖くなる。

 アタシの、ほっぺたに、ぽつりと冷たい雫が落ちる。

 雨だ。

 アタシは立ち上がる。

 アタシはそろりと歩き出す。

 アタシの足は、自然とあの場所へ向かう。

 歩いて、歩いて、足が疲れて痛くて、それでも歩いて、アタシの足は、オートマチック。

 そしてたどり着く。

 ああ、変わらない。

 アタシは笑顔になる。

 でも待って、と、悪魔の囁き。

 アタシの大事なものが、もう無くなってしまっていたら、変わってしまっていたら。

 アタシの足がすくむ。

 引き返そうか。

 と、強い風が吹いて、アタシの背中を押した。

 アタシの足が、一歩前へ進む。

 風が吹く。

 そうね、早く行かなきゃ。

 一日は一瞬で終わるんだから。

 目覚めた事を早く知らせなきゃ。

 アタシは、真っすぐに、目の前の赤い屋根の小さな家に向かった。

 手が震える。

 インターフォンを押す。

 しばらくすると、玄関扉が開く。

 扉の隙間から、男の人が顔をのぞかせてアタシを見てる。

 彼は、驚いた顔をして、アタシを見てる。

 ああ、変わってしまった。

 彼は歳を取った。

 アタシは十六歳だけど、彼は?

 けど、昔の面影がある。

「お前、目覚めたのか」

 彼が、扉から出て来てそう言った。

 アタシは黙って頷く。

「お帰り」

 彼が、アタシに手を差し出した。

 大きな手。

 その手を、アタシは目を大きくして見る。

 お帰り。

 おかえり。

 お帰りの声。

 アタシは、土で汚れた自分の手を気にしながら、彼の差し出された手を握った。

「ただいま」

 この瞬間を、アタシは土の中で、きっと何度も夢に見る。

 四年ぶりの「お帰り」「ただいま」

 そして、また、四年後に、それを求めて、アタシは目を覚ますのだ。


 お帰り。

 ただいま。

 

 今、アタシは土の中。


 お帰り、ただいまの夢の中。










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ふりかえるひまも 円間 @tomoko4649

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