第576話 「最後の作戦①」
どうも、トリスト殿下は現場の隊の方々と連絡を取り合っておいでだったらしい。その連絡の合間に総帥閣下からつなげると、殿下も俺の案を肯定してくださったとのこと。
そうして、天文院を交えて、聖女を撃滅するための軍議が設けられることとなった。相変わらずそうそうたるメンツだ。連合軍に関わる各国の将官の方々、それに共に城へ突入した王侯貴族の方々。
いずれの方も実戦経験豊富な、歴戦の勇士であらせられるけど、さすがにこの状況では緊張を隠せない。広がりつつある闇の存在もあってか、場の空気も暗い。
ただ、そんな状況にあっても、総司令閣下は普段と変わりない様子でいらっしゃる。建設的な議論のために、閣下はまず総帥閣下に問いかけられた。
「天文院からご協力いただけるとのことですが、具体的には?」
「そちらのリッツ・アンダーソン殿の攻城向け魔法を、さらに強化したようなものがあってね。一撃で城塞を焼き払う規模のものが」
「そのような魔法が……」
「もっとも、逸失した魔法を疑似的に再現しているだけなんだ。こちらでため込んだマナを一気に放出するから、一発使えば数十年は使えない」
つまり、外せない攻撃ってわけだ。その一撃で終わればいいけど、終わらない可能性もある。そうした場合、仕留め切れなければ……。
そこで、総帥閣下と俺で連撃できないかという話になった。まずは閣下がその魔法を使われ、俺が続けて
しかし……再生速度の懸念がある。俺がその点を口にすると、俺の周りで御覧になられた方々も、俺の所見を支持された。ただ、それでも諦めきれない空気はある。
「大きく弱らせたのであれば、再生速度にも陰りが出るのでは?」
「しかし、確証がない。数十年に一度の魔法を使うには、分が悪いのではないか?」
すると、そこでラックスが手を挙げた。すぐに静まり返るあたり、相当な信頼を勝ち得ているのだろう。思わず感心と納得を覚えてしまう。
「再生速度が話に上がっていますが、それはつまり、相手の弱点を考慮せずに削り切ろうという前提があるように思います」
「それはそうだ。あれにいかなる弱点があることか、確かなことが言えぬのでな」
「確かなことは言えませんが、中核はあるのではないでしょうか? 聖女だったモノが、あの巨体のどこかにあって、体を統御しているのでは?」
そういえば……あの化け物ができあがる時、あの女は光る円の中央にいた。今でいえば、胴体か基部というべきあたりだ。
その様を目撃したのは俺だけじゃない。俺の周りで空中にいらっしゃった方々が、その点を口にされる。
「核があるとすれば、まさに中央の部分かと思われます。あの女が、そこへ取り込まれていくようでしたから」
「ふむ。しかし、そこが核となっている確証は」
「ありませんが、闇雲に狙うよりは目があるものと考えます」
俺も、そういう弱点はあると思う――というか、あればと思う。火力でのゴリ押しは、はっきり言って総帥閣下次第だ。俺の助力が最後の一押しになるって気がしない。
一方、弱点があるとしても、七本の首に守られる本丸をいかに攻めるかという大問題がある。
そこで、トリスト殿下が提言なさった。
「奴がどれほどのものか、検証作業を行いましょう」
「こ、この状況で、ですか?」
「この状況だからこそ、です」
実際、俺もそうするべきだとは思う。そして、殿下は、俺の思考をなぞるように検証の意義について語られた。
まず、奴を放っておけないのは見解が一致している。マナが飲まれる闇の勢力圏は拡大している。その領域の広さに限界があるかどうかは不明だけど……マナを吸われる空間は、奴にとって安全圏だ。外部からの干渉が全くできなくなるようになるかもしれない。そうなる前に、ケリをつけなければ。
ただ、広がっていくペースは、今のところかなりゆるやかなものだ。時間の猶予は、まだまだあるように思われる。
それに、奴は能動的な行動を示していない。いずれ倒さなければならないのは確かだけど、一秒を争う事態ではないし、こちらから観察に回るだけの余裕みたいなものはある。
だからこその、検証ってわけだ。
「天文院からの魔法を、不発に終わらせるわけにもいきません。効果を最大化するためにも、奴の力を探って、策を練るべきかと」
殿下のお言葉に、否定的な声はもう上がらない。皆様方は、検証の必要性をお認めになっている。ただ、それを誰がやるかという話だ。
すると、殿下はもともと考えをお持ちだったのだろう。淀みなく語られていく。
「あまり多くてもやりづらいので、私とナーシアス殿下、それにアンダーソン殿で十分でしょう」
「その三名で?」
「人心の慰撫にも、人手は回すべきかと」
確かに……軍議の場こそ落ち着いているものの、外はそうではないかもしれない。それに、魔人の残存勢力の存在を思えば、あまり検証にかかりきりにはなれない。連中はだいぶおとなしくしているようだけど、念のためだ。
検証の人選については、妥当なものということで承認いただけた。あのゴーレムマスターと一緒に名指しで呼ばれるあたり、相当買っていただけているのは間違いない。
こうして即席の検証班が結成され、俺たちは軍議の場を背にした。すると、背を軽く叩かれた。続いて、ウチの殿下の「頑張れ」というお言葉が。大口叩くべきかかなり迷い、結局俺は「お任せください」と返す程度に留めた。
それでも、相当強気な発言かもしれないけど。
軍議の場から出ると、辺りがさっきよりもさらに少し薄暗くなったように見える。くっきりと黒くなっている領域の外も、少しずつ浸食されているようだ。
陣地には全体的に、暗く不安そうな雰囲気が立ち込めている。この地まで馳せ参じた兵の方々も、こんな事態と戦うために研鑽を重ねたわけじゃないだろう。
中には、俺たちにすがるような目を向けてくる兵の方もいる。「今どうなっているのですか」と、不安に駆り立てられたように尋ねてくる方も。そうした方々に対し、俺たちの方から具体的な話は何もできない。
ただ、ナーシアス殿下がやや強い口調で仰った。
「"私たち"は、まだ諦めていない。今から打開策の検討に向かうところだ。この状況が恐ろしいのはわかる。でもね、君たちの振る舞いが勝利を闇の向こうへ遠ざけるようなことがあれば、君たちは自身のことを許せなくなるんじゃないかな?」
要は――足を引っ張らずに信じて待てといった感じのことを、かなりやんわり仰っているのだと思う。
そうした言葉を向けられた彼らが、意味を
やがて周囲に人が少なくなったあたりで、トリスト殿下が仰った。
「ナッシュも、意外と冷たいところがあるじゃないか」
「いや、僕らに頼られてもさ……だからこそ、鎮撫のためにみんな残したんだろ?」
「そういえば、そうだったなぁ」
……と言った感じで、重苦しさは全くない。開き直りのヤケッパチ感もなく、ただただ自然体であらせられる。このお二方に比べれば、ウチの殿下は割とかわいらしい方かもしれない。
などと思っていると、俺に話を向けられた。
「リッツも、僕のことはナッシュって呼べばいいから」
「いえ……さすがにそれは」
「一戦やり合った仲じゃないか~」
「へぇ?」
トリスト殿下が食いついてきた。一糸報いたことを俺の口から話すのも……と思っていたけど、ナーシアス殿下があんまり楽しそうにあの戦いのことを話し出され、なんだか少し盛られているような感じがしたので、結局俺は自分で話すことにした。ハメられたかもしれない。
こうして俺たちは、こんな状況にもかかわらず、ダベりながら現場へと歩を進めた。緊張感がないわけじゃないんだけど……状況に比して軽さがあるように感じるのは否めない。
ただ、そうしたお二方のマイペースぶりが心強いのは確かだ。だからこその、この人選なのなろう。
そして、徐々に俺たちは近づいていく。空間をくりぬいたような巨大な闇と、その中央にいる白い怪物へ。
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